ユウを紛失
運転手は本当にトモをネイチャー・キャッスルまで連れて行ってくれるのか?運転手を信用して大丈夫なのか?あのカードに何の意味があるのか?全てを聞く時間はないが、トモのことだけは聞いておきたかった。
「大丈夫だ、あいつは信用できる」
リュウの心の内を読んだかのようにBが言った。
「あいつは村でも一番、信用のおけるやつだ。俺は奴をよく知っている。きっと無事に届けてくれるだろう。それにやつがカードを持っていたのはラッキーだった」
カードとは一体?リュウは話の続きを聞きたかったが、追っ手のタクシーが目の前で止まったため、後回しとなった。
「よく逃げ回ってくれましたな」
タクシーから降りてきたのは隣の駅にいた男だった。色黒で、まゆが太く、髭をはやした大男は目の前に立っただけで、威圧感で一杯だ。二人のあいだの温度が上がる気がした。リュウは今度こそ、黙ってユウの言葉を待った。
「やあ、仕事お疲れ様」
ユウがわざとらしいくらい陽気な声で言うと、男はリュウの顔を見た後で、遠くに逃げたタクシーを見て言った。
「お仲間はあのタクシーか。おい、追いかけろ」
後ろに続くタクシーに向かって大声を上げると、ドアから出ていた運転手たちは、席に戻ろうとした。
「その必要はない。おれはネイチャー・キャッスルのユウだ。お前たちの仕事ぶりを見に来ただけなのに、何だこの様は。お前たちは簡単に持ち場を離れた。これは報告ものだな」
ユウが大声で叫ぶと運転手たちはザワつき、大男は怪訝な顔をした。
「ユウだと?ユウはこの世界で死んだと聞いている。嘘を言うな」
「死んでいるだと!いい加減なことを言っているのはお前たちだ。誰がそんなことを言っている?いいか俺は王様の直属の家来だぞ、その俺に向かってその言い方、それだけでも罪になるぞ!」
死んだと言われて激高したのか、ユウの声はもはや怒鳴り声になっていた。声に合わせて、リュウも口を動かせて表情を作らなければならず、これが意外と難しい。口の大きさ、身振り手振りで怒りを表現しなければならないのだ。だが考えてみると、本人を目の前に『死んだ』と聞かされると、怒らない方がおかしい。
「いや、俺たちは確かにそう聞いた。ユウが亡くなったため、より一層この世界の調査が必要だ、と王様の名前で募集があったのだから」
「何だと?確かに俺は数日間、行方不明だったかもしれないが、それはこの世界を調査するための方便だ。いいか、俺は今からネイチャー・キャッスルに帰る。誰かの車に乗ってやるから、疑わしいと思うなら、その場で捕まえてもらって結構。その代わり、着けば本物であると証明されるだろう。そこのお前、お前を選んでやる」
『お前』と言われても運転手たちは誰のことか分からず、お互いに顔を見合わせている。リュウは慌てて正面の大男を指差した。
「俺か?」
「そうだ、お前だ。喜べ、ネイチャー・キャッスルに着いたら、きっと感謝される。その時に俺は、お前が連れてきてくれた、と王様に報告しようではないか」
「そうですか、それはありがたい」
大男は自分のタクシーに戻り、後部座席のドアを開けた。ユウの勢いに圧倒されたのか、論理的には無茶苦茶ではあったが、とりあえず逃げることなくネイチャー・キャッスルに向かえそうだ。毅然とした態度で相手に向かえば説得力が増すのだろうか、それとも『死んだ』と言われ、爆発した怒りにドライバーがビビったのかはわからないが、あの場を収めたユウの本当の姿を見てみたいと、リュウは思った。
タクシーの乗り心地は、あの運転手に比べると今ひとつだった。掃除は行き届いていないし、クッションは硬い。窓ガラスは曇っていてよく見えない。これが普通なのか、例の運転手のタクシーがゴージャス過ぎるのか、どちらなのか聞いてみたかったが、下手に口を開くわけにもいかないので黙っていた。というよりもユウがひたすら喋っていたので、口を挟むチャンスがなかったのだ。
「おい、俺が死んだってどういうことだ?」
「どういうことと言われても・・・」
「お前たちの仕事は何なのだ?タクシードライバーではないのか?それに何であれほど大勢のドライバーがいるのか?お前が統率しているのか?」
「俺たちの仕事はタクシードライバーと言うよりは、改札機の『あるもの』を回収することがメインなのです。『あるもの』がなにかはわかりませんが、それを回収して、お客さんがいれば乗せて帰るし、いなければ一人で帰るか、近くにいる仲間に預けてタクシーの中で過ごすか、です。俺は毎日、お客のいない奴の分も預かって、ネイチャー・キャッスルまで運んでお金をもらい、仲間に配分をしているのです。あなたのことは特に何も聞いていませんよ」
「俺が死んだって、おかしいだろ?どう考えても」
ユウは自分が死んだことになっているのがどうしても許せなくて、憤っていた。それもそうだろう、魚の姿になってはいるが、死んではいないのだから。しかし、ユウの問いかけに満足できる答えはなかった。
「俺たちはユウさんが死んだというから、村からたくさんの人を集めてやってきたのです。ところで、本当にユウさんなのですか?」
「当たり前だ。お前は鉄塔の麓のイチだろ。お前ほどの大きな体の奴は、村にはいないからな。
なんでも聞けよ、答えてやるから」
「いえ、何となくあなたがユウだということはわかるのですが、以前見かけたときは、別の感じがしたのですが。それにそんな小さな子供ではなかったはずです」
「これは変装だ。ところでお前、俺にあったことがあるのか?」
ユウは若干、声を上ずらせていったがリュウは平静を装っていた。自分に出来ることは、自信満々に座っていることだけなのだから、心の奥深くにあるドキドキを、イチに届かないようにすることしかできない。どこか自分が小さく感じてしまうのだった。
「ええ、遠くからですが、村の視察にきた時に。確かもっと大人びた感じだったと思うのですが」
リュウは無意識に座席に深く座ってみた。体を奥から叩いてくるような硬さの座席は、快適とはいえないものだった。イチは自分をユウだと思っている。疑われていながら、うまく説明できないもどかしさはあるが、自分の役目はユウと一体化することだ。ならばユウの気持ちを察知して、それを表現する、ある意味ユウを演じきることが、自分の役目だと感じていた。
「お前はさっきから俺の風貌ばかりにいちゃもんをつけてくる。今まで俺がどれだけネイチャー・キャッスルのことを思い、管理する立場から物を言っていることが、伝わっていないようだな。いいか、外見でなく、本質を見る目を養え。お前はネイチャー・キャッスルの住人だろう?体がなくて、心を扱う国の住人だ。そんなお前が、俺の心を読めなくてどうする?そんな変な仕事をする前に、心を入れ替えろ」
「そんなことを言ったって、顔が違うということは、人が違うということでしょう。顔が同じならば、あなたの言っていることもわかりますが、他に証拠がないではありませんか」
そう言われてユウは黙ってしまった。おいおい、ここで黙ればイチの思う壺ではないか。リュウはビー玉のユウを振ってみたが、ユウは目を閉じたままだ。
「ほら、言い返せないのか?やはり偽物だな?突き出してやる!」
イチは大声を出し、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのようにスピードを上げた。ガクンと大きく揺れた拍子に、握っていたユウを落としてしまった。
「ユウ!!」
リュウは思わず声を上げ、車内に転がったビー玉に手を伸ばしたが、ビー玉は隙間に転がり込み、見えなくなった。
「車を止めてくれ!」
リュウは頼んだが、イチは怖い顔で睨みつけるだけで先を急いだ。暗い車内で小さなビー玉が見つかるはずもなかったが、それでもリュウは手探りでユウを探し続けた。
空が明るくなり、懐かしい景色が見えてきた。遠くに見える岩窟郡は砂漠のようだが、近づくに連れて木々や花の色も加わり、人が住む温度感が伝わってくる。茶色だけではなく、白の岩肌は雪のようにも見え幻想的だ。この世界にまた戻ってきたのだと実感したが、こんな形で戻ってくる予定ではなかったのが、残念だ。これからどうしたらいい?リュウは必至で考えた。




