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駅での出来事

 隣町の駅も同じような雰囲気だった。ロータリーには酒場から出てくる客を待っているのか、タクシーが物欲しそうに数台停まっているが、人影はまばらだが全員が止まっている。列の最後尾のタクシー運転手は、順番が来るのに時間がかかると踏んだのか、目を閉じている。リュウはそんな運転手の姿を見ては、往生際が悪いと思っていた。そんなに眠いのならば諦めて家に帰ればいい、そうでないのなら客を探しに行くか、馴染みの客でも作って、連絡を貰えばいいのに。こんなところで待っていても、何も起きるわけがない。そう思いながらも今の自分はこの運転手と同じで、目的も分からずユウの指示で動いている。


 カーブミラーに一台のタクシーが写っていた。近寄ってみるが運転手はいない。このタクシーはいつもなるタクシーと違ってとても殺風景だった。とは言っても、ごく普通の内装でいつものタクシーの内装が特別にゴージャスなのだ。彼のタクシーに対するサービス精神は、飛び抜けているようだ。

「改札に行くぞ」

 ユウの一言でリュウは改札へ続く階段を目指した。ゆっくりと登る階段の先に、何があるかもわからない。でも確実に『何か』があるだろうという手応えはあった。駅はやはりシャッターが開いており、運転手が改札機から中身を取り出していた。リュウの街の駅と違うのは、改札機に近寄れという指示がユウから来ていることだった。こっそり隠し持ってきていた運転手用の帽子を被り、ただ黙って改札機に近寄り、ユウが話しているあいだは一言も離さないように、という指示だった。

 トモをタクシーに残していくのは気がかりだったが、運転手がサービスの一種である、風景付きの昔話を聞かせてくれるとのことで、トモは喜んでタクシーに残った。すぐに戻るから、ここで待っていろ、待っている間の料金は加算していいからと言うと、運転手は喜んで売上を計算し、トモと待っていると約束した。昔話は運転手のサービス披露言うよりは、トモに余計なことを話すのを防ぐ狙いもあったのだ。

 リュウは運転手の帽子を被り、改札機に近づくと、ユウが話しかけた。

「よう、お疲れ様」

 話しかけれらた運転手は不意に声をかけられ、驚きのあまり体がビクついていたが、リュウの帽子を見て、仲間だと安心したようだった。

「何だよ、こんなところにいていいのか?お前の持ち場はどこだ?」

「隣の駅だけれど、暇になったから覗きに来たのだ。仕事終わりか?」

「ああ、今日は大量だ。休日だけあって、重いよ」

「どれくらい重い?」

「そりゃ月曜日の5倍は重いね。いつもなら改札機の3分の1を回収するけれど、今日は一箱で十分だ。お前もだろう?」

「あ、ああそうだ。一箱で十分だ」

 夜のため、リュウの表情が相手によく見えないのは幸いだ。ユウも箱の中身を確かめたいのだろうが、直接的に聞くと怪しまれるので遠回しに聞こうとしているのは理解できるが、会話はあまり噛み合っていないように思える。

「ところで俺は最近この仕事を始めたばかりだから、よく知らないのだが、中身は何だっけ?」

 すると運転手は一瞬、体の動きを止め、リュウの顔を見つめた。リュウはマズイと思いつつも、ただ唾を飲み込んで黙っていたが、いざとなったら逃げる心づもりだけはしおこうと階段の方を向いたとき、運転手は笑顔で言った。

「お前、本当に新米なんだな。この中身は俺も知らないし、知る必要もないって教わっただろう?それに何だ、その格好は。服装は自由だが、自由すぎるだろ。いくら運転手が見せかけの仕事だからって、そんな格好では怪しまれるぞ」

「見せかけの仕事?」

 リュウが思わず声を出したので、ユウの声と被ってしまった。運転手は怪訝な顔で近づき、リュウの姿を上から下まで、舐めまわすように見て言った。

「お前、鍵は持っているか?」

 シャッターの鍵のことだった。もちろん、そんなものを持っているはずもなく、またユウも何の反応もしないので、わざとらしくポケットを探る仕草をして、冷や汗をかきながら言った。

「ええと、そうだ車のなかに置いてきた」

「さっきと声が違うな。ほかに誰かいるのか?」

 運転手が辺りを見回したのを見計らって、リュウはトモの待っているタクシーに走った。

「おい、待て!」

 後ろから声へ聞こえるが、振り向きはしない。相手は改札機とシャッターを閉じる必要があるため、ビハインドが生まれる。その隙に逃げればいい。転げ落ちそうになりながら階段を降り、タクシーへと向かい、窓を叩いた。

「おかえりなさい、早かったですね」

「車を出してくれ!早く!」

「は、はい」

 運転手はゆっくりとエンジンをかけ、その間に景色のCDを選ぼうとしている。

「そんなのいいから早く!」

 リュウの大声驚き、運転手は車を急発進させた。トモは楽しんでいた昔話が途中で打ち切りになり、不満そうだった。

「ええと、どちらまで?」

「どこでもいい!」

「どこでもいいと言われましても・・・」

「ではネイチャー・キャッスルまで!」

「ネイチャー・キャッスルですね。この街からですと料金は・・・・」

「いくらでもいい、とにかく早く!」

「そうですか?しかし制限速度が・・・」

「誰も見てない!」

 運転手はリュウに言われるがままに、スピードを上げた。初めは恐る恐るではあったが、すぐにスピードを出す快感を覚えたのか、順調に進んでいった。トモも大きな画面に写った昔話を楽しんでいる。そんな中、リュウがふと後ろを振り返ると、一台の車が追いかけてきていた。いや、一台ではない。二台、三台と続いている。今は3時33分だから、今動いているのは、『関係者』ということになる。先ほどすれ違った車が、その列に加わり、四台になった。ということは仲間が合流しているのだろうか。


 不吉な予感がして、リュウは前を向いた。タクシーは川沿いの道を走り、坂道を登ってゆく。振り返ると、列になるほどの車が後をおってきている。

「おい、ユウ。追っ手が増えている。どうしよう?」

 リュウが切羽詰って声をかけると、ユウは落ち着き払った声で言った。

「何を言っている?お前が勝手に逃げたのだろう?逃げるということは怪しさ満開だぞ」

「だって俺が部外者とバレてしまったから」

「馬鹿だな。お前は確かに部外者だが、俺は関係者だ。お前はただ黙って俺の言った通りに動けばいいものを、焦って逃げたりするからこの様だ。さてどうするかな。まあ逃げられるところまで逃げればいいのでは?」

「その後は?」

「何とかするしかないだろう。いくらなんでも仲間を捕まえるようなことはしないだろう」

「結局捕まるってことか?でもお前は小さな魚だ。仲間って信じてもらえるか?」

「だからお前が今度こそ、きちんと演じるのだよ」

 二人の会話を不審に思った運転手は、バックミラーを見て、少しずつスピードを緩めた。

「あ、あなたは一体何者なのですか?もう一人どこかにいるのですか?私には見えませんが・・」

「気にしないでくれ」

「気になりますよ。も、申し訳ありませんが、降りてください。後ろから追いかけられているではないですか。私はただのタクシー運転手です、面倒なことはゴメンですよ」

「そんなこと言わずに、走ってくれ。でないおとお前も道連れだぞ」

 リュウの言葉が刺さったのか、どうしたらいいのかわからないのか、道路に停まっている車にぶつかりそうになりながら、再びスピードを上げた。

「わ、私たちは安全運転が第一で、万が一にでもこの世界の物を傷つけたら、もうお仕事できなくなるのです」

 リュウは運転手を巻き込んで申し訳ないと思いながらも、どうしたらいいのか分からず、黙っていると、ユウが低い声で言った。

「車を止めろ」

「ユウ、何を言っている?」

「いいから車を止めろ。いずれ追いつかれるなら、同じことだ」

 運転手は表情とスピードを緩めたが、リュウの表情は強ばったままだ。

「なぜだ?このままでは捕まってしまう」

「いいか、我々の目的は逃げることではなく、何が起こっているのかを知ることだ。ネイチャー・キャッスルまで逃げるのも一つだが、彼らから話を聞くのもまた一つだ」

「でももし、追っ手に捕まったらどうなる?せっかく仲間になったのに、捕まったら元の姿に戻れないかもしれないよ」

「そうならないように、今度こそお互いにうまくやろうではないか。おい運転手、お前はこの坊ちゃんを無事にネイチャー・キャッスルのアンの元へお届けしろ。いいか、必ずアンに届けろ」

「わかりましたよ、『アン様』ですね。ところでお代はどなたが?」

「アンに頼め」

 運転手は代金が後払いと聞いて、不満そうな顔をした。当人の立場になればそれもそうだろう。どこの誰かもわからない相手だ、もしいなかったらトモをどうしたらいいのか。リュウはポケットに手をいれて、サービス券を取り出した。『お次は半額』と書かれた、お手製のサービス券だ。運転手に渡すと、喜んで受け取った。

「サービス券のご利用、ありがとうございます。半額の料金をアン様に請求しますね。いやあ、サービス券の利用が増えるということは、私のサービスが良かったということですから、うれしいですよ。中には明らかにリピーターなのに、券を受け取ってもくれないお客様もいるのですよ」

「運転手、そのサービス券をあと二枚、よこせ」

 ユウが不意に口をはさんだが、運転手は喜んで青と緑のチケットを差し出した。

「赤を二枚にしてくれ」

「え?赤ですか?内容はどれも同じですよ」

「いや、赤二枚だ」

 運転手は「同じなのに」と言いながら、赤いサービス券を二枚渡した。ユウはそれを一枚、トモに渡すように言った。

「トモ、長い間、面倒を見てくれてありがとう。君のおかげでリュウに出会えた。これからこのおじさんが君をお兄ちゃんのところまで連れて行ってくれる。時々、様子を教えてくれ。楽しいことを見つけて、このチケットに向かって話してくれ。もしかしたら他の誰かと話ができるかもしれないし、僕とつながるかもしれない。いいね」

 リュウは胸にかけていたネームホルダーからユウを出し、チケットを入れ、トモの首にかけた。

「わかった。僕、このおじさんと遊んでおくね」

 トモは無邪気な笑顔で答え、手を振った。追っ手はすぐそばまで来ていた。これ以上留まると捕まってしまう。リュウはユウを握り締め、車から出た。窓から手を振るトモに、リュウは大きく手を振りながら、果たしてこれでよかったのかと、自問自答していた。


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