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ユウと隣町へ

 時計はまだ3時33分だった。駅には僅かではあるが、終電に乗り遅れた人や、タクシーを待つ人がいたが、全員が止まったままだった。ロータリーのカーブミラーに緑のタクシーが写っていたが、ユウはその前に駅へ行くように言った。

 駅の方向を見ると、小太りで帽子をかぶり、制服を着た人が歩いているのがみえた。街中が止まった中で仲間を見つけた気分になり、リュウは声をかけようと急いだが、ユウに一定の距離を取るよう言われたので、ゆっくりを後をつけた。

 改札にはシャッターが降りていたが、制服の人は鍵を使ってシャッターを上げ、中に入ると自動改札機の前で座り込んだ。そして持っていたカバンの中から、工具のようなものを取り出し、改札機を開けると、タッチをする部分から箱のようなものを取り出した。

 もしや強盗か?と思いつつも声をかけることができないでいいると、制服の男は手際よく改札機を閉じ、シャッターを下ろすと、カバンをもって駅を出た。向かった先はロータリーのカーブミラーだった。カーブミラーの下には緑のタクシーが停まっており、制服の男はトランクの中にバックを入れると、運転席に乗り込むとシートを倒し、帽子で顔を隠して横たわった。そうだ、どこかで見たことがあると思っていたが、あの男はタクシーの運転手だったのだ。

 リュウが慣れた様子で窓を強めに叩くと、運転手は飛び起きた。

「いらっしゃいませ。あ、お客様以前もご利用頂きましたね、その節はどうも」

 リュウに向かって挨拶をすると同時に、後ろの扉が開いたので、二人は車に乗り込み、リュウが行き先を伝える前に、ユウが話し始めた。

「よう。まさかお前がこんなところで運転手をしているとは思わなかったぞ」

「あなたは誰です?なぜ私の名前を知っているのですか?」

 運転手は不思議そうな顔でリュウを見つめたが、何と答えたらいいものかと考える前に、ユウが続けた。

「俺はネイチャー・キャッスルの者だ。村で大工をしていたお前が強盗とは笑えるぜ。何を企んでいる?」

「な、なにも企んでなんていませんよ。ネイチャー・キャッスルの方だったのですね。以前、お友達とご利用いただいたので、てっきりこの世界の方かと思いましたよ。この仕事の方が儲かると聞いたもので、やっているのです。そもそもネイチャー・キャッスルからの依頼ですから、正式な仕事で、他の奴らもやっていますよ」

 男は運転席から振り向いて、必死の形相で話しかけるものだから、リュウ思わず目をそらした。どうやら声の主がリュウだと思っているようだが、ユウはそのほうが好都合のようで、訂正しない。

「ほほう、では駅で何をしていた?」

「言われた通り、改札機の点検ですよ。中身がなにかは知りません。お客がついた時にはネイチャー・キャッスルで改札機の中身を渡して、お客がいなければ、隣町まで走らせて仲間に渡せば、運んでくれるのです。結構楽な仕事ですよ。客なんてほとんど来ないから、中身さえとってくれば、後は寝て待っていてもいいから、という約束なのです。でも私は運転手の仕事が楽しいから、来たお客にはサービスをしようと思って、割引チケットを作ったり、内装にこだわったりしているのです。真面目にやっているでしょ?」

「真面目かどうかは知らないが、その仕事は誰に頼まれた?」

「誰にって、王様の名前で街に御布令が出ていたのを知らないのですか?あなたこそ見かけない顔だが、何番地に住んでいるのですか?」

 逆に聞かれてリュウは言葉に詰まった。早く答えろ、と心の中でユウに叫んだが聞こえるはずもなく、下を向くしかなかった。ネームホルダーの中のユウは小さな目をキョロキョロと動かすだけで何も言わない。だんだんと運転手の目つきが強くなり、怪訝な表情に変わった時にやっと小さな声で答えた。

「俺は美術館の関係者だから、そんな仕事があるなんて聞いていない」

「何だ、お前は嫌われ者か?」

「嫌われものかどうかは知らないが、あと一つ聞かせてくれ。お前は自分の姿のままで、ここへ行けと言われたのか?」

「何を言っている?当たり前だろう?この姿でなくて、どんな姿になれと言うのだ?」

 その言葉を聞くとユウはまた黙ってしまった。どうしたものかと困っていると、トモが沈黙を待ちわびていたように、大きな声で言った。

「おじさん、早く行ってよ。あと楽しい動画とかないの?」

 トモの無邪気な声で、重かった空気が一瞬で変わったのは助かった。まさかこんなにトモに助けられるとは、思ってもみなかった。運転手は自慢の装備を一通り説明したあと、フロントガラスに魚の大群を映し出したので、トモはその景色に大はしゃぎで前のめりになった。その様子を見た運転手は、得意げに景色をサイドガラスやバックガラスにまで映し出したので、海の中をタクシーが泳いでいるのではないかという錯覚をおこすほど、リアルで美しい風景だった。

 それだけでなく車の中にまで、魚が飛び込んで見える。3Dのように触れても魚の感触はないが、視覚に訴えるリアルさは、水と空気がないだけで、完全に海の中だった。これほどのリアルな体験は、どこのアトラクションでも味わったことがなく、これが運転手独自のサービスだとしたら、かなり高い顧客満足が得られるだろう。

 この体験は、先ほどまでの二人の会話の内容をも忘れさせるほど心を奪われると同時に、ふと気を許すとネームホルダーのユウが魚の群れに混ざってしまうのではないかという、ありもしない不安を覚え、ユウを手で握りしめていた。


 手の中で何がうめき声に似た声が聞こえた。ゆっくりと手を広げてみると、口をパクパクとしたユウが、何かを訴えていた。

「このバカ。俺を閉じ込めるな、声が聞こえないではないか!」

 ユウの怒鳴り声でリラックスしていたトモは驚き、運転手は急いで車を停めた。

「お客様、どうかしましたか?」

「おい、運転手。この車はどこへ向かっている?」

「どこってネイチャー・キャッスルですよ」

「行き先変更だ。隣町の駅に行け」

「え?今からですか?」

「そうだ、3時33分が終わる前に。急げ」

「は、はい」

 運転手は車をUターンさせ、来た道を引き返した。

「困ったな。困ったな。人数が減ってしまう」

「何の人数だ?」

「ネイチャー・キャッスルに連れて行く人数ですよ。成績優秀者にはボーナスが出るのです」

「ボーナス?」

「はい、私はボーナスをさらに投資して、内装をゴージャスにしているのです」

「ネイチャー・キャッスルに行きのバスが出ているだろう。なぜそんなにタクシーを稼働させる必要がある?」

「バスに乗り切れなかった人や、バスに乗り慣れていないお偉いさんや、体の不自由な人を運んでいるのです。いい仕事でしょう?」

「最近はそんなに人が多いのか?」

「多いですよ、私から見たら、恵まれているような高い地位にある人や、お金持ちの人だって、やってきます。本来は夢の国ですから、寝ている間に来て帰るのですが、『移住』したい人が増えているようで。私なんかは『移民さん』と呼んでいますよ」

 運転手は笑えない冗談を言って、一人で笑っていた。意味がわからないトモだけが、運転手の笑いにつられて笑っていたが、リュウとユウは黙っていた。そもそも夢の国に行くのにバスに乗る必要はないのだ。最初にアンが教えてくれたが、普通は意識だけが小さな池を通ってやってきて、大きな池を通って帰ってゆく。現実から少し離れたい場合は、体ごとバスにのって行くこともできるが、帰りたくなったらいつでも帰れる。しかし帰る人よりも来る人の方が多くなり、トラブルが起こっていると言っていた。

「お客さん、隣町に行くなら、バスを使われてはどうですか?」

「お前、何を言っている?俺たちはお客だぞ。駅を巡ったら、ネイチャー・キャッスルに行くから、文句を言わずに早く行け。サービスが悪かったと報告するぞ」

「わかりましたよ。行きますから、それだけはやめてください」

「3時33分の間に行くんだぞ。それができたら、素晴らしいサービスだったと皆に言いふらしてやる」

「本当ですか?それならばお任せ下さい。気分を盛り上げるために、景色を変えますね」

 運転手はネイチャー・キャッスルにお客を運べるとわかった途端、不自然なほど満面の笑顔を作り、帽子をとって頭を下げた。ハンドル横のCDを入れ替えると、景色は一瞬にして、砂漠へ変わった。心なしか車内の温度も上がったような気がする。そして換気口からは、砂のようなざらざらした物が入ってきて、体にまとわりついた。

 窓からはラクダに乗り、ターバンを巻いた人達がこちらを見て手を振っている。一面に広がる茶色一色の世界は、余計な色が入り込む余地などなく、一面が傾らかで神聖なエリアだ。車の進みもどことなく不安定で、ここが砂漠ではない場所を走っていることが嘘のようだ。

「今、どの辺りを走っているの?」

 リュウは思わず聞いてみた。まさかとは思うが、本当に砂漠だったら困ると感じるほど、その風景がリアルだったのだ。

「無粋なことを聞きますね。目的地までは異空間を楽しんでいただくのが、私のサービスなのですが」

 いつも間にかタクシーの帽子からターバンへと変えていた運転手は、若干訛った口調で言うものだから、リュウはその能天気さが勘に触ったのだ。

「そんなサービスはいらないから、本来の景色に変えてくれ」

「はい、わかりましたよ。でもサービス料は払っていただきますからね」

 運転手はそう言ってCDを入れ替えると、景色は見慣れたものに変わった。初めて通った川沿いの道を、街の方向へ向かっている。どうやら本当に隣町の駅に行くようだ。

「つまんないの」

 トモはそう言ったが、すぐに本物の景色を見ては、友達の家を探して遊んでいる。隣町の駅に行く理由はわからなかったが、リュウは敢えて聞くことはしなかった。何が起こるかわからない未来のことよりも、誰かと一緒に実際の町並みを通っているだけで、長く一人でいたリュウにとっては安心した時間だったからだ。


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