時の止まった街
光のトンネルを抜けてリュウが出てきた先は、見慣れた街だった。いつも遊ぶ公園、自分の家、そしてヒロの家がある。何だ、帰ってこられたじゃないかと安心しつつも、様子がいつもと違うことに気づいた。
夜のため、人通りが少ないことは理解できるが、街が動いている気配がせず、静まり返っている。リュウは自分の家に向かう前に、コンビニエンスストアの前を通ってみたが、店員とお客さんはいるが、動いていない。店員さんがお釣りをお客さんに渡すところで止まっている。お客さんもそのお釣りを受け取ろうとして手を伸ばしたままだ。リュウは無意識に彼らに近づいたが、あと一歩というところで何かに阻まれ、近づくことはできなかった。試しに商品を手に取ってみると、こちらは問題なく触れることができる。リュウは商品を棚に戻し、店内を出た。振り返って時計を見ると、深夜の3時33分を指していた。
家に帰ってみると、当然のことながら、鍵がかかっていた。こんな時間に帰ってきたなら、当然叱られることは予想できたが、果たして家族は反応してくれるのだろうか。コンビニのシーンを見た後、一抹の不安を抱えながら呼び鈴を押してみた。深夜の静まり返った空に呼び出し音が大きく鳴り響き、近所迷惑になるとまた叱られるのではないかと心配したが、家からは何の反応もなかった。しばらく様子を伺った後、勇気を出してもう一度、呼び鈴を押してみたが、やはり反応はない。
なぜだろう?家族は留守なのだろうか?先ほどのコンビニのように、誰も自分には反応してくれないのだろうか。リュウは試しに、明かりのついていた近所の家の呼び鈴を押してみた。深夜に他人の家の呼び鈴を押すことは、非常に勇気のいる事だったが、叱られてもいい、とにかく誰かに会いたかったのだ。しかし、どこの家でも反応は同じだった。
「一体どうなっている?」
リュウは公園のベンチに座って、呟いた。トンネルを通って帰ってきたようだが、全てが止まっていて、どうすることもできない。人はいても反応がないなら、いないのも同じだ。自分は誰にも存在を認めたもらうことができず暗闇に一人、閉じ込められたような感覚に襲われ、身震いをした。
「考えろ、考えろ。何か方法があるはずだ」
リュウは深呼吸を繰り返しながら、まずはこの現状を受け入れることから始めた。
「ここはどこだ?俺たちが住んでいる街だ」
「なぜ人が止まっている?わからない。よし、わからないことは後回しだ」
「俺はなぜここに来た?ヒロに会うためだ。ヒロの家へ行ってみよう」
リュウはヒロ家へと向かったが、リュウの家と同様に灯りはついておらず、静まり返っている。それでもリュウは呼び鈴を押し、ヒロの家族が出てきた時の言葉を考えていた。
「親戚の家から急に帰ってきたが、家のドアが開かないのです」
我ながら、なかなかいい言い訳だ。少し恥ずかしいけれど、困った同級生の役を演じてみようと思ったが、中からの反応はなかった。念のため、もう一度押してみたが結果は同じだった。
リュウは再び、公園へと戻った。4人でよく遊んだ公園だ。ここにくれば大抵、誰かがやってきていた。今、この状態で誰かが来るとは思えなかったが、ここへ来ずにはいられなかったのだ。公園の木の下のベンチに寝転がり、暗い空を見上げた。誰にも会えないと思うと不思議と人恋しくなり、リュウは再びコンビニへと向かった。もしかしたら店員とお客が普通になっているかもしれないし、もっと強く力を出せば、彼らに触れられるかもしれないと思ったのだ。
しかしリュウの希望は簡単に打ち砕かれた。先ほどの店員とお客の立ち位置は全く変わっていなかった。それでもお客さんに手を伸ばし、肩に触れようとしたが、やはり何かの力が働いているのか、ガラスの壁に押し返されてしまう。それは店員に対しても同じだった。大きくため息をついた先に見えたのは、先程と同じく3時33分を指した時計だった。
あれから時が経っていないというのだろうか。自分の家に戻り、ヒロの家に行き、ここに来るまで、最低でも15分はかかったはずだ。なのに時間が経っていないというのか。それとも単にあの時計が止まっているだけなのだろうか、
リュウは焦りにも似た気分で、そこから一番近い別のコンビニエンスストアまで走った。道の車も止まっており、すれ違う人も止まっている。ここで動いているのは自分だけなのかもしれない。コンビニの自動扉が開いたときは、どこか安堵した気分になった。電気はついているし、エアコンも動いているが、時計はやはり3時33分だった。
リュウは間隔の短い深呼吸を繰り返しながら、公園へと向かった。本当に時が止まっているのなら、きっと夜明けは来ないだろう。もしそうなら、自分はずっとこの暗闇の中を一人彷徨うことになる。そう思うと、絶望の淵に落とされたような気分になった。そして後先考えずに、自分一人で帰ってきたことへの後悔と、別れた友人たちへの思いがこみ上げてきた。
今まではヒロのことが気になっていたけれど、ケンたちはどうなっただろうか。リュウはコンビニエに引き返し、申し訳ない気持ちでペンとノートを拝借した。店の商品を勝手に持ち出すことは犯罪だと知っていたが、一層のこと誰かが捕まえてくれればいいのに、という奇妙な感情を抱きながら、静かに店を出た。
リュウはケンの家へと向かっていた。誰も出てこず、今までの反応と変わらないことは理解していたが、自分がここに居ることだけでも知らせておこうと思ったのだ。ノートには『ケン、勝手な事をしてゴメン。俺は無事だ、時が止まってしまった俺たちの街にいる』と書いていた。
ケンの家のポストに手紙を入れ、あまりにも簡単に自分の宿題が終わったことにどこか寂しさを感じ、リュウは呼び鈴を乱暴に何度も押してみた。やはり反応はないな、と思ったとき、インターフォンの向こうから、聞きなれた声が聞こえた。
「はい?」
リュウは長年探していた宝物が見つかったような興奮と驚きを画せなかった。喜んでいる間に会話が終わってしまわないように、慌てて答えた。
「夜分にすみません、リュウです」
「リュウ?ちょっと待ってね」
声の主は弟のトモだった。トモは不審がる様子もなく、ドアを開けてくれた。リュウは急いで玄関の中に入ると、トモを抱きしめた。
「リュウ、ちょっと待ってね。僕、トイレに失敗して着替えているところなの」
トモは濡れて少し匂いのするパジャマのズボンを膝まで下ろしていた。いつものことなのだろうか、恥ずかしがる様子もなく、洗面台で着替えを済ませると、再び戻ってきた。
「こんな時間にどうしたの?」
「ゆっくり説明するからね。ところでケンは?」
「ケンは寝ているよ。僕はちょうど今起きて、着替えをしようとしていたところなの」
「ケンに会わせてくれないか?」
眠たい中で戸惑いを隠せない様子のトモは、すぐに返事ができずに黙っていたが、それは至極当然の対応だ。リュウはトモに謝り、自分がカギをなくして家に入れなくて困っているといった。先ほどの言い訳が、思いもよらぬところで役に立ったという訳だ。
トモは納得した様子で、ケンの部屋に向かおうとした。リュウはトモと離れるのがどこか怖く感じ、部屋に入れてくれないかと頼むと、トモはいいよと頷いた。




