再会と別れ
「こんなところで何をやっているのよ!」
大きな声と共にドアが開き、入ってきたのはマナだった。ドアを開けた瞬間は怒っていたマナもレイの顔を見た途端に、顔を緩めて近寄った。
「レイ!あなたここにいたの?よかったわ」
「何だか心配をかけたみたいで、ゴメン」
「いいのよ、無事でよかったわ。こちらの方は?」
マナは女性に近寄り、挨拶をした。
「私は自分の名前を忘れてしまったのです。事情があってこのような姿ですが、幽霊ではありません。皆さんに私の体を探して欲しくて、お願いをしていたのです」
「体を探す?ごめんなさい、意味がよくわからないわ」
「そうですよね、私にも信じられないことですから」
「いいえ、わかったわ。王様が説明していたアレね。体が外身だとしたら、あなたは中身ってことね」
「まあそんな感じです」
「でもそれって危険よね。誰かが、何かの機会で体に傷でもついたら大変だわ。もし体に何かあったら、あなたはどうなるの?」
「わかりません。本当に幽霊になるのか、消えてしまうのか。でもここにずっといるなんて考えられません」
名無しの女性の悲しげな顔を見て、誰も声をかけることができなかった。彼女の体を見つけると意気込んでいたロンロンも、不安の色を隠せなかった。
静かな部屋にいると、外の廊下の騒がしい音が目立って聞こえるようになった。ケンは開けて様子を見たほうがいいのかを迷っていると、マナが大声を出した。
「いけない!リンリンに頼まれてあなたたちを探すのを忘れていたわ。おばさん幽霊のお陰で、ホールがごった返しているから、あなたたちをさがすように言われていたの。リンリンはカンカンよ」
ケンは恐る恐るドアを開け、ホールの方を見渡すと、どこからともなくホールへと向かう無数の幽霊たちがいた。太った女性がこれだけ集めたとしたら大したものだ、と妙に感心しながら、その先に聞こえるリンリンの声に幽霊たちよりも恐怖を感じているロンロンの姿が見えた。
「とにかくホールに戻らなければ。リンリンが待っている」
ロンロンの声はうわずっていたが、戻らない訳にもいかないのでマナを先頭に、一行はホールへと向かった。途中ですれ違う幽霊たちはどこか悲しげで、ホールへ向かうケンたちには興味を抱くこともなかった。ありがたいといえがそうなのだが、どこか弱々しい幽霊たちは一層透き通って見えた。
ホールは幽霊でごった返していた。とはいえ体が透き通っていので、先の見通しもよく、押されることもない。大きな鏡の中でリンリンが片手を腰に当て、幽霊たちを次々に『選別』していた。
第一の関門は『男性』。そもそもの目的がナベを探すためであるから当然だ。瞬時に『不合格』を言い渡された女性たちは、大人しく帰る者もいれば、文句を言う者もいた。そんな『クレーマー』を太った女性は服や容姿を褒めちぎり、全員に花束を渡して、花をもらっていない幽霊を連れてくるように指導していた。花をもらった幽霊たちは別の幽霊をホールへと誘導していた。そのシステマチックな動きに無駄はなく、抜群のコンビネーションだった。女性のパワーを目の当たりにしたケンは、この二人が何十もの幽霊をさばいている間、男性陣が各々の感情に浸っていたのかと思うと少々気恥ずかしく感じ、リーダー角のロンロンも同じように感じているようだった。
第二の関門は『年齢』だった。排除された子供と老人、そして中年の男性は太った女性から特に手渡されるものはなく、手ぶらで帰って行った。『男は口コミをしない』という理由で、ほかの幽霊を連れてくるのは女性幽霊に絞っていた。太った女性は生前、ブティックのオーナーだったらしく、客を連れてくる心理をよく理解しているようだった。残った青年男性を値踏みするように、一列に並ばせると、リンリンはケンたちに向かって声をあげた。
「遅いじゃないの!私たち、もうこんなに集めたわよ!さあ早く、この中から早くレイ見つけて頂戴。私たちは顔がわからないのよ」
「そうやで、早うしてや。もしおらんかったら、まだまだ呼ぶさかいにな。あんたらも頑張りや、ごっつい儲かるで」
太った女性は幽霊を連れてくるたびにリンリンから受け取る札束を、大切に胸にしまっていた。元々は庭の枯れ草なのに、鏡の中では札束になっている。本当なら羨むところだが、店も商品もないこの世界でのお金なんて、邪魔にしかならない。
この異様な光景にレイは怖気付いてしまって、なかなか二人の前に出ることができない。鏡の前に並んだ青年の誰かがレイだと思っている二人の前に、今更どうやって登場すればいいのかという気持ちは、ケンにもよくわかった。ケンはロンロンにどうにかしてくれと囁いたが、鏡のない場所で蛇の姿のロンロンは、聞こえないふりをしている。
鏡の中の幽霊たちは、待たされている感覚もなく、挨拶したり、立ち話をしたりしている。このシーンだけを見れば、どこにでもあるパーティーの光景だった。遠くから様子を伺う3人の横を名無しの女性がするりとすり抜け、鏡の前に立っている男の人に声をかけた。
「あなた、あなたなの?」
「ジュン!なぜここに?」
抱き合う二人を見て、彼が名無しの女性の結婚相手だったことがすぐにわかった。と同時にケンはロンロンを横目で見ると、彼も同じように感じたのだろう、長い首を不自然に天井へと伸ばし、左右をキョロキョロと眺めている。視線の先には特に興味を引くようなものもないようだが、今の彼にとっては鏡の前の二人意外であれば、何でもよかったのだろう。
突然の出来事にリンリンと太った女性は、何が起こったのかを理解できず、ただ二人を見つめていた。この隙に乗じてケンはレイを紹介し、無事に見つけた事を報告すると、リンリンは『ああそう、それはよかったわ』とだけ返事をした。太った女性は『もう仕事は終わりですか?』と尋ねながら、最後の褒美をもらうべく、リンリンに媚びていた。リンリンは面倒くさそうに札束を渡すと、すぐにマナの元へと駆け寄り、『あれはだれ?どういうこと?』と話かけていた。
リンリンは名無しの女性など興味もなさそうに帰り支度を始め、ケンたちもホールから出ようとすると、名無しの女性とすらりとした長身の男性が近寄ってきた。
「初めまして、ジュンの婚約者です」
この陰気な幽霊たちの中では一際目を引く爽やかさだった。再会のせいだろうか、二人の周りの幸せそうなオーラは、ホールの雰囲気とはかけ離れている。ロンロンは完全に意気消沈しており、ホールの扉に向かい早々に退散したいようだが、男性はそんなことなどお構いなしに、話を続けた。
「彼女がここにいる経緯は聞きました。私のせいで彼女がこのような状況になっているのは、悲しいことです。実は僕も彼女のことを思うと、心が引き裂かれそうで、気がつくとこの屋敷で漂っていました。けれどいつまでもこうしてはいけないし、彼女もきっと次の幸せをつかむに違いないと思って、忘れる決意をしたところだったのです。彼女の幸せが僕の幸せだったのに、体を失ってしまうほど悲しませていたなんで、心が引きちぎれそうです。彼女の体をお探しいただけるなんて、私からも感謝します。手伝えることはなんでもしますので、よろしくお願いします」
男性の心からの訴えは、ロンロンを除いたホールにいる全員に伝わっているようで、拍手をするものや、男性の肩を抱いて励ますもの、自分と姿を重ね合わせて泣くものもいた。ただ不思議と涙を出しているものはいなかった。ロンロンは相変わらず虚ろな顔、床に這いつくばっており、少し前に言った『お任せ下さい』の言葉など、忘れているようだった。
「よろしくお願いします。私たちもご一緒していいですか?」
不意にしゃがんで顔を近づけてきた男性を前に、ロンロンはゆっくりと顔をあげ、力ない足取りで鏡の前まで移動すると、精一杯の笑顔で言った。
「いえ、あなたがたは久々の再会をここでじっくりと味わってください。我々が探しますので、何かあればお呼びします。これをお持ちください」
ロンロンはポケットから七色のチケットを取り出して、男性に渡した。男性は喜んで受け取ると、再び名無しの女性の元へ戻り、笑顔で会話を始めていた。ロンロンはまた力なく床を這い、今度は目を閉じたまま動かなくなった。
ケンはそんなロンロンの頭にそっと手を添え、出発の時を待っていた。
幽霊屋敷を後にした一行の足取りは様々だった。レイを見つけるという目的を達成して、とりあえずは満足のリンリン、無事に出会えたことを喜ぶレイとマナ、そしてどこか素直に喜べないケンと、完全に意気消沈したロンロン。その差は長い道のりを歩くたびに広くなってきたので、ロンロンはリンリンに度々急ぐように促されていた。
ロンロンを待とうと振り返った先には、鬱蒼と茂った木々に囲まれた幽霊屋敷が見える。心なしか窓を照らす灯りの数が増えたような気がする。初めて訪れた時に出会った幽霊たちは、表情もなく一人で漂っていたが、今回はホールに集まり笑顔が見えたのは、『誰かを呼ぶ』というミッションを与えられた為だろうか。それとも、一堂に会して生まれたエネルギーの為だろうか。
幽霊たちの中に名無しの女性を置いてくるのに多少の不安はあったが、婚約者がいるので大丈夫だろうし、何よりもロンロンの事を思うと、二人を連れて行く選択肢はもはやどこにもなかった。




