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犬との出会い

 次の日、秘密基地へ向かたのは4人だった。

ケン、レイ、リュウそしてマナだ。マナは昼休みに3人に近づき、秘密基地へ連れて行け、と迫ったのだ。

 マナはハキハキした性格で、女の子によくありがちな「群れる」ことはしない、数少ない女の子だ。だからといって遊ぶ友達がいない訳ではない。どこでも誰とでも、そしてどこででも遊ぶ。そんなマナだから、秘密基地に連れて行くことに、誰も反対はしなかった。


 「こんにちは」

 いつものようにじいさんとミキがいた。そしていつものようにキャンディを受け取るのだが、今日は少し違った。マナが先に声をかけたのだ。

「お姉さんたちはどこに住んでいるのですか」

 今まで幾度となく挨拶はしてきたが、面と向かって聞いたことはなかった。ケンたちにはミキがどこに住んでいるのかなんて、全く興味がなかったからだ。しかしマナは違うようだ。女の子は相手に興味をもつから、いつでも誰とでも話ができるのだろうか、とケンは思った。

「少し遠くから来ているの。この町に住んではいないのよ」

「どうしてここに来ているのですか」

「じいさんの散歩に付き合っているの。足腰が弱っているから、一人だと危ないでしょ」

「そうですか」

 マナはミキの顔をじっと見ながら4人分のキャンディを受け取り、お礼を言うと、先へ進んだ。


 秘密基地に着いたマナは興奮していた。池の畔の小さな小屋というのは、女の子にとっても興味深いものなのだろう。しばらく小屋の中を見回したり、池を覗き込んだりしていた。

「私、あのお姉さんとキャンディ知っているの」

 マナはやっと小屋に座ると、キャンディーを口に入れた。

「隣町のお友達の家に遊びに行った時に、駅前で配っていたのよ。結構遅い時間よ。初めて食べたときにすごくおいしいと思って、お店で探したけれど、どこにも売っていないの。お母さんにも調べてもらったけれど、結局はわからなくて。でもおかしいと思わない?買えもしないキャンディを配るなんて。そもそも何のために配っているのかしら」

「何のためかって、食べてもらいたいからとか」

 ケンが答えると、マナは目を見開き、呆れた顔で答えた。

「あんたバカじゃないの。大人の人が何の目的もなく物を配らないわよ。鉛筆だって、無料券だって、来てもらいたいから配るのよ。エサみたいなものよ」


 ケンたちは黙り込んだ。この年齢の女の子はやたらとしっかりとしていて、少々苦手だ。何かと上から目線で、ものを言ってくるが、的は得ている。

「それにね。隣町でも最近、登校拒否の子が増えているそうなのよね。まあ、逃げたくなる気持ちもわかるけどね。一体、何があったのかしらね」

 マナは一人で話し続けた。ケンは先生の話を聞く生徒のようになっていたが、レイは静かに言った。

「嘘をついてキャンディを配る理由とは」

「嘘ってなによ」

「いいか、きっとターボはここへ来ていた。これが何よりの証拠だよ」

 ナベが宝箱を開けると、小さなビンに入った例のキャンディがあった。


「俺たちはキャンディをもらっても、ここへ入れたりはしていない。すぐに食べるか、持って帰っていたはずだ。宝箱の隠し場所を知っていたのは俺たちの他にターボとヒロだ。でもじいさんは見ていないという。どこにも売っていないこのキャンディを手に入れる方法は、じいさんしかないはずだ。なぜ嘘をついて、毎回キャンディをくれるのだろう」

 ケンはレイの説明に感心した。ケンも大抵はキャンディをその場で食べたが、余った時や、ポケットに入れたままになっていた時は、家に帰って自分の瓶に入れている。瓶に入れているのはターボと同じだ。なぜターボは瓶を宝箱へ入れたのだろうか。もしかしたらここを自分の部屋のように思っていたのかもしれない。

「そういえば、リュウはどこへ行ったのかしら」

 いつの間にリュウの姿が見えなくなっていた。


 リュウはマナが熱弁を振るっている最中、そっと小屋を抜け出していた。じいさんやキャンディの話など、どうでもよかった。ただ親友のヒロの様子がおかしいこと、一緒に過ごす時間が全くなくなったことだけが気がかりだった。ターボのようにずっと姿を見せなくなってしまうのかと思うと、言いようのない不安でいっぱいだった。


「困ったな、本当にいなくなってしまった」

 ふいにどこからともなく聞こえた声に、リュウが反応して答えた。

「本当だよ、一体どうなってしまったんだ」

 声の持ち主のことなど気にないくらい、問いかけがリュウの気持ちに合っていたからだ。

「どこにいってしまったのだろう」

 また声が聞こえた。

「俺が知るかよ」

 リュウは全く違和感なく答えた。

「お前も知らないのかい」

「知らないよ」

 ふとリュウは不思議に思った。

「誰だ?」

 辺りを見回したが、誰もいない。3人はまだ小屋にいるようで、話し声が小屋からもれていた。

「誰かいるのか」

 大声を出したリュウに反応したのは、小屋にいた3人だった。

「どうした、リュウ」

 ヒロが駆け寄ったが、リュウは3人のことなど眼中にない様子で、辺りを見回した。

「誰かに捕まってしまったのかな」

 どこからかまた、持ち主不明の声が聞こえた。

「誰だ?どこにいる?」

 リュウのただならない様子に、レイがさらに大きな声で言った。

「どうしたのだ、リュウ。ここには誰もいないよ」

「誰もいないだって?お前たちにも聞こえるだろう、あの声が」

「声だって?誰の声だって言うのだ」

「聞こえないのか?さっきから聞こえているじゃないか。ケンも聞こえるだろう?」


 ケンにも何も聞こえず、マナも首を横に振った。その様子を見て、リュウは拍子抜けした顔で、大きなため息をついた。

「じゃあ、この声は何なのだ。俺にしか聞こえてないのか」

 そんなやり取りの間も、リュウにはまだ声が聞こえていた。誰かを探して困っている、聞いたことのない男の子の声は、どんどん近づいてくるようだった。

「ちょっと、あっちを見て」

 マナが指を指して叫んだ先は草むらだが、風もないのに草が揺れている。もしや変な動物ではなかろうかと4人は息を飲んで見守った。


 一瞬で草が消え、現れたのは小さな黒い犬だった。どこにでもいる雑種のような犬だが、首輪があるということは、飼い犬なのだろうか。いや、首輪というよりは、蛇が首に巻き付いている。動かないので作りものなのだろうが、目も口もはっきりと描かれており、悪趣味だ。犬の後ろには小道が出来ており、草むらから現れた、というよりは草むらから道を作って出てきた、と言った方が正しかった。

 犬は4人を見て、驚いた様子で立ちすくんでいた。

「仲間かと思ったら、人間だ」

 4人は顔を見合わせた。声が聞こえた、というよりは頭の中で囁かれた感じだった。

「お前たちにも聞こえるのか」

 リュウが嬉しそうに言うと、他の3人は頷いた。

「僕の声が聞こえるのか」 

 また聞こえてきた声に、レイが声に出していった。

「君は誰だ。もしかして目の前にいる犬か?」

「犬か・・、そう見えるなら僕は犬だね。君たちの認識が全てだから。僕の声が聞こえるということは、ロップスを食べたことがあるのだね」

「ロップスってなに、それよりもあなたは誰よ」

 マナが不満そうに言った。ケンはこの状況で、冷静かつ端的な質問ができるマナがいてくれることに安心感を覚える自分に、少しばかりの情けなさを感じていた。マナの問いかけに反応して、まっすぐに見つめてくるということは、やはり声の主はこの犬のようだ。犬と会話ができる、普段なら夢のような状況なのだが、実際には思ったほどの感動はなかった。


「そういえば君には以前にも会ったことがあるようだね」

 犬はリュウを見たが、リュウは何と答えていいのかわからず黙ったままだった。

「だからロップスって何よ」

 マナが再び、問いかけた。

「ここに来る前に、もしくは僕と出会う前に、手に入れたものを教えて欲しい。それはきっと普段、手にしないもののはずだ。本来なら僕の言葉は、聞こえないはずなのだ。それなのに君たちには聞こえている。その理由が知りたい」

「もらったものといえば、キャンディをもらったわ」

「どんなキャンディなの。まだ持っているのかな」

「もう食べてしまったわ。普通のキャンディよ。とても美味しいの」

 マナはそう言いながら、ポケットの中から包み紙を出し、腰を落として、犬に見せた。


 犬は匂いを嗅ぎながら、考え事をしているようだった。

「確かにロップスのようだ。でも何かが、何かがおかしい気がする」

 犬はブツブツと言っては、匂いを嗅ぎ、遠くを見つめていた。

 この犬はどこから来たのか、そしてキャンディは何なのか、何が起こっているのか、4人にはわからなかった。何をどう質問したらいいか、考えていたとき、レイが口を開いた。

「次は僕の質問に答えてください。あなたはどこから来た、誰なのですか」

 レイはどんな時も冷静だ。こんなごく簡単な問いかけすら、ケンにはできないでいた。

「これは失礼。僕の名前はヨシ。『ネイチャー・キャッスル』の住人です。探し物と調査のために来たのだけれど、言葉が通じるなんて、驚きです」


 ヨシと名乗る犬は、ペコリと頭を下げた。その様子にリュウ以外の3人は少し、安心した。とりあえず攻撃的ではなさそうだ。しかしリュウだけはヨシから距離を取り、少し大きな声で言った。

「一体、何を探しているのだ」

「友達を探しています。数カ月前から姿がみえなくなりました」

 『友達』という言葉に、ケンはヨシに親近感を覚えた。自分たちも友達を探していたからだ。いなくなった訳ではないが、いなくなったようなものだからだ。ケンは恐る恐る聞いてみた。

「友達はどこに行ったか、わからないのですか」

「この辺りに一緒に来て、気がついたらはぐれてしまったのです」

「数ヶ月も見つからないなら、どこか別の場所にいるのではないですか」

「いや、近くにいるようなのですが、場所まではわからず」


 ヨシは言葉を濁した。近くにいるのに姿が見えないなんて、ヒロに似ているような気がした。人事、いや犬事とは思えなかった。気がつくと4人はチコを取り囲み、レイが慰めるように言った。

「携帯電話はつながるということですか」

「そういった機械的なものを使わずに交信できるというか、何というか。そう言えば君ともできたよね」

 ヨシはリュウを見つめたが、リュウはバツが悪そうに目をそらした。犬を話ができたなんて、信じてもらえる話ではないと思ったのだろうか。

 初めてヨシと会った時も、今日もリュウはヨシと会話が出来ていた。他の3人はヨシが近づいてから、いつの間にか会話ができるようになっている。電話を使わずに遠くの人と会話ができる、また犬と会話ができる、この不可思議さとどう向き合えばいいのか、ケンは一生懸命考えていた。

 




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