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ターボとの再会

「幽霊屋敷は、昔は誰でも行き来することができていたのだ。体を失って、行き場のない意識たちが住むエリアに変わりはないが、彼らがが納得いくまで、昔の生活に近い状態を作ってあげようと思い、村人たちで屋敷を作ったのだ。出来た当初は今のように荒れておらず、綺麗な建物の中で、皆思い思いの姿になって気持ちを癒して、消えていったものだ。村人も出かけて行って掃除をしたり、花を植えたりしていたのだ。しかしここ数年で変化が起こるようになった。割合は少ないが、あまりにも複雑で、大きな傷を追った意識たちは、村人に嫉妬を抱くようになったのだ。何故かって?彼らが『生きている』からだよ。村人たちは純粋に彼らに寄り添っていたのだが、やりきれない思いを持ったままこのエリアに来た訳だから、その思いを村人にぶつけてしまった。彼らの体を乗っ取ろうとしたり、傷つけようとしたり様々だ。 でも最も敬遠されたのが、嫉妬のオーラを出されることだった。村人は次第に近づかなくなり、屋敷は荒れていった。そうなるとますます嫌なオーラが出て、嫌がらせをしようと村にまでくるようになる。悪循環だね。少数の人間が嫉妬や略奪を始めたために、暗い時代が始まったことが、君たちの世界でも何度もあるはずだ。

 この悪いエネルギーは伝染しやすく、あっという間に心を蝕んでしまう。そのうちに村とつながる道は途絶え、人々は村に近寄らなくなったので、孤立してしまったのだ。しかし全く放置しておくわけにもいかないので、ビッキーが時々、様子を見に行っているはずだ」

「彼らはそこから出たりしないのですか?」

「いい指摘だ、マナ。彼らはそこから出ない。出たければ出られるのに、だ。不安や恐怖で一杯になると、誰でも外に出ることをしなくなる。そして自分が外に出られないことを他人のせいにする。彼らもある日突然、幽霊屋敷に人が集まり、綺麗な屋敷になって、楽しい時間が訪れると思っているのだ。しかし彼らの本当の目的は、心を癒し、別の世界へ行くことなのに、それを忘れて現状を呪うばかりしている。全くおかしな空間になっているのだ。

 これは幽霊屋敷だけの話ではない、君たちの世界にだって起こりうることだ。本来の目的を忘れ、他人を呪い、時を浪費する。そこから出れば問題は解決をするのだが、日々、呪いを捧げるのだ。そんな世界に誰も近づかないさ。話は脱線したが、そんな世界だからレイの心が希望に満ちている限り、彼らと同化することはないが、もしそうでないなら、彼らと友達になっているかもしれない。いずれにせよ、急いで探しに行くがいい。そして3人で戻って、ワシを手伝ってくれ。それまでは皆で何とか原因を探っておくさ。君たちの友達もいるから」

「友達?」

 ケンが湖の周りを見回すと、遠くの方村人と協力して、忙しく動き回っている少年の姿があった。じいじが彼の方にボートを近づけたとき、二人の目の前にいたのは、ケンを突き飛ばして逃げたターボの姿だった。ターボは二人を見て、気恥かしそうな顔で頭を少し下げた。

「ターボ、あなたこんなところで何をしているの?」

 マナの問いかけにターボは答えることもなく、はにかんだ笑顔を見せ、作業を続けた。ケンはターボにどうやってここに来たのか、なぜじいじを手伝っているのか、なぜ紙を奪っていったのか、聞きたいことが山ほどあったが、じいじが間に入ったため、思い通りに聞くことができずにいた。また先を急いでいる中で、時間をかけてはいけないとの思いや、久々に違う世界で会う友人に、ある種の照れもあったのかもしれない。

「ターボはよく手伝ってくれるから、助かっている。君たちの友達と知ったときは驚いたよ」

 ターボは学校であった時と変わらず、少し悲しげな笑顔で笑うと、下を向いた。お互いに気まずさを感じてはいたが、ケンはどうしても聞きたいことを口にしてみた。

「ヒロはどうなった?どこにいるのだ?」

 ケンの問いかけにターボはうつむいた顔を上げて、先生に叱られた生徒のような悲しい顔で答えた。

「わからない」

「わからない?一緒にここへ来たのではないのか?」

「一緒に来たのだけど、はぐれてしまった」

「お前がここへ誘ったのか?」

 ターボは黙って頷いた。この短いやりとりで、ターボへの遠慮と気恥かしさはどこかへ飛んでしまい、腹立たしさがこみ上げてきた。

「何だってヒロを誘ったりしたんだ?」

 ケンは極力冷静さを保とうとしたが、黙ってうつむくだけのターボの顔を上げさせたくて、大きな声をだしたが、ターボは右手で左の腕をさすったまま、黙っていた。

「お前のせいで、皆が迷惑をしてるんだ。ヒロもそうだが、レイやリュウがいなくなったのも、全部お前のせいだ!」

 ケンは自分でも残酷なことを言っていることは分かっていたが、どうしても我慢が出来なかった。皆とはぐれてから、ずっと誰かに言いたかった正直な気持ちだった。王様やマナの前では言えなかった言葉だが、本人を目の前にして、どうしても抑えることができなかった。

「ケン、やめなさい」

 じいじが止めに入ってくれなければ、ターボに対して言葉だけではなく、手を出していたかもしれなかった。言葉というものは、発すれば発するほど感情的になり、誰かに止めてもらうか、疲れるまで止めることはできない大きな力だ。じいじのお陰で面目を保ちながら、この嫌な場面を一旦は終えることができたが、当の本人は悲しげな顔をしながら、森の中へと走って行った。

「ターボ、待って」

 マナが声をかけたが、ターボは振り返ることもせず、鬱蒼と茂った森の中へと消えていった。ターボの姿が消えると同時に、後悔の念が湧いてきた。せっかく出会えた友人が、しかもこの世界のことをもっと知っている友人から、上手に情報を聞き出せたとしたら、そちらのほうがどれだけ有益だっただろうか。

自分はこの大きなチャンスを、自分の感情をぶつけるために使ってしまったとしたなら、何てバカなことをしたのだろう。力なくその場に座り込んだケンに、じいじが優しく肩を叩いた。

「ターボもまた誰かを探しているようだった。大人しい子なので多くは語らなかったが、何か苦しんでいるようだ」

「ターボはなぜおじいさんのところに来たのかしら?」

「湖の水位が上がり始めた頃だったかな、黙って近づいてきたのだ。その場に座り込んで、何も言わずにこっちを見ていたから、手伝ってくれと頼んだのだよ。そうしたら少し笑って、手伝ってくれた。よく働くいい子だ。君たちの友達と知ったのは少し経ってからだが、なぜここへ来たのか、今何をしているのかは聞いたけれど答えなかった。話したくなったら教えてと言うと、必ず言うと約束してくれた。ターボが探していたのはヒロという子だったのかもしれないね」

 優しい口調のじいじの言葉が、余計に自分の軽率さを強調して、顔を上げることができなかった。そしてターボのお母さんがここへ来ていたことを思い出した。ターボのお母さんにも厳しいことを言ってしまい、同じように寂しい笑顔で去っていった二人の顔が浮かんだ。そうだ、ターボのお母さんはどこへ行ったのだろう。ターボを探すと言っていたが、彼が一人で行動しているということは、まだ出会えていないということなのだろう。お母さんのことを教えてあげればよかったと大きな後悔を感じながら、ターボが走り去った森をしばらく眺めていた。



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