地図作り
「王様、この国の地図はありますか?」
ケンがこの国に来た時に受け取った地図は、幽霊屋敷で落としてしまった。マナも地図をいれたバッグを、図書館に残してきてしまったのだ。
「あるにはあるが、簡単な地図しかない。この国に関する全ての知識は、あの図書館にあったのだ。あの図書館が今どうなっているかはわからないが、あそこにあったものはこの国の歴史において、重要なものばかりだ。ほとぼりが冷めたら、様子を見に行こうと思う。ああそうそう、地図だったな」
王様が深刻な顔で取り出した地図は、小学生がその国の形を覚えることができる程度の、簡単なものだった。湖やお城、美術館といった代表的な建物を記入したあとは、何がどこにあるかもわからない。
「これだけの情報では、何もわからない」
真っ白な地図を目の前にして、ケンは脱力感に襲われた。不慣れな地域で何の情報もなく、行方不明の友人を探すことなどできるのだろうか。王様は持っていたステッキで地図を差しながら、大きな声で言った。
「いいかな、みんな。情報は多ければいい、というものでもない。必要なのは有益な情報だ。どうでもいい情報はそれに安心したり、惑わされたりと返って邪魔になる。有益な情報というのは、君たちが感じたり、経験したりした情報だ。さあ、この真っ白な地図に皆の有益な情報を集め、宝地図を作り上げようではないか」
王様の一声で、ケンの心は軽くなった。『何もない』のではなく『今は何もない』というだけだ。ここにはこの国を知り尽くした王様もアンもいるのだ。ケンはここにきたときの場所と出来事をできるだけ詳しく思い出しながら、地図へと記入していった。アンと別れるまでは場所も詳しく特定ができたが、レイと別れた地域では、ざっくりとしか説明ができなかった。それでも違う顔を写す小さな池や、屋敷のこと、ターボのお母さんと走った道を思い出し、地図に記した。城の裏庭で見たバス停での人々、人々が別の広場に移動する様子、小屋で出会った人々、そしてターボに通信用の紙を奪われケガをした後にトンネルに辿り着き、マナと合流したまでを話した。
マナと王様は興味深そうに聞いていた。マナは特に裏庭での人々の奇妙な様子を、怖がっているようにも見えた。
「よくできたケン。チロがいたとは言え、よく一人でマナの元へたどり着いた。しかしそのトンネルは何だ?聞いたことのないトンネルだ。アン、何か知っているか?」
「いえ、私も存じ上げませんが、『呪いのトンネル』のことではないでしょうか。図書館の『ネイチャー・キャッスルの歴史Ⅱ』に記載があったと思います。確かグリーン9代様の時代に起こった乱で、命からがら逃げた王様の一族を逃がしたときに使われたトンネルです。『どこでもいいから逃げ延びることのできる場所』へとつながるトンネルです。
このトンネルの存在は都市伝説となり、国民の興味の対象となりました。そして『願いの叶う場所へ行けるトンネル』と噂され、その後も行方不明者が後を経たなくなったため、レッド13代様の時に、完全に閉鎖をされ、跡形もなくなったはずです」
「そういえば門番が言っていました。『望む場所へ行けるトンネル』があるって。リュウはそこへ向かったのです。僕も行きました。トンネルはここです」
ケンがお城の裏山を指差すと、すかさずマナがペンでトンネルの絵を書き込んだ。スポーツ万能に加え、美術部員かと思うほど絵も上手い。そしてケンがトンネルでの出来事を一通り話した頃には、王様のシワだらけの顔に、さらに深い眉間のシワが刻み込まれていた。トンネルの存在と門番、そして婆さんとトンネル内の謎の人物。これらに心当たりのあるものは、誰もいなかった。
「ケンがトンネルを通って図書館にたどり着いたのが事実なら、『希望の場所に辿り着く』というのもあながち嘘ではないということになる。アン、ビッキーにトンネルのことを調べさせてくれ」
「かしこまりました」
アンはそそくさと部屋を後にした。王様はビッキーを信頼しているようだが、ケンには理解できなかった。自分は彼のことをよく知らないが、人を見下したような言い方や態度に、どうしても反応してしまう。気にしなければいい、と第三者の立場なら誰でも思うだろうが、それは言葉では説明できないもので、波長というか感覚というか、とにかくあまり関わりたくない人物には違いなかった。
3人になった部屋は、どことなく別の感じがした。背後の額縁が目に入るようになったからだろうか、賑やかに感じる。不思議なもので、姿があるわけではないのだが、額縁は存在感を与えている。王様のエネルギーとでもいうものだろうか。
続いてマナがケンと別れてからの出来事を話し始めた。
「門番に入場を断られて、私はアンとお城へ向かったのだけれど、途中でヨシを見かけたの。街の方に向かっていたけれど、少し様子がおかしかったわ。何ていうか・・、難しい顔をしていたの。いつも優しい感じだったのに。それから私たちは王様の部屋に行ったけど、いらっしゃらなかったので、アンと図書館に行き、そこで調べ物をしていると水が溢れてきたの。扉は閉まっていて出口もなく、どうしようかと思っていたら、ケンの声が聞こえてきたの」
「なぜケンの声が聞こえたのかね?」
「これです。ここから声が聞こえてきたのです」
マナはポケットの中から、キャンディの包み紙を取り出した。水に濡れているので、力を入れると破れそうだ。マナは丁寧に紙を広げて、テーブルに置いた。包み紙は柄が剥げ、滲んだ文字の下から、葉っぱのような緑色が見えてきた。王様は顔を近づけ、匂いを嗅ぐような仕草を続けた。
「これはネイチャー・キャッスルに生息する、声を運ぶ葉だ。この葉が包み紙に使われていたのだな。キャンディを作る工程で木の葉を使用することはないのだが、なぜ使われていたのか。誰が紛れ込ませたのか?これは誰にもらったのかね?アン、君は知っていたのか?」
いつの間にか部屋へ戻ってきていたアンは、包み紙を確認していた。
「王様、これは私がミキに命じて作らせたものです。ユウが行方不明になったので、情報収集の一環としてユウの気配のする地域に配れば、手元に届くかもしれないと思いまして」
「そんな重要なこと、聞いていないが」
「いえ、伝えました。王様は大切なことだからと、ノートにも記載されていました」
アンが毅然と、そして反論できないような目つきで答えたので、王様はそれ以上何も言うことができなかった。王様はもしかするとアンに頭が上がらないのではないか、とケンは感じていた。マナもそう感じたのか、お互い目が合い笑いをこらえていた。




