歴代の王様たち
「まずは何でもいい、身の回りに起こった気になることを話し合おう。どんな小さなことでもいい。ルールは一つ、決して相手を否定しないこと。まずはワシから、とっておきのくだらない報告から。ワシの周りにいるメモリは君たちよりも輝きが少ないようだ。やはり若い人の方がエネルギーは高いのだな」
王様はそう言って、大声で笑った。その笑いにつられて皆も笑い、そのせいかメモリの輝きがさらに増したようだ。次に口を開いたのはマナだった。
「メモリは人がいるところで光るのですよね。ならどうして図書館の天井が光ったのかしら。絵に気づいたのも、絵の周りにメモリがいたからよ」
「天井にメモリがいたというのかね?」
先ほどの笑顔から一点、王様のメガネの奥の目が、鋭く光った。
「はい、天井に浮いていました。そういえば初めて見たときは女の人もいたような気がするわ」
「それはどういうことかな?絵が途中で変わったというのかね?」
「見間違いかもしれません。いえ、やはり女の人もいたと思います。教科書に出てくるような、赤ちゃんを見守る優しい絵だったので」
「絵が変わったのではなく、光の加減でそう見えたのではないのかね?」
「そうかもしれません。でもメモリがあったのは本当です。ということは絵の近くに誰かがいたということになるのでしょうか」
「メモリがいたのなら、そういうことになるだろう。これは人というよりは人の意識に反応するから、何かしらがいた、ということになるだろう」
王様の横でメモをとるアンの背後で何かが動いた気がした。よく見ると、額縁の中で何かが動いている。それは人の姿だったり、色の付いた虹だったり、動物のように耳がついているものもあった。ある人は肖像画のように上半身を前向きにしている人もいれば、覗き込むように顔を半分覗かせている人もいた。
それらが何であるかなど、ケンにわかるはずもなかったが、どう反応していいのか分からず、額縁を見つめるしかなかった。その様子に気づいたマナは驚きの表情を隠せず、その場に立ちすくんでしまい、二人の目線を追ったアンが、額縁に気づき、声をかけた。
「こんにちは、彼らはケンとマナ。向こうの世界から来てくれたのです」
アンの言葉に反応するように、部屋の空気が一段と明るくなった。よく見ると、額縁の下に説明書きがと署名がある。『14代王様イエロー』。額縁の中には男の人らしい人物が写っているが、輪郭がぼやけ、表情もはっきりとしない。だが口は動いているので、何かを発しているようだ。どう見ても奇妙な光景だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「ここは歴代の王様や女王様が暮らしているの。全員が常に専用の部屋にいるわけではないけれどね」
アンは14代と言ったが、今は35代のはずだ。ということは、彼らはすでに肉体がない、ということになる。
「幽霊、ということですか?」
「王様に向かって失礼よ、ケン」
アンにそう言われ、慌てて頭を下げたけれど、『幽霊』という言葉以外に、合う言葉が見つかれない。『幽霊』と言えば、ナベと離れ離れになったあの古ぼけた屋敷にも似たような者がいたが、彼らとは何かが違う。エネルギーといっても、今までそれがどんなものであるかを明確に感じたことはなかったので適切な表現方法がわからないが、ここで感じるものは全て『優しい』。
「でもあまり馴染みのないものから覗かれていると思うと、あまりいい気持ちはしませんね」
「何を言っているのよ。王様方の空間に入って覗き込んでいるのは、私たちの方よ。だから失礼のないようにね」
覗いているのは自分たちだと言われても、ケンにはピンと来なかった。岩肌に埋め込まれた額縁から顔を出しているのだから、覗いているのは明らかに向こうの方だと思うが、あちら側から自分たちがどう映っているのかはわからない。自分では覗いているつもりなどないと言い張るのは簡単だが、絶対にそうだと言い切れるかどうかは、わからなかった。
「ここにいらっしゃるのが王様たちなら、何かいい知恵をお持ちなのですか?」
「さすがね、マナ。私たちがここを使うときは、王様方の意見を行けるからなの。もちろん、何かの解決法を直接伝授してくださることはないわ。だって亡くなっているのですから。でも私たちが心から、自分たちの気持ちに沿って議論をしたとき、王様方のエネルギーが反応する。それが一つのバロメーターになることはあるの。空間を共にするもののエネルギーが快適なものなのか、作為的なものなのか、それを教えてくれるの。即解決することはないけれど、エネルギーレベルで判断することは、この先とても重量になるのよ」
アンは額縁を見回しながら言った。その言い方は過去の統治者に対する敬意と、あこがれに満ち溢れていた。
ケンは『22代ピンク』の前に立ってみた。横でアンがやっているように、額縁に手を当てて目を閉じると、形には現れないが華やかで洗練されたイメージが湧いてくる。頭の中から血液に乗って体中に感じる煌びやかな間隔で鳥肌が立った。初めて体験ずるこの感覚に、超能力者にでもなったのかと戸惑いつつも、不思議と心地よい状態に、体がふわりと浮くように感じた。
「邪念のない空間ではあらゆる感覚を得ることができるのだが、疑心暗鬼になったり、不安だったりすると、心を純粋に保つことができない。その状態は黒色の画用紙に絵を描くようなもので、はっきりとわからないのだ。この空間はエネルギーレベルの高い、歴代の王様、王女様がいらっしゃるから、自然と我々のレベルも上がるのだ。直接解決策を示すのではなく、エネルギーを高めることで、我々自身の中から解決策を探していくのだ」
ケンの隣で王様が囁いた。『解決策』の言葉を聞いて、これから向かうべき問題の存在に気づき、ふと不安になった。今、何が起こっているのか、友人たちはどこへいったのか、自分はここから戻れるのだろうか、あの女の子のお母さんはどうなったのか。次第に血液の流れが速くなり、緊張感が増すのを感じた。
「なぜこのような事態になったのでしょう?」
ケンが無意識に問いかけると、自分の中から答えが出てきた。
「僕たちが何も考えずに行動したからだ」
「レイの手をしっかりと握らずに走ったからだ」
「リュウが勝手な行動をしたからだ」
「もっとヒロと一緒に遊ばなかったからだ」
様々な答えが出るたびに体の力が抜けていき、自分の不甲斐なさを感じる。こんな自分に何ができるのか、何かが起こるまで、ここでじっとしていたほうが問題を起こさなくていいのでは、などと考え始めていた。額縁からは先程の洗練された光は消えて、じわじわとした生ぬるい風が、体にまとわりつく感触だ。その感触の悪さに、ケンはさらに悪い状態になる自分をイメージしていた。
しかしこうしている間にもレイが助けを求めているかもしれない、お母さんもトモも自分の帰りを待っていると思うと、問いかけが変わってきた。
「どうしたら友人を見つけ、この世界の濁流が引いて、元の状態に戻るだろう?」
何度も深呼吸をするうちに、緊張がほぐれ血液の流れが元に戻るのを感じた。
「全体の地図を用意しよう。皆の情報を集め、仮説を立てて検証しよう。そしてチームを作り、行動しよう」
不思議と静かな空気が戻ってきた。『22代ピンク』からは初めの洗練された空気というよりは、静かなで力強い波のような波動を感じた。王様が静かに続けた。
「人と向き合えば、必ずいろいろな感情が絡み合う。彼らはいわば、エネルギーの写鏡で、向き合うことで自分の状態を確認できる。いい時にはいい状態を感じ、悪い時には嫌な感じがする。だから歴代の王様方は壁に並んで、お互いに向き合わないようにしているのだ、彼らの時代は終わったのだから、お互いに作用しても仕方のないことだからね。君が冷静な時は22代ピンク様のエネルギーを感じることができたと思うが、自分の感情が悪い方に動いたから、22代ピンクもそれに応えたのだ。相手をいい状態にするか、悪い状態にするのかは、全てこちら側に係っていることを忘れないように。一番重要なことは、感情のもつエネルギーの大きさを知り、感情的にならないことだ」
感情的にならない、といわれてもそう簡単にはいかない。それに先ほど『人は感情の生き物だ』と教えられたばかりだ。この一見、矛盾するアドバイスに心から納得するためには何が必要なのか、ケンにはわからなかった。




