作戦会議
ビッキーの作業スペース横の狭い穴をくぐると、奥に会議室のようなスペースの空間があった。
自然と出来たものなのか加工されたものなのか、大きな岩のテーブルと、その周りに石の椅子が並んであった。加工するには大きすぎる石だが、自然のものにしてはよく出来すぎている。
洞窟の中ではあるが、常にメモリが周りを照らしているので、暗さは全く気にならない。洞窟特有の湿度も高くは感じないが、足元は湿った感じがあり、時々ピチャンと水が垂れる音と水が流れる音が聞こえる。
岩の壁にはずらりと額縁が飾られてあるが、何も描かれていない。あるものは黒く、またあるものは透明で、何も写っていない。額縁と言うよりは、無数の窓にも見える。オブジェというにはセンスが悪く、窓というには機能的ではない。しかし全面が岩というよりは、少しは部屋らしい感じがするのであった。
ケンとマナは王様に続いて、椅子に腰をかけた。『作戦会議』というが、どう作戦を立てればいいのか、まるでわからない。何となくこの世界に足を踏み入れ、目の前で起こることに反応するように行動してきた。その中で友人と別れ、人に出会い、変な動物に助けられた。マナと再会できたことは喜ばしいが、レイとリュウはどこへ行ったのだろう。エリカの母親もどこへ行ってしまったのだろう。そんなことを考えるうちに喪失感に包まれ、全身から力が抜けるのを感じた。必死で逃げたからだろうか、それとも痛んだ足のせいだろうか。
ケンは左足をおもむろに動かしてみた。するとどうだろう、足の痛みが消えている。腫れも引き、いつもの自分の足に戻っていた。安心と喜びが先に出て、なぜなのかはもうどうでもよかったのだ。
「作戦会議と仰いましたが、何をするための作戦なのですか?」
凛とした面持ちでマナが口を開いた。
「いい質問だ、マナ。目的を決めなければ、作戦の立て方がわからないからね。まず我々のゴールから決めようではないか。ケン、君はどうだい?」
「僕は・・・、レイとリュウを見つけて、元の世界に帰りたいです」
「ヒロはどうなるの?」
マナが驚いた口調で直様、聞き返した。
「それはヒロも見つかればいいけれど、まずは二人を探さなきゃ」
「冷たくない?」
マナの言うことも一理あるが、自分としては一緒にこの世界にきた二人を連れて帰ることが、一番だと考えていた。そもそもヒロとターボは自分からこの世界に来たのだから、帰り方だって知っているかもしれない。そうすれば自分たちがここに来る前の状態に戻ることができる。
「ケンがそんなに冷たい人とは思わなかった。エリカのこともどうでもいいの?」
畳み掛けるようにマナに言われ、返す言葉もなかった。確かにエリカや行方不明というユウも気になるが、自分がどうやって皆を見つければいいのかなんて、わかるはずもなかった。険悪なムードは王様の笑い声によって、一瞬で消え去った。
「まあそう難しく考えることはない。どうすればそれぞれの希望が叶うかを考えようではないか。ケンはレイとリュウを探したい。マナはエリカの母親と父親を探してあげたいのだろう。そしてアン君はどうだね?」
いつの間にかアンが作戦会議に加わっていたことにも驚いたが、マナがエリカのことを気にしていたことにも驚いた。ほんの少し前に出会った少女のことを、ケンはあまり気にしていなかったことに、多少の恥ずかしさを感じていた。
「私はネイチャー・キャッスルの異常事態の原因を突き止め、以前の状態にすることです。元々そのつもりでいたのですが、事態は悪くなっている気がします。ユウは今も行方不明、それにCヨシの姿も見当たりません」
「ヨシもいないのかね?」
「はい」
王様の顔が曇ったことで、ケンとマナにも不安が押し寄せてきた。時間が経つにつれ、仲間が一人ずつ減ってきている。もちろん、はぐれただけで、再会する可能性はあるが、この奇妙な世界の中で、果たしてその可能性はどのくらいなのだろうか。一人で孤独と戦いながら、自分たちを探しているのだろうか。いやもしかすると、二人は元の世界に戻っていて、行方不明になっているのは僕とマナなのではないだろうか、そんなことをいろいろ考えているうちに不安が増してきた。王様は大げさなくらい目を大きく開け、口に笑みを浮かべて言った。
「さあ、みんな辛気臭い顔はやめて、顔をあげよう。いいか、どんな状況にも、必ず元となる原因がある。その原因を突き止めなければ、本当に解決をしたとは言わないのだ。ネイチャー・キャッスルが一夜にしてこの状況になったのではない。そして君たちの友達が迷いこんだのも同じだ。この状況になるまでに、表面には現れなかった、根の部分が必ずある。そこを突き止めようではないか。この状況は起きるべくして起きている。きっと何かがあるはずだ」
「待ってください、そんな漠然としたことで解決ができるとは思えません。今、こうしている間にも、レイとリュウを助けに動いた方が早いと思うのですが。ヨシやユウはこの世界の人だから、居場所がわからなくても何とかなると思うのですが、二人は知り合いもいなければ、どこに何があるかもわからないのです。特にレイは幽霊のような、奇妙な物体に連れて行かれたのです。今頃、仲間にされているかもしれない・・・」
ケンは自分でも驚く程、はっきりとした口調で反論した。普段なら自分より年配の人に、面と向かって異を唱えることはしてこなかったが、今回は事情が違う。大切な友達がかかっているのだ。
「ケンの気持ちはよくわかるけど、状況はみんな同じでしょ?私たちはレイとリュウを、王様とアンはヨシとユウ、そしてエリカはお母さんとお父さんを探している。もしかしたら、ここにいない誰かも誰かを探しているかもしれない。それなら。皆一緒に解決したほうが、懸命だと思うな」
マナの言葉に、ケンは黙るしかなかった。自分一人が身勝手なことを言ったようで、恥ずかしい思いと、二人への思いを封じ込めなければならない辛さを押さえ込むことで精一杯だったのだ。王様はそんなケンの肩に優しく手を置いた。
「ケン、君の熱い思いはとても大切だよ。皆は普段、感情を押し殺して生きている。それをよしとしているが、感情ほど大きなエネルギーはない。エネルギーがなければ、どんなに素晴らしい作戦も成功はしない。君のそのエネルギーをぜひネイチャー・キャッスルで役立てて欲しい。我々は君たちが生きていく上で、最も大切な心のケアを提供してきた。一人一人が自分らしく、エネルギッシュに生きていくエネルギーを送り続けてきたのだ。それがここ何十年の間で、急速に濁ってきた。
バランサーの氾濫はそのためだと思う。何年も前から、湖の底は濁り、波が荒くなり、エネルギーの上下が激しい。ここ何ヶ月かは落ち着いていたのだが、今思えば君たちの友達が行方不明になり始めた頃だ。もしかするとエネルギーレベルではなく、君たち自身に何かが起こっているのではないだろうか、そう思ってユウを派遣したのだが、行方不明になってしまった。そして今度は君たちの友達どころか、我々の世界の住人までもが、消え始めた。事態は大変なところまで来ているのかもしれない。ここを根本から解決しなければ、近い将来、もっとひどいことが起こるかもしれない。君たちを巻き込むことになり、大変申し訳ないのだが、力を貸してほしい」
王様はそう言った頭を下げた。ケンもマナも、そしてアンも大きく頷き、右手を差し出した。4人の手が合わさった瞬間、メモリの光がさらに眩しくなり、洞窟の会議スペースが、結婚式の広間のような輝きで溢れた。人が協力し合った瞬間のエネルギーレベルの大幅な上昇を、目と肌で体験した瞬間だった。




