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青い王様の正体

足を踏み入れた先は、青色の空間だった。背後に描かれていた青色のステンドグラスの壁が、絵の中に入ったことをタツに認識させた。空間といっても、家具も調度品も何もない。冷たい空気が漂い、薄暗い中にもメモリが照らしてくれるので、皆の顔はよく見える。メモリも最初よりは角が取れ、丸くなってきたということは、少しは仲良くなれたのだろうか。広い空間の先に出口らしき道が見えるが、どこへつながっているかなど、ケンにわかるはずもない。

「間一髪、といったところか」

 青色の王様が濡れた足元を気にしながら、床に腰掛けた。王様の足元は濡れているが、この空間に水がないってきていない。一体どこで水をせき止めているのだろうか、と不思議に思った。

「本当に王様なのですか?」

 アンは尋問するような言い方で近づいたが、その表情はどこか柔らかだった。

「どういうことかな?」

「王様の姿ということはわかりますが、その声には聞き覚えがあります」

 アンの言葉にはケンも同感だった。初めて声を来た時から、どこか懐かしいものを感じていたのだ。

「もしかして、じいじ?」

 マナが会話に入ってきた。

「じいじだって?」

 ケンは無意識に反応したが、改めて聞き直すとよく似ている。そうこの低くて太い声は、湖にいたじいじだ。アンとタツ、そしてマナに見つめられた王様は、それまで保っていた無表情を不意に崩して、大きな笑い声をあげた。

「お前たち、よくわかったね。見たままの姿に惑わされないのは、大したものだ」

「ということはやっぱりじいじなのですか?」

 ケンの問いかけに頷く王様の横で、どこか澄ましたように蜷局をまいたチロの姿があった。

「これは一体、どういうことですか?」

 アンが真剣な顔で詰め寄ると、王様はひときわ大きな作り笑顔と深呼吸の後で、話し始めた。

「残念ながら、ワシはじいじではない。ヤツは今頃、湖のボートの上だろう」

「でもさっき、よくわかったなと言ったではないですか」

 ケンは半ば混乱しながら言った。では今話しているのは誰なのだろう。誰といっても、王様の姿ではあるが、彼は絵の中の人物だ。

「どう話したら伝わるだろう。ああチロ、お前が言葉を話せればいいのだが」

 王様はチロに視線を向けたが、彼は知らぬ様子で別の方向を見ている。沈黙が続く中、遠くから何やら足音が聞こえてきた。ステンドグラスに囲まれたこの空間にドアはない。この足音がどこに向かうのかを一同が耳を傾けていると、近くで音が止まり、王様が現れた。王様といっても絵ではなく、ネイチャー・キャッスルの現王様だ。王様という姿とは程遠い、麦わら帽子を被った、普通の痩せたおじさんだった。

「王様!」

 図ったように皆の声が揃い、合唱のような音が世界空間に響いた。

「ここからはワシが説明しよう」

 王様の威厳のある一言で、王様がどこから来たのかを尋ねる雰囲気ではなくなり、一同は話を聞くべく、床に腰をつけた。ケンの横には足の濡れた絵の王様も腰掛けていた。王様の姿のまま床に座り込む庶民的な雰囲気の絵の王様に、親近感を感じていた。


「ミノという人物を知っているかね。ネイチャー・キャッスルで意識の管理をするものなら誰でも知っている名前だ。君たちもアンから話を聞いていると思うが、不慮の事故で亡くなってしまった使用人だ。ネイチャー・キャッスルでは亡くなる直前に意識を取り出し、しばらくの間は城の中で管理され、後に専用の施設で厳重に管理される。しかし彼の奥さんが、ミノに異常な執着心を残したままだったので、我々は、直ぐにミノを別の場所に移したのだ。その後、彼の奥さんも姿を消し、しばらくの間は忘れられていたが、攻撃性をもって再び我々の前に現れた。その時には体と意識は完全に分離されており、体なしでも自由に行動し、我々を攻撃するようになってきた。彼女の目的はミノであることは分かっていたので、我々はミノを奥深くに隠さなければならなくなってきたのだ。途中経過は省くが、この絵の中に入っているのが、まさにミノだ。我々は彼をこの絵の中に隠したが、時々場所を変更する必要があった。彼の奥さんがどこにいて、またどのように仲間を集めているかが、全くわからないからだ。そこで時々、じいじの中へ隠した。ミノがじいじと一緒にいるときは、ミノの声で話すため、二人を混同しても不思議はないということだ」

「ちょっと待ってください。ということはこの青い絵の王様はミノいうことなのですか。絵の中に隠すのはいいとして、じいじの中に隠すとはどういうことですか?そんなことが許されるのですか?」

 アンは自分の住んでいる世界で、そんなことができるのか不思議そうだった。ケンとマナは全てが不思議なことなので、一つ一つ反応する気にもならなかったが、王様は穏やかな顔でアンを見つめた後、青の王様に目をやると、彼もまた穏やかな顔で応えた。二人の王様はまるで長年の友人のような雰囲気だった。

「体の中に隠すのではない、正確に言えばこの中に入ってもらうのだ」

 王様は先に入れ物の付いたペンダントを取り出した。岩のような素材の入れ物は、触ると柔らかくて温かく、小さな生き物のような感じがした。

「これはビッキーの部屋にある入れ物に似ていますね」

「そうだよ、アン。ミノがここにいる時には、ワシとじいじにしか付けることのできないペンダントなのだ。ミノが入ったままで誰か別の者が付けたりすると、意識を扱うものであれば、誰が中に入っているかがわかってしまう。それだと危険だろ?ワシとじいじがこれを付けると、ミノは我々の意識の中へ隠れることができるのだよ」

「意識の中に隠れる?どういうことです?」

「つまり、とミノの意識が我々の意識と一緒になることができる。そうすればミノの意識を隠すことができるのだ」

「そんなことできるはずがありません。他者の意識が入ってくるなんて」

「だから我々は訓練したのだ。信じられないかもしれないが、君たちだって性質の異なる意識が頭の中でぶつかることはあるだろう?例えば天使のような自分と、悪魔のような自分。そしてどちらの自分で行くかを、その時々で判断しているはずだ。我々はミノの意識を入れつつも、自分の意識も失うことはない。それには訓練が必要だった。ここにいる誰もが訓練すればできるし、成長の過程で無意識に行っているはずだ。ワシとじいじは必要に駆られて、小さな頃から訓練を受けたに過ぎない」

 アンも彼の意識がじいじの中にいたことは知らなかったようだ。この話が王様しか知らないとするなら、間違いなくトップシークレットだ。そんな話を部外者の自分たちに話してもいいのだろうかと、ケンは思った。同じことをアンも感じていたようで、王様に詰め寄った。

「なぜ今になって、そんな大切なことを話すのですか?」

「もうそろそろ隠しきれなくなりそうなのでな。君たちも外が水浸しなのは知っているだろう?極端な水の増減は、明らかにネイチャー・キャッスルと君たちの世界のバランスがおかしくなっていることを示している。君たちの世界にも何かしらの異常が起きているし、こちらにも起きている。それが何かはわからないが、ミノの奥さんのフジが関わっていることは間違いない。じいじも今頃、チロを総同心して湖の調査をしている。君たちの世界に行ったユウは今も見つからないし、ヨシも行方不明になっている。長年、この世界を漂っているフジがどのような力をつけているのかはわからないが、仲間を集めて何かを企てているに違いない。そしてその計画の中には必ずミノを奪うことが入っているはずだ」

 ケンだけではなくアンも、そしてマナも驚いていた。確かマナとアンと呼びに城へ戻ったはずだが、それ以来ヨシの姿を見ていないが、彼もまた行方不明になっているとは。

「君たちも人数が減っているようだが」

 レイとリュウのことだ。今まで目の前のことに対応することで精一杯だったが、二人の行方は一向にわからないままだ。

「ユウを探すために来てもらったのに、あなたたちの仲間までいなくなってしまったなんて」

 アンが申し訳なさそうに言った。ケンとマナは目を合わせたが、どちらも何も話さなかった。トンネルに向かっリリュウ、亡霊に連れ去られたレイ。二人共今頃、どこで何をしているのだろう。そう考えると、いてもたってもいられなかったが、どこへ向かえばいいのかもわからない。ヒロを探すどころか、二人が行方不明になり、マナも危うく水に飲み込まれるところだった。いくら考えても何も思い浮かばない一方で、無力感だけが増えていく。

「さあ場所を変えて作戦会議だ。みんなの仲間を探す作戦を立てよう」

 空気を変えようとしたのか、場違いなほど大きな声で王様はそう言うと、柱についてあったボタンを押した。ガタンと空間が揺れ、上へと動き始めた。あまりに突然の出来事だったので、思わず大声が出てしまったが、女の子達もケンに負けないくらいの大声だったので、安心した。急激な動きのために、心だけでなく体のバランスも失い、行き先も分からず、ただ流れに身を任せるしかないこの状況は、突然この世界にきて仲間を失い、どうしたらいいかわからない自分そのものだと心の奥底で感じていた。女の子たちの叫び声は、驚きというよりはアトラクションに乗っときの興奮したように聞こえ、自分とのギャップを感じつつ、頼もしくも感じていた。

 床は上へと上がっていた。今までいた空間はエレベーターだったようだ。地下から出た筈だが、いつまでたっても外の景色は見えない。感覚だけで動きを感じていると「チン」という音と共に、動きが止まり、壁が開いた先は見覚えのある洞窟だった。


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