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トンネル脱出

「これは、これは。こんなところに王の使者がいるとは」

 しわがれた男の声だった。それに王の使者とはチロのことだろうか。マントの人物とチロは向かい合って立ち、しばらくの間見つめ合っていた。その緊迫した空気に、ケンは唾を飲み込む音にすら、気を使わなければならないほどだった。

 どう見ても一触即発の空気に、何食わぬ顔で出ていこうか、それとも何か物音を立てて、二人の気をそらそうか、そんなことを考えていたら、ヒュッという風を切る音がした。マントの人物がチロを目掛けて杖を振りかざしたのだ。同時にチロはひらりと身を交わし、杖を避けた。この音が戦闘の開始音となり、辺に風を切る音や足音、そしてチロが岩に当たる鈍い音が聞こえた。

 なぜお互いに戦っているのかはわからないが、体の大きさと、武器がない点で、チロが圧倒的に不利なのは見て取れた。チロが危険なことは分かっていても、どうしたらいいのか分からずに、時間が過ぎてゆく。辺りを見回しても、武器になるようなものは何もない。しかし、このままだとチロがやられてしまうう。


 予感通りマントの人物の杖が当たり、チロは岩に打ち付けられた。かなりの衝撃だったのだろう、腹を裏にして細かく動いて、弱っている。マントの人物は近づき、チロの腹に杖の先を押し付けた。

「こんなところで懐かしい人に会えるとは思わなかった。お前たちのせいで私がどれほど苦しんだことか」 

 チロは頭をあげ、長い舌を伸ばし、見つめたままだ。このままではチロがやられてしまう。ケンはエリカが遊んでいたヘルメットを手に持ち、マント目掛けて思い切り投げた。ヘルメットは、危機を察知したマントの人物の杖で打ち返され、地面に転がったが、チロはその隙に、穴部へと隠れこんだ。    

 振り返ったマントの人物は冷たい目でケンを見た。その鋭い目には見覚えがあった。目元のシワと少々細い目・・・、先ほどの老婆によく似ている。もし老婆ならなぜチロを攻撃するのか。つい先ほど、あんなに丁寧に接してくれていたのに。ケンは考えがまとまらず、エリカの手を握り締めながら、ただマントの人物を見つめていた。

 マントの人物は杖の先をケンに向けて足を一歩踏み出した。今度は自分がやられるのかと思いながらも、目を逸らすことができずにいたが、ふとその足が止まった。マントの人物が左右上下に顔を動かし始めたので、ケンも視線の先を合わせると、岩だったはずの洞窟が、鏡張りに変わっていた。マントの人物の周りは、鏡が乱反射して、何人のもの自分が見えているようだ。


 気がつくとチロがいつの間にか足元に戻っており、マントの人物をじっと見つめている。いつ彼が攻撃してくるのではないかと視線をそらせずにいたが、どうも様子がおかしい。マントの人物は鬼のような形相でこちらをみているが、一向に進む気配がない、それどころか何かに怯えているようで、鏡に映った自分の姿を確認しては、こちらを睨んでいる。

 しかし次第に、動揺が見て取れるようになり、攻撃の気配は消えた。ケンは安心しつつも、その様子の不思議さを観察していた。マントで顔を隠してちらりと鏡を見ては、反射的に目をそらし、怯えている。しばらく体を抱えて震えると、気を取り直したようにまた顔を出すが、やはり直ぐにマントの中に隠れてしまう。方向を変えてみても、同じことだった。

 心なしか、彼の姿が小さくなるような気がした。目の錯覚かと見ていると、足元にいたチロがトントンと合図をし、先へと促した。

「あの人置いていくの?」

 エリカが透明な女性を指さした。名無しの女性はマントの人物が現れたとき、とっさに隠れて、またマントの人物もチロに気を取られたため、一人取り残されてしまった。エリカはヘルメットを拾うと、女性にかぶせた。女性の体はすっぽりとヘルメットの中に入り、エリカはそれをお腹に当て、逃げないようにしている。ケンたちが虫を捕まえた時のような仕草だ。一体どうなっているのかはわからなかったが、全てがわからないことだらけなので、どう対応していいのかもわからない。それよりもマナの元へ向かわなければとキョロキョロしていると、チロが宙に浮かびながら尻尾を上下に揺らし、何かの合図をしている。

「捕まれってことか?」

 左手で尻尾を掴むと、ざらりとした皮の感触と手の汗の生ぬるさが相まって不快だったが、次第に棒のように硬くなっていくチロの体とともに不快さは抜けていった。ケンの右手がエリカの手を掴んだのを確認したチロは、さらに体を固くしたまま浮いた。

「どこへいくの?」

 ケンは手に力を入れ、エリカはヘルメットを抱えたまま、下を見ては喜んでいる。

「お前、飛べるならもっと早く飛んでくれよ」

 チロに声をかけたが、チロは聞こえているのか聞こえてないのか、静かに上を目指した。目指す先には天窓のように穴が空いており、光が差し込んでいた。久々の光に目を細めながら、出口はこんなところにあったのかと、エリカと目を合わせて喜んでいた。


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