ケンとの交信
それから数時間経っても、出口は見つからず、疲れ果てた二人に焦りの色が出始めた。もしこのまま誰にも見つけてもらえなかったらどうなるのだろう?もしかしたらユウも同じようにどこかに閉じ込められているのではないだろうか?岩で覆われたこの空間から脱出する方法はもはやなかった。
絶望的な面持ちで古ぼけた椅子に向い合わせに座り、天井を見上げると、例の絵が見える。かなり高い天井まで律儀に照らメモリのおかげで、女の人の微笑みが若干の好奇心を含んだようにも見え、不快だった。
その時だった、マナの耳に聞きなれたケンの声が聞こえてきた。
「おーい、誰かいませんか?おーい」
「ケン?ケンなの?」
マナは立ち上がり、左右を見回し、大声で叫んだ。暗闇の中、光が差し込んだ希望と、聞き間違いではないかとの不安が入り混じる。
「マナか?どこにいる?」
「あなたこそ、どこにいるの?私は城よ、閉じ込められているの」
「僕は外だ。城からは遠いところにいる。なぜ僕の声が聞こえるんだ?なぜ閉じ込められている?」
「なぜかわからないけどあなたの声は聞こえている。アンも一緒に、城の図書館に閉じ込められているの。それにどこからか水が入ってきている」
この場所にいないと分かってはいるが、興奮した気持ちが体を動かし、ケンの姿を無意識に探す。
「ケン、助けてよ」
今まで緊張と不安で、一番言いたかったが言えなかった言葉が、口をついて出てきた。見知らぬ場所で、知り合ったばかりの人と困難に遭遇し、マナの緊張もピークに達していたので、幼い頃からの仲間の声を何よりも求めていたことを、自分自身の言葉で悟った。
「マナ、僕の声の出処を探してくれ」
マナはケンの声を探した。一体どこから聞こえるのか、スピーカーのようなものがあるのか、もしかしたら城の外というのはケンの勘違いで、近くにいるのか。
「マナ、あなたの近くから聞こえるわよ」
アンはマナに近づき、ボディチェックをしたが、特に目だった感触はなかった。しかしズボンのポケットに触れたときのカサッという音と、ケンの声の籠りが気になり、ポケットに手をいれると、出てきたのはキャンディの包み紙とタクシー運転手にもらった名刺だった。振動で震える紙からはケンの声が聞こえてくる、これだ。
「見つけたわ、キャンディの紙よ」
マナの声は、長年探していた遺跡を発見したかのような興奮を伴った、叫び声にも近いものだった。
「キャンディの紙?とにかく城へ行く」
少しクリアになったケンの声が、包み紙を震わせながら伝わってくる。マナはアンにしか聞こえないような声で、囁くように言った。
「いいけど気をつけて。私たちが閉じ込められたということは、あなたも狙われている可能性があるから」
「わかった、近くに着いたら連絡する。まてよ、ということはこれを使えば、もしかするとレイとリュウにも連絡が取れるかもしれない」
「何?二人と一緒ではないの?」
「詳しく話している暇はないから、マナは二人に呼びかけてくれ」
「わかったわ、気をつけて。図書館は城の地下よ」
マナとアンは安堵した表情で、再び椅子に腰をかけた。自分たちの存在を誰かが気づいてくれた事は、大きな前進だった。しかしケンが無事にここまで来るまで油断はできなかった。もし誰かが自分たちを閉じ込めたのだとしたら、他の人にも危険が及ばないとは限らない。マナとアンは不確かな敵の存在を不気味に感じていた。
「この紙は研究所で作られたものよ。バランサーの中や、森の中にメッセージを届けるものを開発しているのだけれど、研究過程で失敗したり、使わなくなったりしたものを再利用したのね。この性能は不完全だから長くは続かない可能性がある。早くリュウとレイに呼びかけないと!」
アンは紙と名刺を観察しながら言った。彼女の言うことが本当だとしたら、ケンに万が一のことがあった場合、振り出しに戻ってしまう。
「レイ、リュウ!」
壊れたCDのように、包み紙に向かって何度も叫び続けるが、反応はない。早く、早く応答が欲しい。
マナは青色のチケットを見ながら、受け取った時の様子を想い出していた。確かマナとケンが青色、レイが赤、リュウが黄色だったような気がする。駅前のロータリーで小太りの運転手から受け取った時、確かこんなことを言っていた。
「本当は同じ色を一度に配ってはいけないのだが」
一体どういった意味だったのか。全員が同じ色を持っていたら、どうだったというのか。ともかくケンが無事なのはわかったが、リュウとレイはどこへ行ってしまったのか。とにかく今はケンが無事に図書館までたどり着くのを待つしかなかった。




