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地下の図書館

マナには2歳年上の姉がいる。年も近く、同性ということもあり、とても仲がいい。姉はマナとは違い、優等生タイプで学校からの評判もいい。だがまっすぐ過ぎる性格で、好き嫌いがはっきりしているので、父親とはよく衝突していた。

父親は厳しい人だったので、門限を破れば容赦なく手を出す。食事中も姉が無愛想だったり、父親の問いかけに無視したりすると、食器をひっくり返し、マナと母親がそれを止めるという役割だったので、普段から家の中の空気を読む術を持っていた。

そのためかマナは父親の期待に応え、いつも笑顔でいたために可愛がられた。食卓で会話がないと、自分から盛り上げ、誰かが話している間も、父親と姉の表情をみて備えていた。だからマナは人から嫌われたり、沈黙が続いたりするのが嫌いだ。話は楽しいからではなく、話が途切れた時に起こる『戦争』を回避するためなのだ。だから今も『調査』を演じている。目的が調査だから、結果なんてものはない。ただアンが納得するのを、味方として待っているのである。

「これ、おかしいわね」

 アンが蓋付の器持ち上げて言った。

「どこがおかしいの?」

 マナが触れたとき、どこか壊してしまったのだろうかと、内心ヒヤヒヤしながら、作り笑いで答えた。

「ひとつだけ蓋が空いているのよ」

「私は空かない蓋の方が気になったわ」

「マナ、この器に触れたの?」

「蓋に触れた程度よ、その割には動かないな、と思って・・・」

 アンがすごい形相でマナを見たので、慌てて取り繕った。相手の表情にいちいち動揺してしまうのは、いつもの癖だ。冷静を装いながら、アンの言葉を待った。

「王様は私たちにコレクションには触れないように、といつもうるさいの。触れたところで、どうってことないとは思うけれど、一応約束だから。マナ、調べたいことがあるので、図書館まで付き合ってくれる?」

「いいけど、王様は?」

「それよりも大変なことが起きている気がするのよ。変えることが大嫌いな王様が、規則を変えたり、蓋を開けたままにしたりするなんて、おかしいわ」

 アンが螺旋階段を降り始めたので、マナも後に続いた。規則を変えたり、蓋が開いたままにしたりするのがそんなに大事なことなのだろうか。そう思いつつも、図書館に行けるのは、楽しみでもあった。


 図書館は階段を降りた地下にあった。ドアを開けた瞬間に、冷えた空気とカビの匂いが混じり合って出迎えたことから、普段の出入りがほとんどないことを覗わせる。中に入ると同時にマナの耳の辺りで火の玉が姿を見せた。驚いたマナは火と距離を取ろうと左に体を動かせたが、火も付いてくる。右に避けても、前に避けても、火はマナの耳のそばから離れない。不思議と熱さは感じなかったので、思わず手で払いのけようとしたが、手は火をすり抜けるだけで、マナから離れない。そのお陰で、足元が明るくなるので、悪い存在ではないが、視界に入るたびに毎回驚いてしまう。

「これはメモリといって、普段は眠っているけれど、人を感知して勝手につくの。光が届かない場所で活躍しているのよ。こんにちはメモリ」

 アンがメモリに向かって息を吹きかけると、メモリは人がお辞儀をしたような形になって、また元の形に戻った。マナが動くと、その存在を感知するように次々と現れ、図書館はメモリでいっぱいになった。蛍光灯とは違った優しい光は、マナの心を落ち着かせてくれるものとなったが、何度見ても本に燃え移ってしまうのではないかと、ヒヤヒヤしてしまう。


 本来ならこの火の正体とか、なぜ熱くないのか、なぜ燃え広がらないのかを聞きたいところではあったが、平然としているアンの横で、またしても慣れている振りをしてしまうのであった。

 図書館の入り口近くには受付カウンターがあった。もちろん誰もおらず、古ぼけたカウンターには無造作に本が置かれおり、後ろの棚にはメモや鍵の束が並べられ、誰かを待っているようにも見える。マナが視線を向けると、メモリが現れ、照らしてくれる。指を差した方向にも現れるので、魔法使いの気分だ。マナはすっかりメモリが気に入り、いい相棒のように感じながら図書館を探検して回った。

 岩をくりぬいて造られたであろう図書館は、床、壁がむき出しの岩で出来ており、広大な空間だった。棚も岩を加工しているので、雰囲気ビッキーの研究室とよく似ており、空気は澄んで冷たい。メモリの存在は 冷たい空気を、体感的にも雰囲気的にも温めてくれる。

 天井だけは人為的な加工が施されており、赤ちゃんがのぞき込みながら微笑む絵が描かれている。傍らには母親らしき女性が並んで座っており、上から見守っていますよ、と言っているような優しい絵だ。額縁があるということは、本来なら壁に掛けられるべき絵なのだろうが、天井にかけられているとはどういうことだろうか。由緒あるアントワープ大聖堂とは程遠いこのさびれた図書館の天井になぜ絵が飾ってあるのか。あまりに不釣り合いな状況を感じながら見つめていると、赤ちゃんが今にも絵から出てきて、落ちてしまうのではないかという、変な心配をしなければならない程だった。


 一番奥には王様らしき人物の肖像画が飾ってある。王冠をかぶり、威厳のある顔をしているが、どこか不機嫌そうに、斜め向きでこちらを睨んでいるようにも見える。近くで見ると、手には花瓶を持っているが、花はなく、模様が描かれた青色の花瓶は、王様の古めかしい衣装とは対照的に、現代的だ。

「描かれる時にまで持っていたという事は、よほどのお気に入りか、大切なものだったのね」

 マナは独り言を言いながら、絵の中のヒロや隣町の少女を思い出した。もし彼らが本当に閉じ込められているとしたら、そこから出す方法がこの図書館に書いてないかと思い、調べることにした。


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