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ポケットの通信機

 とにかく何とかしたくて、ケンは暗闇を見渡した。見渡しても何も見えないと分かってはいたが、何かをせずにはいられなかった。下手に希望を抱いた分、それを失ったダメージは大きかったが、よくよく考えてみれば元に戻っただけの話だ。最初から自分は一人だったのだから、落ち込むことはない、次に誰か助けてくれる人を見つければいいのだ。

「おーい、誰かいませんか?」

 ケンは自分でも驚く程の大きな声で叫んでいた。まさに心の叫びとも言える、伸びのある、それでいて大きな声だ。一人叫ぶなんて、普段は恥かしくできないが、そうは言っていられず、どうせ誰もいないなら悪く思われることもない。

「おーい、誰かいませんか?」

 何度も叫んでいるうちに、どのように発声したらより気づいてもらえるかを考えるようになった。高くて変な声を出してみたり、メロディ調で歌ってみたり、他人になりすまして別人の声を出してみたり。

そうしているうちに落ち込んでいた気持ちはだんだんと消え、とにかくできることをやるのだという気持ちに変わってきた。なるほど、これがストレス解消もしくは気分転換というのだな、と一人納得していた。

「ケン?ケンなの?」

 どこからか声が聞こえる、マナの声だ。

「マナか?どこにいる?」

「あなたこそ、どこにいるの?私は城よ、閉じ込められているの」

「僕は外だ。城からは遠いところにいる。なぜ僕の声が聞こえるんだ?なぜ閉じ込められている?」

「なぜかわからないけどあなたの声は聞こえている。アンも一緒に城の一室に閉じ込められているの」

 門番に追い返されて城に戻ったあと、マナとアンに何かがあったようだ。マナの話によると怒ったアンは城に戻るとミキを呼び、特別な部屋には入れなかったことを伝えたが、彼女も何も知らないと答えた。そして調べ物をするために地下の図書館へ行き、本を探していた間にドアが閉しまり、出られなくなったというのだ。誰かに監視されているわけではないが、窓もないので出られない状態にあるという。

「ケン、助けてよ」

 マナの切実な声が聞こえる。しかしこの声はどこから聞こえるのだろう。ケンの声はアンにも聞こえているようなので、テレパシーという訳ではなさそうだ。

「マナ、僕の声の出処を探してくれ」

 ケンはそう言うと、また叫び始めた。

「もう少し小さな声でいいわよ」というマナの声に耳を貸さず、暗闇の中を叫び始めた。大声を出す快感と、マナに繋がった喜びで、ケンの声は一層大きくなった。狼の遠吠えのような自分の行動に、若干の照れを感じながら、湧き上がってくる声をただ外へ出していた。


 マナとアンは図書館の中を見回していた。不意に閉じ込められた絶望感の中で、ケンの叫び声はまさに希望の光だった。マナとアンは二手に別れてスピーカーのようなものを探したが、どうもしっくりこない。

「マナ、あなたの近くから聞こえるわよ」

 アンはマナに近づき、ボディチェックするように体を触ると、特に目だった感触はなかったが、ズボンのポケットに触れたとき、ケンの声が篭ったのが気になった。ポケットに手をいれると、出てきたのはキャンディの包み紙。振動で震える紙からはケンの声が聞こえてくる、これだ。

「見つけたわ、キャンディの紙よ」

「キャンディの紙?」

 ケンは咄嗟にポケットに手を入れた。一般に売られているものよりは、上質な紙を使っているな、とは思っていたが、これが通信機になるとは。

「とにかく城へ行く」

「いいけど気をつけて。私たちが閉じ込められたということは、あなたも狙われている可能性があるから」

「わかった、近くに着いたら連絡する。まてよ、ということはこれを使えば、もしかするとレイやリュウと連絡が取れるかもしれない」

「何?二人と一緒ではないの?」

「詳しく話している暇はないから、マナは二人に呼びかけてくれ」

「わかったわ、気をつけて。図書館は城の地下よ」

 ケンは包み紙をポケットに奥深くいれた。今まではゴミだと思ってぞんざいに扱っていたものが通信機器だと知り、とてつもなく重要な存在になった。仲間とのつながりを持てる唯一の手段が、キャンディの包み紙とは。この包み紙の存在は、ケンの心を大きく変えた。仲間に会えるかもしれないという期待値が、ケンの未来に希望を与えたのだ。


 空が徐々に明るくなってきた。まるで自分の心みたいだな、これなら誰に聞かずとも、城まではたどり着けるだろう、と改めて周囲を見回した。そばにあった小屋は消えていた。近くにあったはずの小屋も消え、誰もいなかった。振り返るとバランサーが波で小さく揺れている。その先に見覚えのある後ろ姿があった。じいじによく似た後ろ姿はあまりにも遠かったので、声をかけることはできないでいると、しばらくして消えた。あの暗闇での出来事は夢だったのだろうか。ケンは確認のため、ポケットの包み紙を確認すると、タクシー運転手にもらった黄色の名刺も出てきた。

「マナ、聞こえる?」

「聞こえるわよ。今レイに呼びかけているから、邪魔しないで」

 いつものマナの怒った声が聞けて、ケンはこみ上げてくる笑いを抑えることができなかった。口に手を当てて、笑いをこらえていたが、周囲を気にすることのないことを思い出し、大声で笑ったあと、城を目指した。



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