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小屋の人々

 空を見上げながら、ケンは離れ離れになった友のことを考えていた。ターボとヒロに一体、何が起こったのだろうか。何か悩んでいたのだろうか。それならば何か自分にできることはなかったのだろうか。

 リュウは今、どこにいるのだろう。『望む場所へ続くトンネル』へ向かったというが、どこなのだろうか。もう少し彼と話をしておけば、彼の行きたい場所がわかったのかもしれない。マナはアンと城へ向かったはずだが、今何をしているのだろう。アンと一緒で大丈夫なのだろうか。こんな不思議な世界では、常に一緒に行動しておくべきではなかったのではないだろうか。そして最も心配なのはレイ。あんな恐ろしい奴らに連れて行かれて、ひどい目にあっているのではないだろうか。そう考えただけで、身震いがする。

 しかしレイはなぜ逃げなかったのか。いくら自分が早足だったからといって、追いつけない速さではなかったはずだ。足を止めるなんて、自殺行為だということは頭のいいレイならわかるはずだ。レイが連れ去られる瞬間、何か言っていたような気がするが、ターボのお母さんなら何か聞こえていたかもしれない。それなのに自分は、ターボのお母さんの呼びかけに答えることもできずに、別れてしまった。もう少し、落ち着いて状況を聞けばよかった、後悔ばかりだ。そして一人になってしまった。さあこれからどうすればいい?


 ケンはひとまず立ち上がって、城を目指すことにした。レイと約束したから、とかマナに会うためなどという立派な理由ではない。単に他に行く場所がなかったからだ。とにかくこの孤独から脱することができれば、それでよかったのだ。

 城の周りはライトアップされているので、遠くからでも方向を間違えることはなかったが、どの道を通ればいいのかはわからない。道は灯りもないので、何が潜んでいるかもわからない。かといって明るくなるまで待つのも嫌だ。

 ケンはとりあえず視界を確保できそうな道を選んだ。城から届くわずかの明かりだけでは心もとなく、一歩を踏み出す毎に勇気がいる。それでも止まっているよりはいいだろうと思ってはいるものの、一歩進めば元の場所から離れてしまう。当たり前のことだが、今のケンには道を進む方が、元の場所に留まるよりも危険に思えてきた。

 進む先には城がある。しかしその道中が危険では、城にたどり着けない可能性がある。元の場所が目的地ではないが、もっと周囲が明るくなってからでもいいのではないか、もっと他に早くて安全な道があるのではないかと思えてきて、ケンは元の場所に戻った。そして明るくなるのを待っていたが、一向にその気配はない。


 段々いらいらしてきたので、やはり先へ進むことにした。先程と同じ道を行き、少し道が細かったり、足元に長い草が生えたりしていると危険を感じ、戻ってきた。時間が過ぎ、体力が減るのと並行して、やる気もなくなってきた。地面に寝転がり、空を見上げるが、黒いばかりで何も映らない。この暗闇に溶け込んでいるような気がしてきた。明るくならないのなら、明るくなるまで寝ていようと寝返りを打った先に、おぼろげに明かりが見えた。

 ケンは身を起こし、光の出処を探った。暗闇に漂う蛍のような光はだんだん強くなり、辺りの様子がうっすらと見える。光は道沿いの電話ボックスほどの小さな小屋から漏れていた。半分喜びながら、同時になぜ今まで気がつかなかったのだろうと、半分自分を責めながら近づいていった。まるで光に群がる昆虫のように。

 小屋にはケンと同じくらいの女の子が座っていた。小柄なショートカットのその子は、ケンを見ると、にっこり笑った。暗闇の中、誰かに会えた喜びを隠しながら声をかけた。

「こんばんは、城へ行く道を教えて欲しいのですが」

「こんばんは、私はナミ。城なら私も行こうと思っているのよ。一緒に行く?」

「それはよかった、ぜひ!」

 ケンは素晴らしいタイミングと出会いに感動した。やはり自分は見捨てられていないのだ、と喜び、城に着いた訳ではないが、もう着いたような気になってきた。自分よりも詳しい人がいるなら、着いていくだけで簡単にたどり着けると思ったからだ。

「私はこの辺りには詳しいの。お城には知り合いが何人もいるわ。だから私の言うとおりにすると、間違いないわ」

 ケンはナミを頼もしく思った。早速出発しようとしたが、ナミは用があるというので、帰ってくるまで待っていた。待っている間に気づいたいのだが、この道の先には同じような小屋が、ある一定の間隔で建てられていた。

 近くの一つを覗いてみると、こちらには威勢の良さそうなおじさんが座っている。

「お前、何をしている?」

「城へ行こうと思っています」

「それなら俺が連れて行ってやるよ」

「いえ、手前の小屋の人が連れて行ってくれるというので、待っているのです」

「ナミか?やめておけ。あいつは城の行き方なんて知らなおい。俺なら知っている、さあ行こう」

 おじさんは小屋を出て進もうとしたが、さすがにナミに断りもなく行くのは申し訳ないと思い、断った。

「何だよ、お前。城へ行きたいなら、城の行き方を知っていて、本当に行く奴を選ばないと、たどり着けないぞ。あのナミは強がっているけれど、城の行き方なんて知らないはずだ。なんだかんだ理由をつけて、お前を引き止める。ずっとあいつといたいなら、そうすればいいさ」

 おじさんはそう言うと、小屋へと戻っていった。ケンはおじさんの言うことを信じられず、ナミの小屋へと向かった。


 小屋へ戻るとナミが不機嫌そうな顔をして待っていた。ケンは勝手に出かけていたことを軽く誤って、城へ連れて行ってくれるように頼んだが、ナミの機嫌は治らない。お詫びに花を取ってきてくれ、一緒に行く友人を連れてくるなどと言い、なかなか出発しない。

 ケンは次第に不信感を覚える様になったが、孤独だった自分に一緒に行こうと誘ってくれた恩もあり、無下にするのも悪いと思い、しばらく付き合っていた。しかし一向に出発する気配もなく、時間だけが過ぎる。ナミは上機嫌で過去の自慢話などしながら、自分がいかにすごいかを語っていたが、この間にもレイがどうなっているのか、リュウが何をしているのかが気になり、おじさんの言葉を思い出した。

『城に行きたいなら、城への行き方を知っていて、実際に行く奴を選べ』。

 ナミは城への行き方も知らなく、行く気もないのではないだろうか。もしそうなら、これ以上ここへ居ることは、レイたちに会えなくなることだということに気がついた。

「僕は一人で行くよ」

 ナミは驚いた顔の後、優しい言葉をかけたり、時間を引き伸ばしたりしたが、ケンは勇気を持ってナミの小屋を後にした。後ろからは罵りの声と、城に行くまでの道は崩れていてもはやない、などの声が聞こえた。その声はまともに聴けば聴くほど、ケンの心を弱らせ、足取りを重くさせる。ケンはレイを思い浮かべ、おじさんの小屋へ向かって必死で走った。

「おう、やっぱり来たか」

「はい、おじさんの言う通りでした。お城まで連れて行ってください」

「いや、それは無理」

 おじさんはタバコをふかしながら、平然と言った。

「どうしてですか?一緒に行ってくれるといったではないですか」

「それはその時の話だよ。俺は今忙しい。他の誰かに頼みな」

 ケンは乱れた息がさらに乱れるのを感じた。やっとの思いでナミを振り切ってきたというのに、なぜこの人はこんなことを言うのだろう?ケンはおじさんの他に城の行き方を知っている人を知らないこと、友人が城にいるために早く行きたいことなどを訴えたが、おじさんは気にも留めない。ついにはお酒に手を伸ばし、楽しそうに歌を歌い始めたので、頭にきて叫んだ。

「いい加減にしてください!」

「おいおい、お前は何かを勘違いしている。俺はお前が来た時に、連れて行ってやるといった、断ったのはお前だ」

「その時はナミを待っていたから」

「それはお前の都合だろ。それを言うなら今俺は忙しい。チャンスは待ってはくれない。自分にとって大切なものなら、すぐに掴みと取れ。そうでないと、今のお前みたいに他人に振り回されて、何もできなくなる。まあ心配することはない、お前が行きたいなら、連れて行ってくれる奴にまた出会えるさ」

 おじさんはそういうと、小屋を出て、どこかへ行ってしまった。ケンは何も言い返すことができず、だんだん小さくなるおじさんの歌い声をただ聞くしかなかった。城へ行くチャンスも時間も無駄にしてしまった後悔が、だんだんと大きくなり、その場に立ち尽くしてしまった。

 無人になった小屋は電気が消え、辺りは暗闇に包まれた。まるで自分と同じだな、なんてギャグにもならない自虐だが、誰もいなくなった今、責める相手も見つからない。なるほど、孤独というものは誰かを罵ることもできないのだな、と深くため息をついた。


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