ヒロの異変
次の日、ケンは学校で他の3人に聞いた。
「誰か秘密基地に『消えたい』って書いた?」
「何だ、それ」
レイが不思議そうに言った。
「そんなもの書かないよ」
ヒロも言った。
「俺なら『消えたい』よりも『悪い奴を消す』と書くね」
リュウが鼻息荒く言った。
「『消えたい』ってどう言う意味だろうね」
ヒロがふとつぶやくと、リュウが横から首に手を絡め、「消してやろうか?」と冗談っぽく言った。「リュウ、やめろよ」
いつものやり取りにケンはどこか安心した。きっとどこかの誰かが、いたずらで書いたのだろう。ターボはきっと体調が悪くて、そのうちまた学校へ来るだろう。それに家にいるのだろうから、会いたければ訪ねればいい、そう自分を落ち着けた。
そしてその後、ターボは隣町へと引っ越した、と噂で聞いた。
それからはいつも通り、4人が秘密基地で遊ぶ日々が続いた。ある日、秘密基地に向かっていると、いつもの場所におじいさんがいた。初めて会った日から、ケンが秘密基地に向かう時は、いつも会うので、このあたりへ来るのが日課だということは本当のようだ。
「こんにちは」
おじいさんはいつものように、人のよさそうな笑顔で挨拶をした。今日は孫のミキという女の人も一緒で、ミキはケンよりは年上の、おじいさんとよく似てはいるが、どこか厳しそうな人だった。
「あなたたちね、おじいさんが楽しみにしている子供たちというのは」
ミキがじいさんの代わりにキャンディを配ると、ケンが代表していつものキャンディを受け取った。手に触れたミキの手はとても冷たかったが、それよりもキャンディの包み紙の絵柄に気を取られ、皆で絵柄の出来具合を競っていた。
ケンの絵柄は池に浮かぶボートのようで、あと3枚揃えば完成する。一番にそろったのはヒロで、彫刻の絵柄のようだった。ヒロはそれを大切に勉強机の上に飾っている、と自慢していたのだ。
家に帰るとトモが机に向かっていた。珍しく宿題でもしているのかと様子を見てみると、机の上に水の入ったグラスがあり、中にはビー玉が入っている。そこへ向かってトモは話しかけていた。
「中にお魚が入っているの。だから水につけてくださいって言っているの」
ケンはビー玉を覗き込んでみたが、透明なガラスの玉に七色の線が模様のように写っている。何の変哲もない、普通のビー玉だ。
「ただのビー玉だよ。でも七色っていうのは珍しいね」
ケンは少し気を使って言った。
「違うよ、お魚だよ。ほらここに目がついている」
トモはビー玉を見つめながら、嬉しそうに言った。ケンはグラスの中からビー玉を取り出して、観察しすると、確かに模様の先に黒い点が二つあり、目に見えなくもない。光の加減によっては動いているように見えるかもしれない。でもただのビー玉だ。ケンは黙ってビー玉を水の中へ戻した。
「ごめんね、お兄ちゃんが水から出しちゃって」
トモはビー玉に向かって、話しかけた。そういえば最近、お風呂の中にもビー玉を持ち込んで遊んでいる。ハマっているのだな、そう思いながら、勉強部屋をあとにした。
そういえば初めて秘密基地を見つけたとき、七色の魚がいたような気がした。その魚を追いかけた先にあの時は秘密基地を見つけたので、興奮してすっかり忘れていた。秘密基地のそばの池には、何が住んでいるのだろう、今度4人で釣りでもしてみたいな、ケンはそんなことを考えながら、眠りについた。
次の日はヒロが休んでいたので、釣りは明日にしようかと考えていると、リュウが言った。
「ヒロはズル休みだ」
「なぜズル休みとわかるの」
「今朝、ヒロを迎えに行ったら、ヒロの母さんの様子が変だった」
「どう変だと言うの」
「休みの理由を教えてくれない」
「じゃあズル休みだ」
「でも今日は俺に宿題を見せてくれる約束をしていたから、宿題だけでも代わりに持っていくってヒロの母さんに言ったのに、渡してもらえなかった」
「ヒロもやってないのでは」
「そんなことはない、あいつはとっくに終わっていると言っていた。しかも俺が呼んでも出て来なかった」
リュウは宿題を出せないからか、ヒロが休んだからか、もしくはその両方の理由からか、とても不機嫌そうだった。
次の日もヒロは学校に来なかったので、ケンとレイ、そしてリュウはヒロの家を訪ねると、ヒロのお母さんが疲れきった顔で出てきた。
「ああ、リュウくんたち。心配してくれてありがとう。ヒロはずっと寝ていて、起きないのよ」
お母さんはそう言って、3人を部屋へ案内した。階段を上った先にあるヒロの部屋は綺麗に掃除されており、窓からは光が差し込んでいる。机の上にはやり終えた宿題が広げられ、時間割もあり、学校へ行く準備もしていたようなので、起きさえすれば、すぐにでも学校へ行けそうだ。しかしあれほど自慢してい彫刻の絵柄はどこにも見当たらない。机のすぐ横ベッドにはヒロが横たわり、眠っている。
「ヒロ起きなさいリュウくんたちが来てくれているのよ」
お母さんはヒロの体を揺さぶったが、起きる様子はなかった。見ている方が心配になるほど強く揺さぶられたが、何の反応もない。死んだように眠る、とはこのことをいうのだろうが。
「何かあったのですか」
レイが尋ねると、お母さんは大きなため息をつきながら言った。
「何もないのよ。こうやって眠ってばかりでとにかく起きないのよ。これだけ眠っているものだから、夜に起きて何かしているのかといえば、そんなことはないのよ。もちろん、起きてきてご飯は食べるのよ。でもすぐにこうやって寝てしまうので、もうどうしたらいいのかわからないのよ。何日か前に、あまりに勉強をしないものだから叱ったの。怒りすぎたかな、と思って後悔をしているのよ。あの日から殆ど話をしていないから、何がどうしてこんなことになったか、わからないの」
お母さんは独り言のようにつぶやいていた。困った様子のお母さんにかける言葉も見つからず、また自分たちも事態が飲み込めず、3人は家を後にした。
「寝ていたね」
ケンがつぶやくと、リュウが怒ったように言った。
「おかしいぜ。俺たちが来ていても起きないなんて。あれは寝ているというか、何ていうか・・」
「そういえばヒロの奴、何日か前に元気がない日があったとリュウが言っていたね」
レイが思い出したように言うと、リュウが早口で答えた。
「そうだ。元気がなくて、俺の誘いも断って帰った日があった。お陰で早く家に帰ったから、俺も母さんにテストの点が悪いのを怒られたんだ。そのことをアイツに文句を言っても、全く気にしてなかった。それに俺たちのお揃いのキーホルダーも鞄についてなかったし。何か怒っているのかな」
ヒロと幼馴染のリュウは、特に気にしているようだった。




