意識の番人ビッキー
洞窟の奥に入口が見えた。案内人がいないと見落としてしまうような、小さな入口だ。大きな体のヨシはしゃがんで入らなければならないほどで、ケンたちも念のため屈みながら、中へと入った。
入った先は実験室のような部屋ではあったが、テーブルや棚など、全てが中の岩を利用していた。いわば『備え付け』だ。どのように作られたのだろか。腕のいい職人が作って持ってきたのか、彫刻家が岩を削って作ったのか、想像もできない。
薄暗い部屋の中には一人の小柄な男がいた。痩せこけて髪はボサボサ、髭は伸ばし放題、どう見ても大人のようだが、背はケンよりも少し高いくらいだった。蓋付の入れ物が並べられた棚の前に座り、その内の一つを丁寧に触れていた。時々匂いを嗅いでは、近くのビーズを入れ物に装飾を施していく。その姿は研究者か職人のようだった。
「ビッキー、お邪魔するよ」
ヨシが軽やかに声をかけたが、ビッキーと呼ばれた男は振り向くこともなく、返事をすることもなく、自分の世界に入り込んでいるようだ。時々、目の前にあるカップに手を伸ばし、ゆっくりと飲み込んでは、少し表情を和らげている。どうやら目の前のことにしか、興味がなさそうだ。
ヨシは仕方なく小さな声で説明を始めた。
「この棚に並べてあるのが、隔離した意識をいれたものだ。ビッキーはここの番人。彼は入れ物に触れただけで、中の状態がわかる」
「触れただけではない、見ただけでわかる」
突然ビッキーが呟いた。
「聞こえていたのか、ビッキー。ところで変わったことはなかった?」
「あなたたちが来たことくらいかな」
「相変わらずだね」
「何か用?」
「頼みがある、この子達と一緒にユウを探してほしい」
「ユウ?なぜ?」
「あちらの世界に行ったまま行方不明になった。生きていて、交信はできるが、場所がわからない。ユウ自身も自分のいる位置がわからないようだ」
「嫌だ、面倒くさい」
「頼むよ、ビッキー。留守の間は僕たちがここを管理するから」
ビッキーは迷惑そうな顔で、黙ったまま疑うような表情で、ケンとレイをジロジロと見た。感じ悪い奴だな、とケンは感じた。レイも同じように感じたらしく、バカにしたような口調で言った。
「この人を選んだ理由を教えてください。探せというならヨシ、あなたとでもいいと思うのですが」
「その通りだね、レイ。僕もそう思って、アンと一緒に探しに行ったのだよ。でも行っただけで、何もできなかった。そう、そこで君たちと出会ったのだ」
ヨシは自分で自分を慰めるように、小さな声で言った。小さな黒と白の犬。あれがアンとヨシだったのだ。
「結局、犬の姿では何もできなかった。とはいえ、このまま行った時には不審者と間違われ、何度も通報されそうになったからミキに頼んで、協力者を呼びかけるために君たちに声をかけてもらっていたのだ」
「それではこの人が行っても、同じことになるのではないですか?」
「いや、ビッキーは僕とは比べものにならないくらいの能力があるから、きっと探すはずだよ。彼は感度が良すぎるために、普段はこうやって外部との接点を極力、少なくしているのだ。そうでないと疲れてしまうからね」
気づくと薄暗かった部屋が、さらに暗くなっている気がした。気温も下がり、肌寒く、棚の入れ物が揺れている。地震か?と思うが、揺れているのは入れ物だけだ。
「ちょっと、静かにしてくれるかな」
ビッキーは大きな声で言うと、椅子から立ち上がり、入れ物を一つずつ、優しく丁寧に触れていった。すると入れ物は次第に静かになっていった。
「ああ、ごめんよ。普段会わない人が来ると、落ち着かないらしい。では簡単に話そう。ビッキー、どうかユウを探しに行って欲しい。その間は僕が責任をもって、彼らの様子を見るから」
「あんたに何ができるっていうんだ。普段から彼らのことは何も知らないじゃないか」
「確かにそうだ。ではこうしよう。一日だけ。彼らが眠りについている間で構わない。そのためにユウを連れて帰る入れ物を作ったらどうだろう。君は普段から、装飾が得意だ。その飾りの材料を調達してこようじゃないか。ありとあらゆる石を持ってくる。それで入れ物を作ってくれ、そこにユウを入れて帰ってきたらどうだろう」
ビッキーは小さく頷きながら、しばらく考えていた。表情は明らかに柔らかく、楽しんでいるようで、小さくこう言った。
「それもいいね」




