感情の持つ力
保管庫にはすでに別の門番が立っており、ヨシが責任者証を見せると、3人は難なく入ることができたた。入館証なしで入れたのなら、アンとマナが城に戻ることはなかったのにと思うと、アンの怒った顔が目に浮かんだが、二人は気にする様子もなかった。
洞窟の入口に立つと、中から冷たい風が吹いてきた。ヨシはそばにあった火を手に取り、先へと進んだ。暗い空間を照らすのは、彼の手にした火の他には、壁に描かれた絵のランプだった。絵ではあるが本当に光を放つので、絵の形をしたランプなのでは、と思うほどだ。
道中、火の玉のような光が浮かんでいるのが見えた。絵のランプのお陰で洞窟とは思えないほど明るいためか、目が慣れたのか、それほど驚きはしないが冷静に考えると奇妙な光景だ。目の前を流れる火の玉に、ケンは反射的に手を出した。不思議と熱さを感じることはなく、火は手のひらに座るように留まっていた。ふっと息を吹きかけると、風が当たったのか、火の形が揺らいでは元に戻り、ケンの周りをぐるぐると廻って、何処かへ行ってしまった。
「あれは感情の塊なのだよ。感情だから温度に差がある。熱いものもあれば、逆に冷たいものも。感情だから、ずっと同じところにいるわけではなく、現れては消えていく。君達も体験したことがあるだろう」
ヨシが優しい口調で続けた。
「本来なら感情は意識と一体化している。でもここにいる意識たちは、ワケありでね。彼らの意識は厳重に保管しているのだけれど、感情は自由に動いている。感情は時として、恐ろしいものにもなり、優しいものにもなるから」
ケンにはヨシの言っている意味がよく理解できなかったが、レイはそうでもないようだった。
「ということはここにいる火の形をした感情は、保管された意識のものということですね」
「そういうことだ、レイ。だから彼ら(意識)はある意味、平和な環境にいる。だが別の言い方をすれば、とても乾燥した状態、とも言える。なぜならば感情がないのだからね」
「それでも隔離していたほうが、メリットが多い、ということですか」
「そうだね、彼らはとてもナイーブだったり、他の人に執着されていたりしている。だから今は感情がない方が、問題解決にはいいのだよ」
「問題解決とは?」
「自分で自分を傷つけなくなったり、彼らを狙う何かがいなくなったりするまでは、ここで静かにしていた方が安全なのだよ」
「ではその何かをどうやって退治するのですか?」
「その役目をしていたのがいなくなったユウなのだ。彼は歪んだ意識を見つける能力がある。でも君たちの世界に行ったきり、行方不明になってしまった。まだユウが行方不明になったとは気づかれていないが、歪んだ意識に見つかるのも時間の問題だ。そうなると一斉に保管庫が襲われる可能性がある」
「そうなると、どうなるのですか」
「見当もつかないが、歪んだ意識が感情と一緒になった時、どんなことが起きるか想像してみてほしい。君たちの世界でも、狂った者が狂気の沙汰を起こすことを、歴史の授業で教わったことがあるだろう」
確かに歴史上、いろいろな事件があったことは勉強嫌いのケンにも理解は出来た。でもそれはあくまでも人間が行ったことだ。目に見えない何かに、一体何ができるというのだろうか。
そんな疑問を感じ取ったのだろうか、ヨシはさらにこう続けた。
「そもそも僕とユウが君たちの世界に出かけたのは、三つの疑問を確かめるためだったのだ。一つは誰かの意識に入り込む力を持った意識があるのではないかということ。二つは入りこんだだけでなく、出たあとも遠隔操作で他の意識を操る力を持っているのではないかということ。そして三つ目は、その力が君たちの世界にいる人にまで、影響が及んでいるのではないかということ。僕とユウの見解では、恐らくこの三点は当たっている。そうなると、ある考えを持った意識が、他の人に影響を及ぼし、その人が行動を起こす可能性が出てくる。意識は君たちが思っている以上に、伝染しやすい。君たちも自分で決めたつもりでも、実は誰かの意志の元に動いている、ということは普通にあるのだから」
「ということは誰かが誰かを操って、何か悪いことをする、ということですか?」
レイがとても完結にまとめてくれたので、ケンにも理解ができた。それがどれだけ大変なことかはわからなかったが、ヨシのいつになく真剣な顔と言い方から、もしかしたら大変なことが起きるのでは、と感じていた。その様子をみたヨシは、笑いながら言った。
「ほら、感情は伝染するだろ?今、とても怖い思いをしたはずだ。大丈夫、何とかなるさ」
ヨシが笑いながら言った途端に安心した。ヨシの笑いは感情が伝染するのを体験させてくれたのか、本当に大変だと感じていたのかは、分からなかった。




