ネイチャー・キャッスルの秘密
アンはテーブルへと案内をし、4人が一息ついたのを見計らうと、こう口にした。
「当初は『ホッピー』の状態がよくないから、ユウをあなたがたの世界に行かせ、調査をお願いしていたの。ところがユウと連絡が取れなくなり、ミキに様子を見に行ってもらっていたの。それでもユウの行方は依然として分からない。それなら誰かに協力をお願いして、探してもらおうと考えたの。ところがあなた方が心配しているヒロがこちらにいる。それどころか誰かが何人もこちらに送り込み、人の意識に入り込む術を教えている。これは我々の世界にとって大問題であると同時に、あなたがたの世界にとっても大変なことになる。その原因とヒロを何としても探さなければいけない」
アンは真剣な顔でさらに続けた。
「実は以前にも似たような出来事があったの。昔、といってもどれくらい前かはわからないのだけれど、あなた方の世界にある夫婦がいたの。その夫婦はとりわけ仲がいいわけではなかったのだけれど、穏やかに暮らしていた。そんなある日、旦那さんが事故で意識不明になり、とうとう亡くなってしまったの。旦那さんの意識もその事実が受け入れられずに、ネイチャー・キャッスルに来て、しばらくは穏やかに過ごしていたようなのだけれど、生きている奥様に異変が起きたの。もともと体の弱い奥様には、旦那様がいなくなったことが辛かったのか、意識がネイチャー・キャッスルへ来るようになった。彼女の意識は常に『他』にあったの。旦那様がいることで、自分の存在を認めていたようで、彼女の孤独は一向に癒えず、大きくなるばかり。旦那様の意識にまで入り込むようになった。だから私たちは旦那様の意識を、ネイチャー・キャッスルの中の特別な部屋に隔離したの」
「特別な部屋って、どんな部屋ですか?」
ケンは頭を整理しながら尋ねた。
「他の侵入を拒む特別な空間で、秘密の場所があるの。そこは私たちも近づけない特別な区域で、特別な能力を持つ者が管理をしているの。他を寄せ付けないから、旦那様には自力で意識をクリアにして、ここから消えてもらう必要がある。そうしないと奥様が旦那様を求めて、意識を超えた、邪悪な『念』になってしまうから」
アンは深いため息をついて、話を止めた。長い話なので、4人もすぐには理解できなかったが、レイが地図の裏側に絵を描き始めた。
時系列で二人がどうなったかをアンに確認をしながら付け加えたので、わかりやすくなった。ただし絵というよりは、落書きに近いお粗末な仕上がりだったので、3人は笑うのを我慢していた。真剣なレイに失礼と思ったからだ。頭はいいのに、絵は飛び抜けてヘタなのだが、本人は気づいていないし、誰も代わりに書けないので黙っていた。
「それからどうなったのですか」
レイの対応は新聞記者の取材のようだった。
「ここから実際にお見せしたほうがいいと思うので、付いてきて」
アンは4人をお城の裏にある施設へと案内した。城の裏は異様な雰囲気だった。表が朝だとすると、裏は真夜中、といった感じで、鬱蒼としげった森の中の小道を、黙って歩いた。小道の脇にはずらりと像が立っており、アンが言うには、ここにある像は意識の休憩スポットのようなもので、美術館にある像と違って崩れることはない。自分で象った像は、各々の意思で崩すことはできるが、ここにあるものは『作られた』像なので、形を変えることはできるが、壊すことはできないらしい。
よく見ると、かすかに像が動いている。風もないのに揺れる葉、不規則に起こる風。水たまりにだけ映るだれかの顔。腕にまとわりつく感触、これらは全て「意識」のせいだと分かっていても、どこか不気味なものを感じた。やはり目に見えない、話ができない、というのは幽霊に似たものがある。ケンは極力、平静を装っていたが、レイとマナも顔が強ばっていた。リュウだけがいつもと変わらぬ様子で、水たまりを踏んだり、葉っぱをちぎったりと、攻撃的に接していた。そんなリュウを少し羨ましく思っていた。




