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トモを連れて

「お前たち、どこへ行くんだ?」

 山へ登る途中、後ろから声が聞こえたので、振り返ると、近所のおじいさんが木の株に腰をかけていた。このおじいさんは学校帰りにいつも、この場所に座っている。

「秘密基地に行くの」

よほど嬉しかったのか、ケンの仲間に入れたことを誇りに思っているのか、トモが興奮して答えた。ケンは軽く頭を下げ、おじいさんを見つめた。

「秘密基地へ行くのか、それならばこれをどうぞ」

 おじいさんはしわがれた腕を差し出し、キャンディを二つ差し出した。「知らない人から物を受け取らないように、と教えられていたケンは「結構です」と言う前に、トモはキャンディを受け取っていた。

「ありがとう。僕キャンディが大好きなの。でもお母さんが歯に悪いって、食べさせてくれないの。これ見たことのないキャンディだね、僕初めて見るよ」

「それはよかった。ここに来るときはいつもあげるよ。それからこの包み紙はパズルになっていて、絵が完成すると、プレゼントがもらえるんだ」

「僕、集めるよ。だからまたちょうだいね」

トモは大喜びでキャンディーの包み紙を広げ、中身を口に入れた。


 包み紙はお城の一部なのか、尖った鉛筆状の建物が描かれていた。紙質も普段、口にするものよりも上質で、開いた時にはしわが消え、きれいなメモ用紙のようになっている。ポケットに突っ込むもの気が引けるほど、綺麗な絵と紙質なので、トモはカバンの中に入れておくことにした。


「そうだ、僕たちの他に男の子を見かけませんでしたか」

 ケンはとっさに言った。ターボがいる訳がないことはわかっていたが、秘密基地に向かう理由がとっさに口に出たのだ。

「さあ、知らないね。ワシも毎日ここへ来るけど、見かけたことはないね。ここで子供を見るのは、君たちが初めてじゃよ」

「そうですか」

 ケンは頭を下げると、トモを連れて先を進んだ。トモは口に入れたキャンディを味わい、はしゃいでいる。秘密基地に着くと、小走りで中へ入っていった。

「すごい。すごい。秘密基地だ」


 当然のことながら、中には誰もいない。トモと二人では少し広めに感じる小屋の中を、ケンはゆっくりと見回した。壁には様々な落書きがある。皆と来るたびに、今日の気持ちや将来の夢、クラスの噂話など、思い思いに赤いペンで書いていたのだ。なぜ赤かというと、学校の筆箱の中に必ず入っているものだから、というたわいもない理由だった。


 ケンはふと、ある落書きに目を止めた。隅に「消えたい」と小さな文字で書いてある。ケンの心臓はドクンと大きな音を立てた。これは誰が書いたのだろうか。いつも皆と騒いでいたので、全く気付かなかった。以前から書かれてあったものだろうか、いやそれにしてはインクが鮮明だ。赤いペンで書いてあるということは、学校帰りに誰かが書いたのだろう。でも夏休み前、最後に来たのは4人だった。その時に誰かが書いたのだろうか。それとも自分の知らない時に、誰かが来て書いたのだろうか。もしかしてターボが一人で来て、書いたのだろうか。

「ビー玉だ」

 トモの大きな声が聞こえた。いつの間にか外へ出ていたらしい。ケンも出てみると、トモの足元にはビー玉が転がっている。そして宝箱も。

「掘り起こしてはダメじゃないか」

 ケンは不機嫌そうにビー玉を集めながら言った。

「違うよ。ビー玉も箱も初めからここにあったんだよ。箱の中にはほら、キャンディも」

 トモは秘密基地で宝物を見つけ、喜んでいる。だがトモとは対照的に、ケンの気持ちには雲がかかっていた。


 間違いない、誰かがここに来ている。とはいえ、ここは自然の中。誰が来ても不思議ではないのだが、今までは誰も来ていなかった。いや、誰かが来た痕跡はなかった、と言った方が正しいのかもしれない。でも今日は、誰かが来たであろう証拠を見つけたのだ。

 ケンは宝箱を拾い上げた。トモが欲しいというので、ビー玉を一つだけ渡し、残りを集め、宝箱に入れた。そして元の場所に埋めようとしたとき、一枚の大きな紙が落ちているのに気付いた。上質な白紙の紙はキャンディーの包み紙と手触りがよく似ており、右上に小さな穴が開いている。何の変哲もない紙を、ケンはとっさに宝箱の中に入れて埋めた。

「帰るよ」

 声をかけると、トモは軽く抵抗をした後、ケンに従った。帰り道にはもうおじいさんの姿はなく、薄暗くなった森には夜が近づいていた。


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