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絵の中のヒロ

駅のロータリーの曲がり角にあるミラーには緑のタクシーが映っていた。ミラーに向かってチケットを振ると、ミラーが横揺れを始め、振り幅がだんだん大きくなった。タクシーが出てくるのはいつなのかと、そのタイムングを伺っていたら、タクシーが飛び出てきた。このタイミングがうまくつかめず、心臓に悪い。着地の衝撃で、寝ていた運転手が飛び起き、ドアを開けた。

「チケットは持っていますか」

 少しぶっきらぼうな問いかけにリュウがポケットからチケットを出すと、運転手はわざとらしい営業スマイルで受け取った。タクシーはいつもの方向へと向かった。4人は黙ったまま、外を眺めていた。前回も前々回も不思議な風景が楽しませてくれていたが、今回は何も映らない。どんよりした曇り空のような景色が延々と続いている。

「今回は賑やかな景色はないのですか」

 ケンが尋ねると、運転手は不機嫌そうに言った。

「これは心外ですね。私のサービスが悪いとおっしゃりたいのですか?たまにいるのですよね、ご自身の感情を無視して、こちらのせいにするお客様が。私はきちんと風景のサービスをしていますよ。もし見えないとおっしゃるなら、それはあなたがたの心の問題。見えてない、もしくは見ようとしていないのです。興味のあることが別にあって、見えないのでしょう。景色とはそこにあるものではなく、感じ取るものなのです」

 運転手はそう言ったきり、スピードを上げ、答えようとはしなかった。確かに心配事はあるが、そのせいで景色が変わるなんてことがあるのだろうか。もしそうなら、他に楽しいことを考えたら、別の景色が見えるのだろうか。


 ケンは試しにやってみた。ヒロと前のように遊び、笑う場面を。ターボが学校へ来て、静かだけれど、はにかみながらクラスメイトと話す場面を。ついでにレイと旅行して、美味しいものを食べる場面も。そうやってイメージしていると、心が軽くなったような気がして、深呼吸をした。ふと外を見ると、ほんの少し、空が明るくなるのを感じた。一筋の光が雲の間から差し込み、光が自分の力のような気がして、ケンはいつまでもその光を見ていた。


 ネイチャー・キャッスルに着いた4人は、前回と同じようにチケット売り場に行き、人数を告げた。ふわふわとチケットが舞っているようだが、チケットの奥にはうっすらと人の形が見える。

「ありがとうございます」

 ケンがお礼を言うと、透明の影も頭を下げたようだ。よく見ると女性のようだが、それ以上は何もいうことができず、その場を後にした。


 美術館ではリュウを先頭に歩いた。ヒロによく似たという像があった場所に向かったが、そのような像を見つけることはできなかった。

「なぜない?この前は確かにここにあったのに」

 リュウは大きな声で叫んだ。ケンも周囲を探してみたが、見当たらない。それだけでなく、前回と様子がまるで違うことに気づいた。

 像の配置が変わっているというよりは、全てが見たことのない像に変わっている。掛けてあった絵も、違うものに変わっているのだ。ここにある像は一体どこから来ているのだろうと疑問に思いながら、像を見渡していると、向こうからアンがやってきた。

「いらっしゃい、今度からは受付で私を呼んでね」

 笑顔で声をかけたアンに、リュウがきつい口調で言った。

「あんた、ヒロをどこへやった?」

「ヒロ?なんのことかしら?」

「とぼけるなよ、ここにあったヒロの像だよ」

 リュウの声が館内に響き、皆が静まり返っている時、マナはある絵に見入っていた。

「ねえ、これツバサに似てない?」

 マナが指差した先には、ある部屋に多くの絵が並べてあり、それを訪問者が驚きの表情で見ている絵だった。絵の中の絵に描かれている男の子がヒロにそっくりだったのだ。暗いタッチのその絵は、描かれたすべての人が嘆願するような顔でこちらを見ていた。


 すると突然、アンが怖い顔をして、持っていたステックで絵を突いた。すると途端にヒロの絵は可愛らしい赤ちゃんの絵に変わった。

「何をした?」

 リュウは驚いて絵に近寄ると、アンはいつになく真剣な顔で答えた。

「お友達は確かにここに居るようです。でも普通とは違うようです。こんな事ができるようになっているなんて・・」

 アンは黙ったまま、何かを考えていた。その表情は切迫し、ケンはただならない雰囲気を感じ取り、アンの言葉を待つしかなかった。


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