ヒロの願い
秘密基地のことだろうかとリュウは思った。しかし秘密基地は4人以外には、ターボとヒロしか知らないはずだ。困惑しているリュウを見て、ヨシは何かに気づいたようだ。
また木の葉が舞い降り、ヨシの体を覆った。葉の塊は徐々に小さくなったかと思うと、一斉に木に戻っていき、後に残されたのは小さな犬だった。秘密基地で会い、4人をタクシーに乗せたあの犬だ。
「思い出したかな?」
体は犬でも、愛嬌のある目はヨシの目だ。リュウは何か言いたそうだったが、黙っていたのでケンが聞いた。
「なぜそんな姿で、僕たちの前に現れたのですか?」
「君たちの世界のルールはよくわからないからね。この姿の方が、怪しまれなくて済む」
「ユウさんはどの辺にいるのですか?」
「それはわからないが、あの池からそう遠くないところにいるはずだ。今のところ、危険性はなさそうだが。それにお願いしておきながら、難点が一つ。ユウは僕のように姿を変えることができる。だからどんな姿でいるか、わからない」
「そんな人を探すなんて無理ですよ」
ケンが大声でいうと、ほかの3人も頷いた。姿のわからない人を探すなんて、雲を掴むような話だ。
「そうだよね、だから情報をくれるだけでいい。最近、君たちの近くで何か変わった事がないかを調べて欲しいのだ」
この状況がすでに変わっていることだとケンは思ったが、口にしなかった。この世界に来る前の変わったことは・・・。
「僕が迎えに行くまでに、何でもいいから調べて欲しい。ああそうだ、ここへ来たくなったら、緑のタクシーに乗るといい。その時はチケットを忘れないように。あの運転手、人はいいけど融通が利かないから」
ヨシはそう言って元の姿に戻ると、アンと共に去っていった。
目が覚めてから、ケンは部屋で一人、考えていた。「変わったこと」と言われても、ピンとこない。そもそも毎日、学校と友達のことでいっぱいなので、周囲のことなど観察したことはなかったのだ。この町で起こったことなら、母親の方が詳しいに違いない、そう思ったケンは台所へ行ってみると、ちょうど近所の人が来ていて、おしゃべりをしていた。ケンは軽く挨拶をして、それとなく話を聞いていた。
しかしまあ、次から次へと出てくるものだ。お隣さんの家のカーテンが変わった、誰々さんが車を買い換えた、近所のスーパーは最近、新しい商品を売るようになった、近所の奥さんたちは、どこかで働き出した、どこそこの病院はいいらしい、など。お母さんたちは情報の宝庫だと感心した。ふと、それならターボのことも聞いてみよう、と思った。
「ターボって最近どうしているのだろう。相変わらず学校には来ないけど」
近所のおばさんが答えた。
「あの子どうしたのかしらね。最近は夜中に出かけて、昼は寝ているらしいわよ。本当に子供がそんな状態なのに、お母さんは仕事をかえたらしいの。何でもお菓子工場で働いているそうで、朝早くに駅に向かっているのを見かけたって、うちの主人が言っていたわ」
ケンのお母さんは驚いた顔で頷きながら、聞いていた。おばさんは続けた。
「お隣さんのご主人、仕事に行ってないらしいわよ。なんでもウツだそうよ」
ケンはため息をついて家を出ると、公園に向かった。
お母さんたちの話はあまりに情報が多い。しかもほとんどはどうでもいい話なので嫌気がする。ヨシも人に頼らずに、あのおばさんに聞けばいいのに、と思いながら、ケンはレイに話しかけた。
「何だか不思議な話だったね。像が崩れたり、犬が人に変わったり」
「そうだね」
「信じろと言うほうが無理だよね。しかも顔もわからない人を探してほしいなんて」
「そうだね」
「お母さんに変わったことを聞いてみたけど、何もなかったよ」
「そうだね」
レイは明らかに考え事をしていたので、ケンは話しかけるのをやめ、レイを真似して、いろいろ考えてみた。
ヒロとターボは今日も学校に来なかった。二人のお母さんは、どういう気持ちなのだろう。子供が学校に行かないことは大事件に違いない。リュウにとってもヒロと遊べないことは、とても悲しいことに違いない。ということは、僕たちの中ではリュウが一番、変化を感じているのではないか。そんなことを考えているうちに、秘密基地に着いた。道中ではいつものように、じいさんが座っていて、キャンディをくれた。少し前なら怪しんでいたが、ネイチャー・キャッスルでの出来事に比べたら、キャンディをくれるという行為は、単純なものだ。
秘密基地の中で、レイは2枚の紙を取り出した。一枚はネイチャー・キャッスルで見た地図を若干、丁寧に書いたもの。そしてもう1枚は、こちらの世界で、人の意識が離れていく図とその原因。
「この2枚をつなげると、あの人たちの言っていたことになるね。真意は別として」
その図によると、意識は常に体と一体いうわけではなく、時々離れてネイチャー・キャッスルと呼ばれる場所に行くことがある。普通はすぐに戻るが、体がなくなった時や、体に戻りたくなくなった時には、その場所に留まる。体がなくなった場合には、納得した時に消えてゆく。その一つの場所が、あの美術館。体があっても戻れない意識は、何とかして体に戻すようにする、という訳だ。頭で理解できたところで、二人はため息をついた。
「僕たちにはどうすることもできない」
レイが強い口調で言うと、ケンもどこか安心した。
「忘れよう」
二人が持ってきたゲームで遊び始めてしばらくすると、リュウがやってきて、神妙な面持ちで黙ったまま2人の横に座った。ケンはゲームに誘ったが、リュウの反応は鈍かったが小さな声で言った。
「ヒロがあそこにいるかもしれない」
「あそこ?」
「あのへんな世界だよ」
「リュウ、どういうことか説明してよ」
リュウは大きく深呼吸すると、真剣な顔で話し始めた。珍しくヒロから電話がかかってきたので、急いでヒロの家に行くと、相変わらずベッドで寝ていたが、ふと起きて話したというのだ。
「リュウ、向こうで久々に会えてよかったよ。僕もこっちに戻りたい。でもどうしても戻れない。助けてほしい」
どんな意味かを尋ねたが、ヒロはまた眠ってしまい、起きなかった。ヒロのお母さんの話によると、最近は急に起きてはおかしなことをいうので、しばらく入院する予定だという。しかし、リュウにはヒロがおかしな事を言っているとは思えなかった。
「同じ目だったよ」
リュウが寂しそうに言った。
「同じ目だったのだよ、あの美術館にいた像と。俺が一人で奥にいたとき、ヒロそっくりの像があった。変な服を着ていたけれど、顔はヒロだった。でもそばにあった像がいきなり崩れたから、その時はそのまま場所を離れたけれど」
「そんな、バカな!」
ケンは声を荒げて、レイを見た。レイは何かを思い出しているようで黙っていたが、あの不思議な世界で起こっているのは、本当の事なのだろうか。ヒロの意識はネイチャー・キャッスルと呼ばれるところにあるということなのだろうか。
「その可能性はゼロではないかもよ」
いつから居たのか、マナが入ってきた。
「あの美術館に飾っていた絵に、ありえないものが描かれていたの。つい最近発売された限定のレア物バックよ。間違いないわ、ロゴがそっくりだもの。あんな昔っぽい宗教画に描かれる訳がないもの。それにね、その持ち主の子も、急に学校に来なくなったらしいの」
「俺はヒロの顔が忘れられない。あいつ『助けてくれ』って頼むのなんて、初めてだよ。誰も信じてくれなくて、もうすぐ病院に入れられてしまう。何とかならないか」
ケンはリュウの悲痛なまでの表情を初めて見た。年の離れた姉が2人いるトキにとって、ヒロは幼い頃から兄弟のように育ってきた。その彼を救いたいと思う気持ちは、当然、他の3人にも伝わった。
「助けるといっても、どうすればいい?」
ケンが問いかけたると、レイは言った。
「リュウの言いたいことはよくわかった。もう少し整理してみないか。ヒロがもしネイチャー・キャッスルにいるとするなら、バッグの持ち主も同じ可能性がある。それにターボは今、どうしているのだろう」
そう言われてケンは考えた。ターボとはあまり仲が良くなかったので、しばらくの間、気にも留めていなかった。ターボが誰かと一緒のところは見たことがなく、いわるゆ「いい子」だが、存在感がない。自己主張もなければ、誰かの標的になることもない。そんな彼だから、学校に来なくなっても今では、気にならなくなっていた。ケンはターユウに申し訳ない気分になり、自然と言葉がこぼれた。
「もう一度、行くしかないね」
3人は頷いた。




