アンとヨシ
自分たちの記憶が正しければ例の像はここにある、そう思った場所に像はなかった。代わりにあったのは、シート上にある大量の砂で、それを大きな男の人が4人がかりで運び出している最中だった。そして台座の横で、受付にいた女の人が何やら指示を出していた。女の人は4人を見ると、にこやかに微笑んだ。
「何をしているのですか」
ケンが思い切って聞いてみた。
「もうよくなったから、入れ物が必要なくなったのよ。だから運び出しているの」
「入れ物?ここに女の人の像があったと思うのですが」
4人は女の人の言っていることが理解できずにいた。言葉が出ない4人を前に、女の人は笑顔で話し始めた。
「ようこそ、ネイチャー・キャッスルにいらっしゃいました。私の名前はアン、この建物を管理しているの。驚かれるのも無理のないことよね、だってあなたたちは元気だもの」
元気と言われても、意味がわからない。アンは続けた。
「ここは意識の世界なの。普段、あなたがたの意識は自分の体の中にある。悲しいと思ったら涙が出るし、腹が立ったら文句を言ったりする。あなたがた自身の体を使ってね。でもそれをしない人がいるの。言いたいことがあるのに、表現しない。もしくはこんな顔は嫌だ、あの人のせいでうまくいかないとか。
そんな気持ちは、自分の体で解決ができないから、気持ちの行き場がなくなるの。そうすると意識は自分の体とうまくいかなくなって、出てきてしまうの。体自身が使えなくなった時もそう。抑えきれない気持ちを持ったまま、表現する体が使えなくなると、行き場所を探して彷徨う。そんな意識たちを受け入れている世界が『ネイチャー・キャッスル』なの。そして意識は自分のなりたいものになり、行きたいところに行き、充分味わったら、元の場所に帰るか、宇宙に帰るの。先ほどの像にも意識が入っていたのよ。リュウ、あなたが声をかけてくれたので、満足して消えたの。だから像も必要なくなって崩れたのよ」
「私が女の子と犬を触った時も同じなの?」
「そうよ、マナ。あなたが触れてくれたから、満足したのかもしれない」
そこへレイが割り込んだ。
「ここの役割と仕組みはさておき、どうして僕たちがここへ来ることができたんのですか?」
「その話を最初にする必要があったわね、大変失礼しました。外へ案内します」
アンは4人を別の建物へと案内した。
振り返ると多数の像が目に入ったが、中に誰かの意識があるならば、彼らは『人』なのだろうか、それとも意識なんてものは物体ではないから、やはりただの像なのか、ケンにはわからなかった。
美術館を出た彼らが向かったのは、入口近くの池だった。軽いものが沈み、重いものが沈まない、奇妙な池だ。
「ここが意識の出入口なの。気づいていないでしょうけど、あなたたちも時々、きているはずよ」
「俺は悩んだりしないぞ」
「そうね、リュウ。でも眠っているときは来ているわよ。夢で起こったことは大抵、ここで起こったことなの」
「じゃあ、夢の中にいるの?」
「そうよ、マナ。ここでは心に願ったことが、そのまま目の前に現れるの。ただし、ひとつだけ注意。他人のことを思わないこと。誰のことを考えても、それは自分のこととして表現されるから」
アンは池に淵にしゃがみこみ、4人もそれに続いた。二つの池のあいだに立っている大きな木が揺れている。風が吹いているわけでもないのに、葉が枝から離れ、宙を舞って、また枝に戻っていった。その姿は大きな人両手でボールを何個も操っているようにも見えた。
大きな池は水面がシャボン玉のように膨れては割れ、割れては」膨れていた。アンの話によると、水面が膨れるのは意識がやってきた時の現象らしい。池の下から出てくることはできるが、池からは中には入れない。小さな池は水面が揺れていた。揺れているのは意識が出て行く現象らしい。入口と出口に分かれているようだ。
「さて、あなたたちがここに来たのには理由があるの。私たちの仲間を探して欲しいの」
アンの話によると、ここを管理しているユウとい男が行方不明らしい。ユウはあちら(ケンがいる世界を)の世界へ出かけたきり、戻らなくなったというのだ。
「何をしに出かけたのですか」
ケンが聞くと、アンは答えにくそうにしていた。するとまたあの大きな木から、葉が舞った。先ほどと比べ物にならないくらいの量の葉が、池の周りに飛んできたと思ったら、アンの横に集まり、やがて人の形になり、人に変わった。葉から現れたのは、4人より少し年上の、優しそうな男の人だった。
「やっと会えたね、僕はヨシ」
ヨシは4人に近づき、握手を求めた。彼の笑顔にどこか懐かしさを感じ、彼らは自然と手を出していた。
「ヨシ!いるなら早く出てきてよ」
アンは怒ったように言ったが、ヨシは気にする様子もなく続けた。
「行方不明になったのは僕とアンの友人ユウ。彼はネイチャー・キャッスルのパトロールをしているのだけれど、最近、意識の出入りが滞っているとのことなのだ。ユウは意識と読んでいるけれど、僕はソウルと呼んでいる。その方がかっこいいと思わないか?それはさておき、入ってくるソウルと出て行くソウルに偏りができている。お陰で出入口の池の大きさまで変わってしまった」
「つまり、ソウルが増えすぎている、ということですか?」
「その通り!さすがレイ」
ヨシはレイともう一度握手をして、続けた。
「ユウはあちらの世界では何が起こっているのかを調べに行ったきり、戻ってこなくなったのだ。そこであちらの世界の君たちに、力を貸して欲しい」
「でも僕たちの世界にいるとは限らないのでないですか。それに探すと言われても、顔もわからない」
「そうだね、ケン。それがあちらの世界にいることは間違いないようなのだ。僕はユウのソウルを感じている。そして彼はあちらの世界に出て行った所で捕まってしまった、と言っているのだ。それに顔なら心配ない、僕と同じ顔だ。僕たちは双子だから」
ヨシはケンの手を掴んで、無理やり握手をした。
「一体、俺たちの世界のどこに行ったっていうのですか?」
「リュウ、君と初めて出会った場所だよ」
3人は一斉にトキを見た。思いがけない視線を浴びたリュウは慌てて反論した。
「おいおい、俺はお前なんて知らないよ。今初めて会ったばかりだ」
「覚えてないのかい?あの池の畔。小屋の近くだ」




