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消えた友人

 ある日の夕方、ケンは弟のトモと森を歩き、町外れの山奥にある秘密基地に向かっていた。そこは彼と4人の友人が集まる場所で、トモにも教えてはいなかった。

 トムからも幾度となく、連れて行って、と頼まれていたのだが、彼を連れて行くのはケンにとっては面倒でしかなかった。11歳の彼らにとって6歳のトモは、足手まといになることはあっても、一緒に楽しめる存在ではなかったからだ。しかし今回、そんなトムを連れて行くのは、別の目的があったからだ。


 2ヶ月程前の7月、ケンと4人の友人たちは一人のクラスメイトを秘密基地に連れて行った。彼の名はターボ。真面目で礼儀正しい少年だ。常に仲間と群れるわけではないが、遊びに誘うと、はにかんで「俺も行くよ」と答えた。でも大抵は待ち合わせ場所に来なかった。次の日に理由を聞くと、決まって「ちょっと用事が出来て」と答えるのだった。そんな弱気の彼をターボエンジンのように、もっと勢いよく遊ぼう、という激励の意味を込めて「ターボ」と呼んでいた。

 

 だがその日、ターボは「俺も行くよ」と付いてきたので、ケンたちは学校から直接、秘密基地に向かった。道中ターボはとても楽しそうだった。それから数日経つと、夏休みを迎え、ケンたちはターボに会うことはなくなった。それは大多数の同級生も同じなので、特に気にすることもなく、いつもの4人と楽しい夏休みを過ごしていた。


 そして夏休みが終わり、学校が始まったがターボは姿を見せなかった。最初の一週間はクラスメイトの誰も気にすることはなかったが、10日、二週間と続くうちに、ターボに何かあったのではないか、と話題に登るようになった。行方不明だとか、家に引きこもっている、事件に巻き込まれた、など様々な噂が広がった。先生たちは口を濁し、明確な返答を避けた。


 ターボと最後に会ったのは、あの秘密基地だった。そこにいるはずもないことはわかっていたが、あの日の異常なまでの楽しそうなターボの姿がまだそこに残っているような気がしたのだ。そんな理由から、他の4人には声をかけることができず、代わりにトモを連れて行くことにした。


 秘密基地は学校の裏山にあった。森を通り抜け、林の中を通っていく。この場所を見つけたのは偶然だった。4人の中の一人、ケンの親友レイと探検に来ていたとき、小さな川を見つけたのだ。川といっても、雨が強く降ったためにでき、太陽が昇るとすぐになくなってしまうような水溜りのような川だった。

 その川に一匹の魚が泳いでいた。5センチ程の小さな魚だが、全身が透き通っていた。骨は光の加減だろうか、七色に見え、水の流れとは逆の森を目指していた。流れに逆らっての泳ぎはとてもゆっくりで、ケンとレイはその様子をじっくりと観察できた。

「珍しい魚だね」

 レイが言った。

「捕まえようか」

 ケンは水の中に手を入れた。その瞬間、魚は飛び跳ねて、二人の視界から消えた。消えたというよりは、消えたように見えた、の方が正しいのかもしれない。なぜなら魚が消えるなんてことは有り得ないから。透明な魚は、消えたように見え、どこかを泳いでいるのだろう。ケンは慌てて言った。

「骨は虹色だったよね」

 レイは頷いて水の流れてくる方向を見た後、二人は川を注意深く見ながら、進んでいった。

 道沿いではなく、川に沿って歩くものだから、足場は悪く、生い茂った草木で擦り傷ができた。先日降った雨に濡れた草が足に当たり、冷たさを感じた。魚を探すという目的がなければ、決してこんなところには来なかっただろう。


 高原の広がるこの地域で、山や森など興味を引くものではない。そこで見つけた珍しい魚は、ありふれた日常を一瞬にして変えるほどの力を持っていた。捕まえて観察したい、その気持ちでいっぱいだった。二人は目を凝らして魚を探したが、見つけることはできず、川は小さな池へつながり、終わった。

 残念そうな彼らの目に映ったのは、池の向こう岸にある小さな小屋だった。彼らの表情は一変した。

「小屋だ」

 ケンが指差した。

「行ってみようぜ」

 レイは言った。

 池の半周は山肌に接していたので、向こうへ行くにはもう半周に沿った森を抜けねばならなかった。もしも足を滑らせたら、落ちてしまうような山道だったが、彼らには問題なかった。興味の対象は一瞬にして魚から小屋へと移ったのだ。

 池はそう大きくはなかったので、簡単に向こう岸に着いた。来る途中に何本も草を踏み潰したせいで、ズボンが汚れ、手には擦り傷が付いたが、彼らにとっては宝物を発見した勲章のようにも感じられたのだ。

 もしかしたら中に誰かがいるかもしれない、怖い人だったらどうしよう、いや人ではなく、動物だったら?二人は息を潜めて、小さな窓に近づき、中を覗き込んだ。


 中には誰もおらず、なんの荷物もなく、ただ空間が広がっていた。そう古くはなさそうなこの小屋は、誰かが建てたばかりなのだろうか、新しい木の匂いがする。二人は逸る心を抑えながら、ゆっくりとドアを開け、中に入ってみた。小屋は大人が4人座ると窮屈に感じられるほどの大きさだったが、造りは丁寧で新しいものだった。木の香りが二人の鼻の周りを踊っては、すり抜けてゆく。その香りが飽きたころ、ケンは言った。

「すごいね」

「何も置いてない」

 レイは小屋の中を見回しながら言った。

木の匂いに溢れた心地よいこの空間には、「勉強しなさい」「早く寝なさい」「静かにしなさい」などの類の声は聞こえない。


 ケンとレイにとっては、小屋が誰によって、いつ造られたものであるかは、どうでもよかった。来たこともない、周りには誰もいない場所に、屋根のついた建物がある、それはある意味で開拓者であり、新しい世界の始まりだったのだ。


 秘密基地には、リュウとヒロの四人でよく訪れた。何をするわけでもないが、お菓子を食べたり、池に石を投げてみたり、花の種を植えてみたりした。時には皆で持ち寄ったビー玉を宝物がわりに埋めたりした。埋めた場所には枯れ木を立て、他の誰にも掘り当てられないように、木にはこっそり赤色の色を塗っておいた。

 初めのうちはビニールの袋に入れて埋めていたが、次第に箱になり、瓶に変わっていった。中にはビー玉の他に飴やガムなど、ちょっとしたお菓子まで入れるようになった。

そんな頃、ケンたちはターボを秘密基地に誘ったのだ。


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