6.アストレア=デラ=アレース
大陸の北西に位置するシャイターンは、南部の大国に対抗するために、6つの小国がより集まってできた連合国である。当時の各国の国力は拮抗しており、シャイターン連合国に王家というものはなく、各国の王家の直系血族を競わせて20年毎に王選挙を行い、国主を決めている。
アストレアが生まれたアレース家は侯爵家であれど、王候補を推挙する選定侯でもあるので、時には王家をも凌ぐ権勢を誇ってきた。
そのため、アストレアは幼い頃から様々な教育を受けてきたが、両親だけでなく親族や同じ派閥の貴族から甘やかされてもきた。だから、アストレア自身も、学院に入学するまでは、一挙手一投足注目されることを当たり前と思っていた。
しかし実際には、学院という枠組の中でのアストレアは、一貴族とは言わないが普通の範囲内であり、教師も学生もアストレアに注目するはずもなかった。また、女子生徒も少なく、貴族の女子生徒となると1学年に10人もいれば多いくらいで、話し相手にすら事欠く有様だった。だからと言って、年頃になろうかという年齢で顔見知りの男子生徒に声を掛ければ、口さがない事を言われるに決まっている。最悪、アストレアから話し掛けたというだけで、修道院に行かされる可能性も否定できない。
「誰かとお話したい。やっぱり、侍女を呼び寄せようかしら。」
一人で何でもやれると豪語して家を出てきた手前、侍女を呼びよせるのは抵抗があった。しかし、考えていた以上に女子生徒が少なかった上に、自室で過ごす時間にすることが勉強以外になかったのだ。趣味を作ろうにも、取っ掛かりがない。
意地で約半年を乗り切ったところで、父親から渡りに船と言わんばかりの話が来た。
父親に連れられて初めて街に降りれば、漂う香ばしい匂いや露店に並ぶ見たことのない食べ物に目を奪われた。目的が観光や食事ではなかったので、それらを素通りして連れて行かれたのは、古びた街並みの中でもひっそりと営まれている薬屋だった。
父親と店主が話すのを聞き流していると、店のベルが軽い音を鳴らせた。視線を向ければ、アストレアより少し小さい、黒っぽい頭に大判の暗い色調の布で巻いた少年が立っていた。目元は翳っていて何色か判別し辛いが、その面影は教室で毎日顔を合わせる少年だった。
少年、ロキが従者になって、退屈することはなくなった。何故なら、従者として当たり前のことができないので、アストレアが教育する必要があるためだ。しかも、幼馴染のレオハルトやサイラスと手紙のやり取りができるようになったことも大きい。
ロキが従者になって5日。
レオハルトからの指示で、情報収集をするためにロキは朝から街へ降りてしまったが、アストレア自身は恙無くお茶会に出席して歓談できた。実は、食堂で食事を受け取って、お茶を入れるための準備だって自分でできる。だが、ロキが準備してくれたものを無碍にするつもりはない。多少、お湯が温くなっていようと、その心意気に免じてやると不満は飲み込んだ。アストレアはロキが問答無用で従者にされ、馴れない習慣、仕事に困惑している可能性に気付いたからだ。
レオハルトの手紙に書いてあったことを気にしているわけではない。レオハルトからの手紙は大体同じ結びが書かれていた。
「名目上の従者なんだから、イジメてやるなよ。」
断じてイジメてなどいない。