35.イーサン
王都に戻ってきて17日。
今日は朝から親の名代として騎士団との定期連絡会に出席していた。退屈だからと毎年押し付けるのは辞めて欲しいが、召喚状の宛名が自分では突き返しようもない。与しやすいと思われているのか、親より脳筋具合がマシだと思われているのか、どちらにしても嬉しくはない。
息抜きがてら、そのまま冒険者組合にでも顔を出そうと歩いて城門を出ると見知った子供が衛兵に捕まっていた。
「ロキじゃないか。どうした?」
門衛はイーサンのことを知っていたらしく、なんの衒いもなく身柄を引き渡してくれた。
「途方に暮れた顔で歩いてたんで、親や友達とでも喧嘩したんじゃないですかね。」
「ありがとう。、、、取り敢えず、歩くか。」
にこやかに手を振られながら城門を跡にする。明らかに幼子への対応である。ロキは見た目は10歳くらいにしか見えないので、解らないでもない。不貞腐れた様子の今は更に幼く見える。
「そう拗ねるな。余計に幼く見えるぞ。」
まだまだ庇護欲を駆り立てる風情に、つい頭に手を置いてしまう。置いてから、さらに不貞腐れるかとも思ったが、今更かとついでに撫でてやる。
「何か用事は?ないなら、これから少し街を出ようかと思うんだが、付き合わないか?」
素直に頷く姿に、領地の子供達を思い出す。イーサンの故郷は魔獣による被害が多いため、荒くれ者が集まりやすい。領民は老若男女問わず戦えるため犯罪は少ないが、喧嘩っ早い者が多い。ただ、人間同士で殴り合いをするのは労力が勿体ないので、ムシャクシャした時は魔獣を狩りに行く。喧嘩は魔獣狩りの成果で勝敗を決める。領民全員が脳筋なんだと、学院に来て知った。
「王都の冒険者組合に行ったことはあるのか?、、、そもそも、プラトンの外に出たことはあるのか?」
「郊外は行ったことあります。でも、基本的にはプラトンの街しか知りません。」
「冒険者歴は長いのに、珍しいな。」
8年前にプラトンで見かけた時には既に新人ではなかった。小さな身体で一生懸命薬草を運んだり雪かきをしたりしている姿は鮮明に覚えている。大きな布で目深に頭部を覆っていたとはいえ、イーサンは従来顔より雰囲気のようなもので人を覚えるためあまり関係がなかった。多少見た目が変わろうと骨格や雰囲気が大きく変わる人間は少ない。
「雰囲気は、結構変わるんじゃないですか?」
「そういうものとは違うんだ。何と言って良いやら、、、あぁ、レオは魔力を視認しているのではないかと言っていたな。多分、そんな感じだ。」
レオハルトに言われただけで確証があるわけではないが、そういうことにしておこう。決して面倒だと思ったわけではない。何を言っても確証があるわけではないのだから、相手が納得すればソレでいいと思う。
「レオ曰く、だがな。で、ロキは用事もないのになんであんな所にいたんだ?王都観光とかしそうにない性格だと思っていたが。」
「コッチでは御屋敷での仕事がなくて、、、侯爵様ものんびりしなさいとしか仰らないし。」
「それは、休みということでは?」
「でも、お給金は頂けるらしいんです。何も仕事できてないのに。」
基本給と手当、規定の休暇及び有給休暇についての説明を受けていないのだろう。
準貴族以上であれば当たり前の事ではあるが、ロキは元々孤児で冒険者だ。学院でも慣習までは教えていない。そもそも明文化されていないようにも思う。
侯爵家で働く者は、下働きでさえ準貴族以上の人間しかいない。辺境伯であるイーサンの家では下働きともなると平民なのでその辺りの事情は簡単に想像できるが、侯爵家の者達は当たり前過ぎて失念しているのだろう。
現に制度を説明すると、唖然としている。昔拾った犬を思い出すくらい可愛らしい。そういえば、プラトンの冒険者達がこっそり「遠巻きに保護しなければ」とか言っていた。確かに、性悪な商人や貴族に拐かされそうではある。
この歳まで問題なかったのだから要らぬお節介というものかもしれないが、本人に気を使わせずに保護したアレース侯爵は良い仕事を為されたな。




