33.アストレア
プラトンの街に住みだして13日。
学院の長期休暇が過ぎても終わらないだろうと思っていた件が、半月も経たずに一段落ついてしまった。
人質同然のジュノー家の奥方や行方不明のポイポス家の長女など、問題はまだ残っているが、ポイポス領としての最大の憂いを取り除けたのは嬉しい事だということは理解している。
しかし、思いの外、気分が浮かばない。アストレアは、心の底でモヤモヤと不満がとぐろを巻いているのを自覚していた。
「ペルシア。一段落して嬉しいはずなのに、なんだか楽しくないの。」
「私もですわ。こうやってのんびり市井に紛れて暮らすのも、存外楽しかったですし。兄達がすぐに旅に出る気持ちが、少し分かった気がしますわ。」
ペルシアの言う事も一理あると感じてはいるが、アストレアにはそれだけが理由とは思えなかった。
誘拐犯達が立て籠もっていた建物に向かう最中も、この生活が終わる可能性については考えていた。その時は明らかな寂寞を感じたのを覚えている。それがいつの間にか名前の付けられない感情に変化していたのだ。
「私も冒険者は楽しかった。皆、こんなに楽しいことをしていたのね。早く教えて欲しかったわ。」
「今度はオフィーリア様も誘いましょうか。ただ、市井の振る舞いに慣れ過ぎてしまうと、また家庭教師を付けられてしまいますよ。」
「、、、そうですわね。オフィーリア様は、一時期お目付け役までいらしたと聞き及んでいますもの。」
「冗談ですわ。あちらはご夫妻はじめ、皆様、領民との距離がとても近いというのも一因かと思いますわ。アストレア様にとっては長年使っていた言葉遣いですもの。心配ございませんわ。」
ペルシアとオフィーリアは、アストレアと年が近いこともあり、幼少の頃から共に遊ぶ機会が多かった。オフィーリアはペルシアが男の子と間違えてしまうくらいに活潑というか乱暴だった。
「それに、アストレア様にとっての楽しくない理由は別にあるのではありませんか?」
訳知り顔で微笑むペルシアにカエデが追従するが、アストレア自身には見当もつかないのに、二人には心当たりがあるらしい。
「その理由が分からなくて悩んでいるのです。」
「あらあら、ようやくアストレア様ともそういったお話ができるようになるのかと思いましたのに、まだまだ時期尚早でしたのね。」
「ご存知なのでしたら、教えてくださいませ。」
ペルシアの悠然とした態度に苛立ちを覚えるが、ペルシアの態度に変化は見られない。こういった時のペルシアは絶対に応えてくれない。これがオフィーリアであれば、折れてくれることも多いのだが。
「アストレア様。一つ一つを分けて考えてみたり、今いる誰かを他の誰かと置き換えてみると判るかもしれませんよ。アストレア様にはゆっくり考える時間が必要なようですし、私は自室でオフィーリア様と連絡を取ってみますわ。」
ペルシアの背を見送りつつ、アストレアはプラトンの街に来てからのことを考えてみる。
小さな部屋での友人との共同生活は気恥ずかしさと少しの不便を伴いつつも楽しかった。学院での寮生活のおかげで一人でできることが増えていたこともあり、何の問題もなかった。寮生活と違い、周囲の目を気にする必要がないため、非常に楽ではあった。
冒険者として雪かきや魔獣退治は、初めてのことだらけで楽しくないことの方が少ない。しかし、冒険者生活は別に王都に戻ってもできなくもない。
レオハルトのことを考えてみる。普段より一緒にいる時間が長いが、特に何の感慨も湧かない。住居を提供してくれたり依頼の受け方や雪上の歩き方など色々教わりはしたが、別にレオハルトでなければならない理由もない。
「いなくても良かったのではないかしら。」
ペルシアは、アストレアへ女性冒険者としての心構えや気を付けるべきこと、包丁の使い方など色々と教えてもらった。また、家では他愛無いおしゃべりもたくさんした。ペルシアがいなければ事件は解決しなかった可能性は高いが、それはアストレアの楽しくない気持ちには関係ない。ペルシアがいてくれて楽しかったが、これがオフィーリアであっても楽しかっただろう。これはカエデも同様だ。
ロキは学院での姿とはかなり違っていた。レオハルトとはかなり打ち解けていたように見えたが、王都に、学院に戻れば、今までのようにふるまうことはできないだろう。アストレアとも主従関係に戻る。
王都で過ごすときは、プラトンに来る前同様、ほとんど顔を合わせることはないだろう。
学院に戻っても、今のような砕けた態度はとらないだろう。そもそも、ロキはレオハルト以外にはあまり態度は変わっていない気もする。
「、、、ロキさんはレオに打ち解け過ぎでは?主は私なのに。」
学院では常に気怠そうにしていて、口を開くことが極端に少ない。冒険者を一緒にして気付いたが、魔術の腕はかなりのものだ。しかし、学院での授業ではギリギリ合格な点数しかとらない。従者なんて初めてだと言っていたのに、お茶の準備も他家の侍女との連絡もそつがない。従者になる前は無口で業務連絡さえ怪しかったのに、普通に侍女たちと雑談をしている。アストレアとの会話はほとんどないのに。
アストレアと寮の部屋が同じといっても、ロキの部屋ともいうべき部屋はちゃんと分かれている。常に顔を合わせているわけではないし、傍に付き添っているわけでもない。しかし、傍にいると思うと何か話したくなるのだ。
王都の屋敷では、ロキが何をしているのか日に何度も侍女に確認していた。しかし、ロキ以外の侍女や従僕の動向など気にしたことはあっただろうか。
「もう、ロキさんとお話できなくなるのかしら。」
言葉にするだけで、アストレアの心は楽しくないどころではなく暗澹たる気持ちになっていった。




