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3.格差社会という言葉を実感しています

 天国のお父さん、お母さん。

 お元気ですか?

 ロキです。

 格差社会という言葉の意味を実感しています。



 何となく言ってみましたが、意味はありません。実際には親が生きているのか死んでるのかも知りません。生きてたら、勝手に殺してごめんなさい。


「何か?」


 振り返ったお嬢様に向かって黙って首を振る。現実逃避なんてしていませんよと言わんばかりに首を振る。


 俺の首振りに満足されたらしいお嬢様は「よろしい」と言わんばかりに鷹揚に頷いた。何故満足気なのかは不明ですが、敢えて触れません。


 お嬢様の名はアストレア。学院の出資者の一人であるアレース侯爵の御息女です。腰にまで届く長い黒髪と深い紫の瞳が印象的なお嬢様だと思います。


 ちゃんと名前覚えました。

 一応、ご主人様に当たります。


「いい?今から私がお手本を見せてあげるから、その通りにやるのよ?」


 気合の籠ったお嬢様の言葉とは裏腹に、俺の意欲は全く上がりません。どれくらいやる気がないのかと言えば、脳内で誰かにお話してしまうくらいです。


「紅焔司りし精霊よ。我が手に降りてその輝きを示し給え。火球招来っ。」


 彼女の言葉に導かれ、何もなかったはずのその掌に人の頭ほどの炎が顕れます。街中で見世物師がやるような種も仕掛けもある手品ではありません。精霊に呼びかけて、己の魔力と引き換えに望む現象を引き起こす術、魔術と呼ばれる特殊な技術です。ちなみに魔術はお貴族様に必須の技能とされていますが、お貴族様しか使えないわけではありません。習得にかかる費用が莫大なだけで、実は誰でも使えます。指摘したら、お貴族様方から袋叩きに合うこと請け合いですが。


「これが今度の昇級試験の実技課題よ。」


「…火が出れば、良いのでは?」


 課題達成基準は、精霊と交信することだけだっただはすだ。最悪、熱風を起こすだけでもいいのだ。明らかに武器となり得そうな火球を作り出す必要はない。必要がない上に、平民がこれをやるとお貴族様から袋叩きに合います。


「何を言っているの?達成基準を上回る成果を出してこそ、評価も上がるのです。ギリギリで合格なんて私が認めません。」


 近くに落ちていた木の枝に火球を落とし、お嬢様が腰に手を当てて凄んできた。もちろん枝は消し炭です。


 こんな危険なことを学院内で勝手にやると、普通は先生方に怒られます。面倒なので言いませんが。


「紅焔司りし精霊よ。我が手に降りてその輝きを示し給え。火球招来。」


 代わりに指示された言霊を言い終えると同時に、プスンと気の抜ける音と共に煤が舞い落ちた。


「ちょ、何でこれで失敗するの。」


「合格にはなりますよ。」


「何言ってるのよ。アレース家の名に傷を付けるつもり?」


 いやいや。ど平民のにわか使用人風情が、傷なんて付けられるわけがありません。


「申し訳ありません。」


「さあ、もう一回よ。」


 何故、こんなことになったのか。

 それは俺も知りたい。

 いや、理由は解っている。まだちょっと、納得できていないだけだ。



 アレース侯爵にご令嬢の従者になることを承諾した翌日、俺はアストレアなる令嬢の部屋に引っ越しを命じられた。


 ご令嬢というだけあって、アストレアさんは女の子です。

 俺、男の子。

 何、この状況。


 現実逃避のため、ちょっと周囲を観察してみる。

自分の部屋として宛がわれていた一室ほどの広さをもつ応接間の他にも奥にまだ部屋が続いている。一体、何部屋あるのか。後で聞いたら、応接室を入れて三部屋らしい。


掃除が大変そうだなと思ったら、それは他に専門の使用人がいるらしい。


 目の前には真っ白なテーブルクロスが掛けられたテーブルの上に芳しいお茶が、これまたどことなく煌びやかな雰囲気のカップに注がれている。


 お茶って食堂でもらって来るものじゃないんですね。部屋にいい感じの熱さのお茶が用意されていました。お嬢様に訊ねると、お茶は常にあることが当たり前だと仰いました。お湯は冷めるもので、水は自然には沸騰しません、お嬢様。お茶も同じです。


「今日から奥の一室を使って良いわ。浴室も付いているから安心して。」


 お風呂があって良かったねとかどうでも良いですよね。気にするところはそこじゃないですよね。何に安心しろと?


「仮契約とはいえ、アレース家の使用人となったからには今みたいに学院でなめられたままなんて許しませんわ。学業、実技、従者としての立ち居振る舞い、全てにおいて完璧でなければなりません。」


 全部に完璧になってしまうと学院に通う理由はないのではないかと思ったが、従者という職業上、お嬢様と共にいなければならないという意味で学院に在籍する必要があることに気付いた。


 最初からないやる気がさらに減った気がした。


「分からないことは?」


「解らないことだらけです。」


 即答したら、信じられないと言わんばかりに驚かれてしまった。


 そもそものお嬢様が調査する事案に対する対応、従者の仕事に立ち居振る舞いなど、具体的に説明をお願いします。特にお給金や勤務時間、それとお給金については詳しくお願いいたします。大事なことなので、敢えて繰り返させて頂きます。


「そんなことも分からないなんて。」


 平民中の平民が従者の仕事や立ち居振る舞いを熟知していたら、その人はもう平民中の平民ではないと思います。それは貴族よりの平民という括りです。


「そもそも何で同じ部屋なんですか?」


「侍女の役割も兼ねているからではなくて?」


「俺、男なんですが?」


「だから?」


 お話が通じていない気がします。


「侍女はいないんですか?」


「私はアレース家の一子です。」


 答えになっていませんが、お嬢様の返答は以上の様です。沈黙に気付いたのか、訝しむように眉を寄せていらっしゃいます。


「私に侍女がいないとでも?」


「この部屋には見当たらないので、訊いています。」


「学院の基本理念は自助努力です。侍女を置いて、それに反することになるではありませんか。」


 言っていることが矛盾していると思います。


「話を戻します。何故、俺が同じ部屋なんですか?」


「ですから、侍女としてだと言っています。」


「貴族の間では、年頃の女性が平民の男と同室で過ごしても問題にならないのデスカ?」


「状況によりけりですが、二人きりでなければ、問題にはならないでしょう。」


「この部屋には現在、俺とお嬢様だけですが?」


「それが?」


 疑問形を疑問形で返されました。教師陣や寮長達が諦めた理由を知った気がします。


 文句を言いそうになって、ごめんなさい。


「で、侍女っていうのは、何をしたら良いんですか?」


「そんなことも知らないのですか?」


「デスヨ。」


「は?」


「使用人を見たことないので、存じ上げません。ゼロから教えてください。」


 うっかり出てしまった心の声をなかったことにして、お嬢様にお願いしてみた。


 ようやく使用人についての知識が一切ないことだけはご理解頂けたらしく、二時間かけて使用人について説明を受けた後、お茶も用意していなかったことをさらに二時間かけて怒られた。


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