2.突っ込んでも良いですか?
この国では、領主とそこに居を構える神殿それぞれに収穫高、税収、軍備等の報告義務を課している。実際に管理する領主の報告書とそれを傍で観察している神殿の報告書とを突き合わせることで、各領を治める貴族の専横を防止し、更には政教分離策の神殿側の反発を抑制するためだ。
しかし最近、ここプラトンを中心とした北部を治めるポイポス侯爵からの報告書と神殿側の報告書に不審な点が見つかったらしい。
何でも、この二つに大きな差異は見られないものの、周辺の領地から上げられる報告書との辻褄が合わないとか。つまり、領主と神殿の癒着による横領が懸念されるってことね、と納得しつつも解ったような解っていないような曖昧な返事を返すことにした。
一平民にそんな怖い情報をホイホイ話さないでほしい。
「ポイポス侯爵家とアレース侯爵家は、端的に言えば、まあ、仲が悪いのだよ。そこで私がこちらで表だって動くと、徒に相手を刺激するだけ…そこで我が娘の出番というわけだ。」
学院にいるお嬢様がプラトンの街の状況を調査する分には、怪しまれないというわけですね。で、街に不慣れなお嬢様のお守り役が欲しい、と。
「ロキ。侯爵の申し出だ。受けといた方が良い。」
煮え切らない返事をする俺に、店の親仁が声を挟んだ。
貴族を快く思っていないはずの親仁の「協力しろ」という言葉に、歯噛みする。
親仁の人を見る目は確かだ。つまり、この御仁の申し出または人柄は、親仁に薦めさせるだけのものか、はたまた断れば口封じに殺されると親仁は言いたいのだと思う。
「君が申し出を断ったとしても、特に何か処罰などはしない。まあ、申し出を受けてくれるというならば、こちらとしても相応の対価を払う用意がある。」
「物騒な話を振っておいて、こっちには拒否権なんてないようなもんじゃないか。」
思わずぞんざいな口調が飛び出たが、どうせこき使われるなら、最初から地を知られていた方が楽だ。
そう思ったら、貴族の身勝手に対する腹立たしさもどうでも良くなってくるから不思議だ。
「ロキさん。お父様はそんなこと」
「良い、アストレア。…確かに君の言う通り、初対面でする話ではない。君が警戒するのは当然だ。そして、そんな警戒心を持てる君だからこそ、益々こちらに引き入れたいと思う。」
「、、、一つ聞かせて下さい。何でいきなり俺に話したんですか?」
「元々、ここの店主に従者の件を依頼していたのだよ。そこにトレアと同級生だという君が現れた。これでも一応、娘の通う学院の生徒は粗方把握しているつもりでね。店主が薦めるのは君じゃないかと推測したのだよ。」
大貴族の付き人になりたい人間は、この街にも五萬といる。領主の目もあるから、貴族は厳しいかもしれないが、豪商の娘や神殿関係者から募ることは普通に可能だろう。親仁が薦めようとしていたということは、親仁もこの貴族の企みに絡んでいるということだ。
「恐らく彼が信用しているのは、私にこの話を持って来た人間だろう。私が信用に足る人間かは、君自身が判断してくれれば良い。それまでは仮契約としておこうか。」
貴族が結ぶ契約は、基本的に身命を賭したものが普通だ。魔術により誓約を結ばされ、契約内容から外れたことをすれば即座に殺されるという。しかし、仮契約は全くの別物だ。契約者双方の意志により解約が可能な有形無実のものとなり、拘束力などないに等しいものとなる。
物騒な案件に巻き込む割に、提案される内容が破格過ぎて、警戒心が高まる。
「聞いてはいたが、流石に驚くな。、、、流石に十にも満たない子供に無理強いする気はないのだが。」
「もうすぐ十三です。」
本気で目を瞠っている様子の相手に、苦虫を噛む。
ただでさえ、十代後半から二十歳以上の生徒の中では自身の背が低いことは少なからず気になるが、実際より年下にみられるよりはマシだ。
店の親仁が驚いているように見えるのは気のせいだと思いたい。
「あ、ああ。そうか。そうだな。すまない。普段、あまり子供を見かけないのでな。入学制限ギリギリかと思ってしまった。」
「入学制限?」
「お前、学生のくせにそんなことも知らないのか?学院の受験資格は十歳以上、十八歳未満なんだ。十二年制だから、最高で三十。否、留年を考えるともっとか?しかも大半は十歳じゃ受からねぇ。大体が高等学校を卒業してから更に二、三年は個別に教師を雇って知識の溝を埋めないとなんねぇ。この国一番と言っても過言じゃない程の難関なんだぞ。」
親仁が言うには、十三で学院生というだけで凄いことらしい。
学院、正式名称プラトン共立魔術学院は、国の北端にあるプラトンという街に在る国内唯一の魔法に関する教育機関だ。
国民は通常、五歳になると先ず幼年学校へと通わされる。ここでは共通語の読み書きや簡単な算数を教えられる。幼年学校は三年も過ぎれば修了する。この頃に魔法に関する素養が調査され、素養のある者や更に学問を修めたい者はそこから高等学校に進むことになる。高等学校は五年制で、一般に使用される照明器具や水道設備などの原理、動物や植物の生態や薬効についての知識を与えてくれるという。同時に、魔術の素養がある者はここで簡単な力の使い方を教えてくれるのだという。
高等学校の更に上が、学術院であり学院となる。学術院は学究を深めたい者が、学院は魔術的な素養が高い者が進む学び舎であるらしい。
ただし、学術院や学院に入るには高等学校で教わる以上の知識が必要になるため、自然、生徒は個別に教師を雇える貴族か金持ちの子女ばかりになる。
「そうなんだ。詳しいな。」
「何で生徒のお前より俺の方が詳しいんだよ。」
「というか、知らずに学院に通っていらしたんですか?」
「必要なかったから。」
「お前なぁ…学院生といえば将来の地位は約束されたようなもんなんだぞ。」
親仁はそう言うが、当の生徒になってみればそれが誤りであることは一目瞭然である。
「それ、学院に貴族か金持ちの子供しかいないからじゃないの?」
親の地位が高ければ、自然、子供もまた高い地位へと引き上げられる。民主主義と言っても貴族制の限界がそこにある。議会での発言権もない平民では貴族に諂う以外に道はなく、媚びる為には金が要る。学院に入ろうが、取り立ててくれる貴族がいなければ地位も何もあったもんじゃないのだ。
「ふむ。一理あるな。」
「あー、何だ、お前。学院でいじめられてんのか?」
「いじめ?」
「嫌がらせのことだ。呼び出されてボコられたり、教科書を隠されたりとか、、、あとそうだな、無視されたりなんかすることだ。」
学院の裏手や敷地内の森に連れて行かれたことや呼び出しの手紙を受けたことはあるが、連れて行かれても相手をボコって終わったし、それ以来、呼び出しの手紙には応じていない。教科書はどっかに失くしてそれきりだし、無視も何も他の生徒と話したことがないのでされたこともない。
「んー、ないと思う。」
「そ、そうかぁ?お前さんは形もそんなだから、な。何かあったら相談しろ。話だけなら聞いてやれるからな。」
人の好い親仁が心配そうに眉根を寄せた。
「ありがと。あー、取り敢えず、話がえらく逸れましたけど、従者云々って何したら良いんですか?今日はもう寮の門限も近いから帰らなきゃなんですけど。」
「学院の方の手続きは私がしておこう。整い次第、学院側から連絡が行くと思う。その後はアストレアに訊いてくれたまえ。」
「よろしくお願いしますね。ロキさん。」
よく分からないが、追々訊いていけば良いらしい。調査とかは領地のことなので、学院生活は特に大きな変化はないだろう。従者とやらになれば、ご令嬢と話していても不自然ではないだろうし。
翌日、寮長室に呼び出され、女子寮に引っ越すように指示された。
普通は従者だろうが、主従の性別が違えば寮は別にされる。
侯爵が幼いからと、ご令嬢と同室を求めたらしい。
つまり特例。
学院長はじめ、教師陣はもちろん寮長達も反対したらしい。
もう一度言います。
十三歳です。
思春期ってやつに突入する微妙なお年頃なんです。
そこは学院長の爺さん辺りが「父親が危機感持たなくてどうするんだよ」と説教してくれよ。