第一話
八雲 刹那の一族は迫害されている。銀色の髪と、美しい翠眼を持つ一族の事だ。『ニホン』と言うこの島国では……いや、もう世界全体から嫌われているんじゃないかというくらい、それは酷かった。セツナの一族は世界を転々としてきたそうだ。でも、どこに行っても嫌われる。
どうして嫌われるか、それはセツナの一族が太古に妖と契りを結んだ大罪人だから。そうして生まれた子孫の子孫……悠久の時を経て、受け継がれた血。それがセツナ達だから。
女郎蜘蛛、もとい絡新婦とも書く蜘蛛の妖の子孫であるセツナは、糸や毒を操る能力がある。他の人々は一般の人と変わらないほど能力が退化しているのに、先祖返りしてしまったセツナは能力があり、小さな集落ですら恐れ避けられているのだ。
幼少期からずっとずっと、隔離されたこの区間から外に出られない。世界をまわってきても、結局ここに戻される。ここから出たら、縄で縛られて、棒で何回も何回も叩かれるから。幾度となく血を吐いて、抵抗したらもっともっと痛めつけられて、何個も何個も痣ができる。茨で取り囲まれた小さな集落、不自由で理不尽な鳥籠、それがセツナの世界。
今日もそんな小さな世界で物思いにふけりながら、川のそばの斜面で芝に腰を埋めていた。見上げれば、透き通った青い空と、風が吹く度に花弁を散らす桜のコントラストが綺麗だ。ボロボロの白い着物を羽織り、適当な帯で括りつけただけの粗末な服装では勿体ないほどの端正な顔立ちに、程よくついた筋肉と白い肌、細身で身長の高い男。それこそがセツナだった。
「なな、セツナー。お腹空いてない?」
一人で座っていたセツナのちょうど右側に、誰かが無遠慮に座り込んだ。その人物は、茶髪に金色の眼をした、やや幼さの残る顔をしている。その高校生ぐらいの爽やかでもある顔で歯を見せてセツナに笑いかけた。
セツナのいる小さな世界に外の世界から足を踏み入れてくる変わり者が、今声をかけてきた人。葉月 慧斗といって、セツナの数少ない友達の一人だ。お偉いさんの息子のくせに、しょっちゅうここにやってきては、セツナと話をしたり遊んだりしてくれる。と言っても、三歳ほど年下だが。
幼少期、ちょうど五歳だったケイトがたまたまここに迷い込んだ時、セツナと一緒にいて遊んだ事がキッカケかもしれない。すごく上質な身なりで最初は戸惑ったが、人懐っこいケイトとはすぐに打ち解けられた。
ケイトはよく外の世界の食べ物を持ってきては与えてくれる。そんなケイトに囚われの身のセツナがあげられるものなんて、これっぽっちもない。なのにケイトは飽きることなくやってきて、鬼ごっこやかくれんぼ、しりとりやお手玉など、十七歳という年齢には見合わない遊びをするのだ。
「……空いてないよ」
「うっそだー、さっきお腹空いたって言ってたじゃん!」
「そんな事言ってないよ。空耳じゃないかい?」
「空耳は空耳でもー、お狐様の神通力でした! へへっ、セツナの考えている事なんてお見通し〜」
ケイトもセツナ達と同じ、大昔に妖と契りを結んだ一族の出だ。だが、セツナ達とは違い、狐の妖の中でもトップクラスである天狐の末裔。元々の天狐の力が強いせいか、現代でも少しだけ能力を受け継いでいる人達だ。だが、ケイトは別格と言っても過言ではない。それは、ケイトも珍しいはずの先祖返りをしてしまっているから。つまり、ケイトは人の身でありながら天狐の力を存分に振るえるのだ。
「無駄な事に神通力を使っちゃいけないよ、ケイト」
「ちぇ〜。で、でもほら! 俺美味しそーなもの見つけちゃったんだ〜。一緒に食べよ?」
そう言ってニッと笑うケイトの手には大きな葉に包まれた何か。開かれたそれの中には、串に刺された白い玉に、茶色くていい匂いのするトロトロの液体がかかっている。
「みたらし団子。美味しそうだろ?」
「そうだね。君がたくさん美味しいものを持ってきてくれるのに、まだ知らないものがあったんだ」
「それと……これ!」
ケイトは腰に提げたひょうたん手に取って、チャポチャポと音をたて振りながら言った。セツナは見た事の無いものに首を傾げ、長い指を顎に当てる。大人びた顔立ちなのに、キョトンとして急に愛らしくなる瞬間がケイトは密かに好きだった。
「セツナ、もう二十歳だろ? お酒飲めんじゃん〜」
「買ってきたの?」
「まさか〜、俺の先祖のゆかりの地的な? 所に長年置いてあったのを拝借してきました〜。霊力たっぷりだぜ、多分」
「腐ってないかな……」
「大丈夫大丈夫! ほら、ここ花が綺麗だし、お花見だな!」
「お花見、か……オレ、初めてだよ。甘い物も、飲み物もなかったからさ。ケイトから聞いて気になってたんだ」
「だろだろ〜? そう言えばセツナ、二十歳になったお祝いしよ〜! なぁ、何がいい? 何がしたい?」
そう言われると、よくわからなくなって困る。セツナはしばらく正面を向いて黙り込み、かと思うと流し目でケイトを見て、妖艶に口元を緩ませた。
「うーん、そうだな……オレ、カナタに会いたい」
「カナタ? ……あぁ、セツナの昔の友達だっけ。どこにいるの?」
「ここにはいないよ……もう大きいし、親もいないから会いに行けないけど。言ってみただけだよ」
「じゃあ、会いに行こうぜ」
「……君はいつも簡単そうに言うけれど、オレはここから出られないんだよ? 大丈夫、とっくの昔に諦めてるから」
「えー、折角なのにぃ……ねぇ、俺を誰だと思ってんの? お狐様よ? それに、セツナここ嫌いでしょ。俺と一緒に逃げ出そうよ」
「でも、君は良い家柄で、オレに付き合う理由なんて」
「ある。俺も家嫌いなの。あんなとこ、今すぐ逃げ出したい。だからセツナ、俺に付き合ってよ」
そう言って困ったように微笑むケイトを見て、セツナは面食らった。ここから逃げ出せるものなら、カナタと会えるものなら、逃げたい、会いたい。でも、それは永遠に叶わないものだと思っていた。小さい頃、どこかここから遠い所で共に遊んだ、懐かしい人。セツナよりも二歳くらい年下の、とても仲がよかった人。セツナと対象的で、黒い髪と眼が印象的な、とても顔立ちの整った人。そして、セツナがずっとずっと焦がれていた人。それが夏樹 奏多。今もどこかで無事でいるなら、会いたい。会って話がしたい。今もオレは生きてるよって、今でも君のことを覚えてるよって、伝えたい。それが許されるなら……