プロローグ【需要のない論文・天国と地獄】
ーー死んだ自分を迎え入れてくれる場所は、一体何処なのだろうか。
こんなつまらない世界で“人生”を終えるまでの時間を耐え切るには、そんなくだらないことを考えるのが一番気が紛れる。
己の存在意義について考えぬいた脳内論文は、もっと終わりのないこの世の核へと掘りを進めて行く。生とは何か死とは何か、はたまた死後の世界とは存在するのか…。果てしない疑問に脳みそがじわりと疼く感覚。もっと謎を、夢を、幻想だろうが妄想だろうがなんでもいいから飽きさせることだけはしないでくれーーーー。
厨二病と言われればそれまでだが、そんな風に思考を展開させていく時間は極上の暇つぶしなのだ。
暇つぶしついでに、ついさっき執筆を終えたばかりの鮮度ピチピチ論文を一つ、聞かせてあげようか。
ーー人間は死んだら何処に逝くのか、という話だったね。死後の世界が「天国」「地獄」の二つであると仮定したとき、僕は間違いなく天国へ逝くだろう。だって、特別悪いこともしていないし、至って平凡に生きてきた。地獄へ逝ってまで罰せられる理由がないから。でもね、それって結局は消去法なんじゃないかって思うんだ。地獄へ逝くほどの罪は犯していないけれど、マザーテレサやナイチンゲールのように際立って善い行いもしていない、平均的に汚れた人間である自分。明確な悪意を持った人間は地獄にふるい落とされるけれど、その曖昧なふるいの目に溜まった石ころたちは、とりあえずで天国へ逝くことになる。すると今度はその石ころたちが、「天国」という一つの世界の中での“悪人”になってしまうのではないか。どんな世界にも、必ず善と悪は存在する。極悪人のいない世界ならば、より多く汚れているものが、必然的に悪だ。そう考えると、天国って実はそんなに良いモンじゃない。というか、今僕たちがいる世界とさほど変わらない。争いのない清らかな世界、なんて不可能なんだから。ああ、僕はあと何十年余りの人生だけじゃあ飽き足らず、死んだあとまで退屈を食らう羽目になるのか。そんなことならいっそ、地獄に落ちて刺激だらけのドキドキライフを謳歌したいものであるーー。
「なぁんて論文が提出できたら、楽なんだけどねー」
暇つぶしの時間には、やがて終わりが来る。
今回終わりを迎えなくてはならない理由は、課題提出期限日が明日に迫っているからだ。何時間も脳を火照らせ意味の無い論文を完成させた挙句、結局五分ほどで書き終えた平凡な論文を提出するのはいつものこと。走馬はザ・平凡論文にその名前を記すと、倒れこむようにベットに身体を埋めた。
高校一年生にもなって、最近の興味は天国と地獄にほとんど持ってかれているこの少年、そう遠くない未来で“死後の世界”を堪能することになる。
声を出そうとして、諦めた。
何か言ったところで風圧に掻き消されてしまうだろうし、彼の意識がまだあるかどうかも分からない。そもそも呼吸しただけで内臓が潰れてしまいそうだ。
現に自分の喉も、焼き切れているのではと思うほどに熱い。いやひょっとしたら冷たいという感覚が麻痺しているのかもしれない。
わからない。
ただ、ぐちゃぐちゃに掻き回される意識の中で、最後まで自身を支配し続けたのは、純粋な“痛み”だった。
自分は今どこにいる? 地面に打ち付けられるまで、何メートル? この痛みは、どこからーーーーーーーーーー
わからない、わからない、わからないわからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
唯一、僕の手を掴んで離さない“彼”を守るように落ちられなかったことが、悔しかった。