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更級先生  作者: 識名紙織
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第八話 今、あなたがしたいこと

 翌日は全身が痛かった。無論筋肉痛である。辛すぎて勉強どころではない。登校するだけで精一杯だった。


 「痛い…。マジで痛い…。」


 筋トレをするにあたり、筋肥大に直結するのが「出し切る」ということである。限界より早めに止めてしまっては筋肉痛は起きないことは、男性であれば教わらずとも経験的に知っている(但し筋肉痛が筋肥大に必須な訳ではないあたりがややこしいがここでは割愛)。自分に甘えずきっちり追い込む。それが出来たからこそ透は登校すら苦労するほどの筋肉痛になっているのである。


 「必要十分条件の話はもう分かったから帰らしてくれ…。」


 数学の授業中すらボヤくほど痛かった。


 「じゃあ穂積君。」


 「はえ?」


 「さては聞いてなかったでしょう。」


 「はい。すみません。」


 「もう一度言うね。『三角形の二辺と、その間ではない角が等しい』ことに対し、『その二つの三角形が合同』であることは必要十分と言えますか?」


 二辺夾角相等ではないってことか…あー。折れ曲がりかな。


 「必要条件です。」


 「何故?」


 「一つでも等しくない場合勿論合同ではありませんから、必要条件であることは明らかです。しかし逆を取ったとき、その角が鋭角であった場合は条件を満たす三角形は二つ作れてしまいます。よって必要十分ではない、必要条件です。」


 「そうですね。因みにその角が直角だった場合は?」


 「斜辺他一辺相等より合同です。」


 「では最後。授業を聞いてなかったようなので授業範囲外から出します。球面において三角形の三角が等しい場合、これは合同であることの必要十分条件たり得るかしら?」


 授業聞いてないなら範囲内かどうかは関係ないと?あと球面大好きですね先生。周り見てくださいよ。球面の三角形とは?みたいな顔してますよ。


 「余計なこと考えてない?」


 はっ!危ない危ない。えーと。三角……?相似……かな……?いや……違うな。合同だ。すげぇ。


 「必要十分条件です。」


 「何故相似にはならないの?」


 「同一球面上においては内角の和は外接円の大きさに依存します。故に外接円の大きさを変えると相似形を取ることが出来ません。したがって相似であるが合同ではない図形は存在せず、三角が同じであれば相似であり、すなわち合同となります。」


 「復習していたようでなによりです。では次。片岡君。」


  個人授業じゃないんだから周りも考えてあげてよ、と透は思ったが美幸の考えは違う。レベル別に分けられていないクラスに於いてはどこかに合わせると必ずそこから外れる生徒が存在する。美幸としては上に外れている生徒を無視したくはなかった。そのレベルにいる生徒ならば「球面上の三角形」で通じるので時間は取られない。下に外れている生徒は範囲外には手を出さないから、それで良いのだ。


 



 放課後。痛い全身を引き釣りながら剣道場へ。


 「やあ穂積君!昨日来たとは聞いていたが今日も来てくれたのか!」

 

 誤算だ。ステイサムしかいないとは。


 「更級先生は?」


 「新しい学期になったからね。他の部員のメニューを見直してるとこだね。」


 あの人面倒見いいな。


 「昨日散々更級先生にしごかれただろうから今日は全身が痛いだろ。」


 そう言って笑うがこっちは笑い事じゃない。


 「まあそうですね。今日ここに来るのすら苦労しましたからね。」


 「じゃあ今日は違う部位を鍛えるよ!」


 死んじゃうよ?


 「今日は……ドゥルルルルルルル……チーン!腹筋です!」


 死んだ。


 「とはいえまずはストレッチから。じゃあ脚を前後に開いてねー。」


 更級先生とはやり方が違ったが相変わらず痛かった。


 「因みになんで倉橋先生は更級先生とストレッチのやり方が違うんですか?」


 「なんでって、そりゃあ全てが違うからだよ。前回とは違う部位を鍛えるし、筋肉痛も考慮する。俺と更級先生の持ってる知識は同じじゃないし、運動に対する価値観も違う。どうしても参考にするのは自分の体だから性差や個人差諸々から、得るデータも変わってくる。寧ろ同じだったら怖いかな。」


 「部で統一しようとかはしないんですか?」


 「個人種目だし、うちは個人の価値観に合わせてトレーニングする。教える側の価値観も一つじゃないほうが良いだろう?先輩のも大いに参考にするといい。視点は多いに越したことはないからな。まあ、統一しない一番の理由は面倒くさいからだが。」


 いい話が台無しですね。


 「さて腹筋の時間だ。腹直筋だけでなく、腹斜筋も鍛えていくからな。」


 明日痛くない筋肉なんて脊柱起立筋くらいしか残ってないのでは。


 「その後は脊柱起立筋をパンプアップするよ!」


 訂正。全部だった。


 「ところで他に悩んでる部活なんかはあるのかい?」


 「それが、ないんですよ。」


 「じゃあここに入部するしかないのかね?」


 「そういうことになりますね。」


 「じゃあ今年の新入生は四人かな。毎年適度に零細で良いねぇ。」


 「二年と三年は何人いるんですか?」


 「二年は三人、三年は二人。ちなみに三年ともなるとトレーニングガチ勢になったりするから、体育祭とかマラソン大会とかだと下手な陸上部より強い。」


 「脳味噌まで部活に犯され始めるんですね。可哀相に。」


 「ハハッ。そうだねぇ。うちは『楽しさ』を求める部活じゃないから、どうしても人気はないし、毎年一人か、二人はやめる。その中で三年まで残っている猛者はもう、自分を高めることに心から喜びを感じるようになった変態のみだ。」


 「俺やばい部活に入ろうとしてますね。」


 「まあそれは否定しない。でも、何かを続ける力をつけることに意味があると俺は思ってるし、どうせ続けるなら意味があるものが良い。この部には精神を病んでいた者もそれなりにいる。自分に自信を失ったとき、それを取り戻すには一日一日を丁寧に生きて、積み上げていくしかないんだ。」


 まあ、それは大事なことだと思うよ。


 「それにな、続けることが出来るって言うのは何にも変え難い能力なんだ。才能があるってことより遥かに大切なことだ。才能もあって努力も出来る更級先生は本当に凄いと思うけどな。」


 「どんな積み重ねで更級先生は出来てるんでしょうね。」


 「さぁ。更級先生は俺が来るより前からここにいたし、正直よく知らん。ただ、あんなふうになろうと思ったら少なくとも毎日自分を高め続けなくてはいけないんだと思うよ。さぁ、君も腹筋をしようか。」


 なんでだよ!いい話だっただろ!


 「はーい。じゃあサイクルからやりまーす」


 そうは言っても自分に甘えたくはないのでしっかり出し切った。色々文句は垂れてたけどね、本当は嫌いじゃないんだこういうの。自分に向き合う時間があるのはとても心地良いんだ。



 

 脊柱起立筋を鍛え終わると、更級先生がメニューを作っていたのであろう女生徒と一緒に剣道場に入ってきた。


 「あれ、穂積君。今日も来てたんですね。顧問としては君がこの部に入りそうなこと自体は全く問題ないのですが、他の部活を一切見てないのが気になります。良いのですか?」


 「良いんです。折角更級先生みたいな面白い先生見つけたんで、少しでも色んなことを教えてもらいたいんです。」


 「倉橋先生、私ってそんなに面白いかしら?」


 「さあな。ただ、彼がそう言うならそうなんだろう。少なくとも彼の中ではね。」


 「まあ、良いでしょう。まだ二日しかやってませんが、入部届けを渡しておきますのでもう少し考えて、やっぱり入りたいと思ったら持ってきてください。」


 「あ、入ります。」


 「……私の話、聞いてましたか?」


 「ええ。考えました。昨日沢山悩んだんです。どれだけ悩んでも入らない理由が見つからなかったんです。明日のことなんて誰も分からない。部活なんて、本当に辞めたくなったら辞められる。どうせ分からないなら、今の自分がしたいことをしていたいんです。」


 鞄から筆箱を出し、空欄を埋めていく。


部活動名   個人運動部

所属クラス  一年B組

氏名     穂積透


 丁寧に楷書で書き、更級先生に差し出す。


 「お世話になります。」


 「思い切りが良いのは悪いことではありませんが、先生は君がその調子で生きていくのが少しだけ心配です。ただ、そういう人は嫌いではないのですよ。まあ、何にせよ」


 そこで言葉を切り、優しく微笑んで右手を差し出した。


 「歓迎します。ようこそ個人運動部へ。」


 床に座って書いていたので起こしてくれるのもあるのだろう。その美しい手を取ると、力強く引っ張られた。俺が立つと少し振って握手をする。体格に似合わず、ガタイのいい欧米人のような力強い握手だった。


 「よろしくね。」


 「宜しくお願いします。」


 こうして俺は、晴れて個人運動部員となった。


 なお、明日はもう鍛えられる部位が残っていない模様。

中々プロローグが終わりません。え?いつまでかかるのかって?奇遇ですね。私も同じことを思っています。

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