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更級先生  作者: 識名紙織
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第六話 教師も常に不完全

 更級美幸は悩んでいた。


 「あの例え、適切ではなかったかもしれないわねぇ……。前日に位相幾何学の本読んだのがいけなかったわ。なんでも数学に絡めればいいってもんでもないし。」


 美幸は数学教師とはいえ物事の喩えまで「数学教師らしく」なければいけない訳ではない。


 「確かに非ユークリッド空間内で三角形の内角の和が180°でない場合があるのは有名な話だけど、平面ではないから、あれを三角形って言っても納得しない人がいるのは当たり前な訳で。」


 因みに頭も動いているが手も動いている。今日はローストビーフが食べたい気分だったので塩胡椒をふったモモ肉のブロックに焼き目をつけている。


 「でも例えとしては間違ってないはずだし。いや、そもそも喩えとして微妙にズレてる気も……。」


 焼き目がついたのでラップでくるんで電子レンジに入れる。2分加熱し、裏返してまた2分加熱すればすればローストビーフモドキが出来るはずだ。


 「美幸ー?ご飯まだー?」


 2階から姉、美晴(みはる)の欲望にまみれた声が聞こえる。美幸は現在姉と二人で暮らしており、料理は主に美幸の担当だ。


 「あと5分で出来るよー!」


 美晴は、美幸とはかなり性格が異なってはいるものの、同じく高校の教師である。ただ、勤め先は別で、教えているのは化学だ。


 「気は進まないけど姉さんに聞くか……。」


 加熱して出た汁でソースを作り、ローストビーフを切って盛り付ける。サラダとご飯、スープを配膳すると美晴が降りてきた。


 「お、今日も美味そう。流石私。」


 「なんで姉さんが流石なのよ。」


 「美味しく作れる人に作らせてるからよ。何もしなくても勝手に料理が出てくるシステム。素晴らしい。」


 なるほど。全ては姉の手柄になるらしい。


 「「いただきます。」」


 因みに「いただきます」は漢字で書く際は「頂きます」と書く方が良く、「戴きます」は間違ってるとまではいかずとも、やや優先度が劣ると美幸は思っている。通常「頂く」はものを貰うときの「貰う」の謙譲語であり、「戴く」は「〜していただく」の後ろ部分、即ち補助動詞としての「もらう」の謙譲語の漢字として用いる。

 「いただきます」の語源は諸説あるが、いずれも何かをして「戴いて」いることから来ているわけではない。しかし二つの漢字の使い分けの線引きが難しいのも事実であり、必ずしも「頂きます」が正しいとは言えない。寧ろ本来の意味を失った慣用表現であるため平仮名で書くのが正しく、漢字で書くこと自体が間違っていると


 「美幸。」


 「えっ!?口に出てた!?」


 「顔に出てる。折角二人でご飯食べてるんだから一人で考えごとするよりなんか話そ。」


 まあ、その通りである。価値観の押し付けと思われがちだが本当に必要なことを悩んでいる時は分かるらしく、どうでもいいことを考えている時しか言ってはこない。


 「今日生徒に「人は自分の知る範囲でしか判断できない」って話をしたのだけど。」


 「ふんふん。」


 「非ユークリッド空間内では三角形の内角の和が180°にならないという喩えで話したのよ。でもなんかしっくり来なくて。」


 「まぁねぇ。非ユークリッド空間って、もともとは平行線公理の矛盾点追究から生まれた概念じゃん?数学教師としてその説明は省いていいの?とかまあ色々あるけど、数学教師だからって無理に数学で喩えなくて良いんじゃないの?」


 「まあ、そうなのだけど。数学教師が数学の喩えをしなかったら誰もしないでしょう?化学教師としてはいい喩えないの?化学分野で。」


 「同じようなので行くとフルオロニウムイオンとかかなぁ…。」


 説明しよう!フルオロニウムイオンとは架橋型ハロニウムカチオン中間体の一種(文系にとっては既に呪文)。まあ、ハロゲン元素が架橋しているイオンというだけである。フルオロニウムに含まれるハロゲン元素のフッ素は一価の陰イオンになりやすい。電気陰性度も全元素中一位を誇り、高校化学の常識で言えばもう絶対マイナスにしかならないマン。しかし2013年に実験的に示されたこちらのイオン、なんとフッ素がプラスに帯電!常識破りも甚だしい。色々と端折ってるし表現もちょくちょく正確ではないからもっと知りたい人は自分で調べてね。


 「フルオロニウム…確かに…。最初に見たときは私もニ度見したわね…。」


 「でもさぁ。そういうことじゃない気がするんよね。」


 「うん。そんな気がする。」


 「「人は己の知る範囲でしか判断出来ない」が最終的に何を伝えたいかによるんだけど、「世の中には己の常識が当てはまらない可能性は常に存在するので帰納法的に導き出した答えは間違うことも多い。」ということを伝えたいならもう少し簡単な喩えでいいと思うんよ。」


 「「常識の範囲外、多くの人の想像を超えた真実」の話をしてる訳じゃないということね。伝えたいことがブレていたわけか。」


 「そう。それだけ伝えたいのなら、「「皆多かれ少かれ親に愛されているのだから親に感謝し、恩返しをするべきだ」という人は愛されずに育った子供を知らないからその発想に至る。」というような喩えでもいいんじゃない?」


 「重すぎるわよ……。」


 「なんでも良いじゃんそんなの。当たり障りのないのが良ければそういうの選んだら。伝えたいことを一つに絞って、適切な喩えをする。そんだけよ。」


 美晴は美幸より四歳上で、教師としてのキャリアも長い。性格など合わないところはあれど、人間として、教師として学ぶべきところは多く、未だにそれなりの頻度で相談している。


 「喩えって難しいわね。」


 「何事も極めようと思ったら難しいの知ってるでしょ。精進しなね。」


 そうは言いつつも美晴も決して今の自分に満足せず、常に改善を続けている。どこまで行っても学ぶ道に終わりはない。生徒より少し先に学び始めただけのことだからだ。


 「さてと。片付けよっか。」


 「そうね。じゃあお皿引いといて。私はお風呂沸かしてくるわ。」


 標準語ではお皿は「さげる」である。関西人の中には標準語だと思ってる人がたまにいるので気をつけるように。


 「あいよー。よろぴくー。」


 こうして夜は更けていく。

フルオロニウムのくだり、ダルいですね。お許しください。一度やってみたかったんです。「説明しよう!」が……。

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