02 実力暴走
よろしくお願いします
魔王さまは耳が痛い
オーガの後ろから人間サイズの影が出てくる。
人数は五人。五人とも同じような灰色のローブを羽織っており、瞳は紅。肌は褐色。髪は白く、耳は尖っている。
ダークエルフだな。近接戦闘、魔法戦闘ともに優秀な種族だったはずだ。
第一部隊の隊員というのは、そこそこ精鋭と呼ばれる者たちで形成されているのかもしれないな。
ボソボソと詠唱を始めるダークエルフたち。少し待つと、町全体を覆うような、薄紫がかった魔法陣が上空に展開された。
「ふむ、探索魔法……このような作りになっているのか。これと逆効果、いやこれの穴をくぐるような……」
とりあえず、その場しのぎの偽装魔法を使う。
「ふむ、これで大丈夫そうだな」
魔法陣がゆっくりと降りてくる。勇者一行は、それを見ながら構え、民は頭を抱えて蹲っている。
魔法陣は、地面に付くと降りてきた時と同じように上がっていく。元の位置に戻ったところで、溶けるようにして消えていった。
ダークエルフの一人がオーガへ向けて話しかけている。
「町の民よ、協力を感謝する! お前たちも、ご苦労であったな」
その言葉で町の民と一緒に安堵の息を漏らした。勇者一行はさっきから構えたままだ。
しかし、勇者は武器を構えていないな。確かに、その必要もなさそうだ。
「しかし、勇者。アランといったか? お前は別だ。お前は勇者であって、この町のモノではないからな! 魔王さまの障害となるのであれば、ここで散ってもらう!!」
オーガは何処からともなく、その体に見合う槍を出現させた。見た目はごく一般的といえる形状の槍。
あれは槍自体に相当な力が宿っているな。
どこからともなく出現できるのは槍の特性なのだろう。
まぁ、何を言ってもあいつには宝の持ち腐れだ。
ん? というより、こいつは何を言っているのだ?
なんて考えているうちに、オーガが両手で槍を持ったかと思うと、一瞬で勇者との間合いを詰め一閃。当然というか、勇者が容易に止めてしまう。
魅せる止め方をするものだ。槍の先端を指で挟んでいる。凄いぞ、勇者。伊達に勇者はしてないな。
見れば、勇者が先頭。その後ろに大きな盾とメイスを持っている男とバックラーと剣を持っている女が並び、次に杖を持っている女二人が並んでいる。
陣形というものなのか。まあ、あの勇者一人でもなんとかなりそうなものだが……。
「皆、下がるんだ。エディッツと、ラニアは後ろの二人を全力で守ってくれ」
「おう! 分かったぜ!」
「分かったわ!」
盾持ち二人が後退し、同時に「ガード!」と叫んだ。盾持ち二人、杖持ち二人の計四人を半透明の板が囲む。
空間系魔法の応用だな。通常は目の前に展開させるだけなのだが、前後左右上下を囲んでいる。あの二人もなかなかにできるようだな。息もあっている。
「ふん、少しはやるようじゃないか。この槍を止めたのは貴様が初めてだ」
そう言って槍を引くオーガ。
んー、気に入らない。オーガの中で最強の種族と言われようが、オツムは普通のオーガと変わらないし、図体もデカイだけだな。
まあ、オツムについては私が言えたことではないが……。
「では、これはどうだ。ぬぅん!」
槍を腰で構えたかと思うと、目にも留まらぬ……いや、普通に見える。遅いくらいだ。
魔法で乱れ突きを拡散している。普通の人間なら避けることもできないだろう。
って、よく見ると建物や露店に当たっているじゃないか。先ほどの誓約書とやらはどうしたのだ。
「ハッハッハ! どうだ、速すぎて対処しきれないのか?」
「…………」
その攻撃を勇者はただ黙って受け続けていた。防御もせずに受け続けていた。
何をしているのだ、あの勇者は。
あー、なんなのだ。この胸の中に巡るチリチリとした焼ける感覚は。嫌な感じだ。
「勇者様が俺の攻撃に対処できないってんじゃあ、魔王様の足元にも及ばないな!」
「…………」
あぁ、勇者の態度にもチリチリとした感覚が……。
いや、それ以上にあのオーガだ。
チリチリしていたものが、ジリジリとなり増していく。
「おい、勇者。貴様、そいつなんかに負け……いや、そいつの攻撃なんてくらっても屁でもないのはわかる。だが、何故反撃しない?」
気付いたら勇者の後ろまで歩いてきていた。
「き、きみっ……君は……ふっ……指輪の……」
「えぇい、横から煩いな。少し黙っていろ」
私の近くを突いた槍を弾き返した。その反動でオーガが仰け反る。
弾かれると思っていなかったのか、攻撃を止め怒った顔で此方を見てくる。まあ、気にしない。
「何故、反撃しない? 我には分かるぞ。貴様なら一撃、いや、触れずともあいつを屠れたはずだ。何故、そうしない?」
「君は、凄いね。さっき会ったばかりの僕の能力が分かるなんて……」
「ふん。これでも魔王だからな。この角を見ろ。これが“証”だ」
角を隠している魔法を解き、勇者に見せる。
チラッと後ろを見ると、驚いている四人を窺える。
私、少し、愉快。
「ははは。君、魔王なのか。だからあんな指輪を持っていたんだね」
「指輪など今はどうでも良い。我の問に答えよ。何故、反撃しない?」
「反撃しない理由……そうだね。先ず一つ、気が済むまでやらせるつもりだった。二つ、町の修繕費や修復については僕がなんとかするつもりだった。三つ、そうすれば穏便に事態は治まると考えていた。これが、理由だよ」
「ふん、分かりにくいが分かりやすいな。三つめはあれか。我の介入により事は穏便に済まなくなった、ということだろう?」
「隠さず言えば、その通りだよ。でも、あの状況がどれだけ続くか分からなかったからね。止めてくれた君には感謝している。ありがとう」
「ふむ、礼を言われたのは初めてだな。ふふん。勇者よ、我は貴様を気に入ったぞ」
そう言って、いつの間にか膝をついていた勇者を見る。
鎧はボロボロになっていたが、徐々に修復している。マジックアイテムか何かのようだな。
ふむ、城と同じ機構が使われているのか。
「まさか、この鎧に攻撃を通してくるとは思わなかったよ。肌までは届かないよう、魔法で守っていたけど……。争うことが好きじゃないからとりあえず受けてたんだけどね……」
「我も争いというのは好きではないな。しかし、一方的にやられるというのも好きではないぞ? あのオーガ程ではないが少し不快だったとだけ言っておこう」
「ははは。自己犠牲をやめろとはよく言われるけど、不快だと言われたのは初めてだよ」
「以後、気を付けることだ」
「分かった。気を付けるよ」
ふん、と鼻を鳴らすと、勇者は苦笑しながら頬をかいた。
「おいおいおい! 俺のことを忘れてねえか? あまり俺を怒らせないほうが良いと思うぜ? 第一、てめえが魔王だぁ? 女だとは聞いてはいたが、まだちんちくりんのガキじゃねえか! 冗談は止めてくれよ。その角だって魔法か何かで見せてるニセモンだろ?」
「オーガよ。先ほどとは口調が変わっているぞ? 溢れ出る小物臭が心地いいじゃないか」
「んだと!?」
このオーガ、うるさい。ジリジリとしていた感覚がフツフツと、グツグツと湧き上がってくるものを感じる。ああ、不快だ。
「はっ! それになんだぁ? その寝間着は!? さっきの俺が言ったことを真似て、出てきた近所の魔族じゃねえのか? さっき槍を弾き返したのも、そこの勇者だろ? お前がそこに立っているのも勇者のおかげじゃねえのか? 偉そうな口を利いてる割には――」
私の中でプツン、と何かが切れる。いや弾ける。いや、なんなのだろう、この感覚は。どす黒い何かが溢れ出す。
本当にオツムが足りていない。近所の魔族が、捉えられることを分かっていて魔王を偽るわけがないだろう。それに、攻撃を弾いた相手が分かっていなかったとは、小物にも程がある。
「さっきから聞いておれば、好き放題言いよって。図体だけがお前の取り柄のようだな。はっ、有り難く思い、そして誇ると良い。貴様は、我に殺された第一の存在だと」
黒い何かが、胸の中ではなく体中から流れ出る。全身が熱い、焼けるようだ。
自分では意識していない言葉も出てくる。
「今からお前をコロス」
はは、誰だろうな。こんな言葉を発するのは……。
ああ、勇者。私は今、どうなっているのだろうか。
ふと、視線を勇者に向ける。
「ユウシャ――」
◆
僕の語彙力では、目の前で起こっている光景は言葉で表すことは難しいように思える。
勇者といえど、生きてきた年数というのは短い。そんな短い人生で得た拙い言葉で表現できるとすれば……黒。真っ黒だ。
黒い力の奔流が渦巻いており、近づくことすら敵わない。
寧ろ、常人なら意識の一回や二回は飛んでいる頃だと思われる。僕もギリギリだ。パーティメンバーも辛うじて耐えてはいるが時間の問題だろう。
先ほどの“魔王”と名乗る女の子。
初めて会った時から、察しは付いていた。偉そうな物言いも理由の一つだが、全身に纏っている“力”が、他の何よりも濃密で鮮烈なものだった。
数分前のこと。僕は魔王から指輪を投げられた。指輪を見てすぐに気づいた。この指輪は身につけている者の能力を偽装し、自分よりも低く見せることができるものということ。
それと、高くは見せることは出来ないとか。他には装備しながら指輪に向かって念じることにより、細かく調整できるなど、王都にある図書館の特別閲覧室で読んだ覚えがある。
たしか、初期状態は『最大限に低くする』という状態になっているそうだ。
魔王は、目の前で調整してないであろう指輪を外してみせた。
その瞬間、はっきり言って敵うわけがないと思った。後何十年、いや、僕の生涯を掛けても超えられるわけがない存在だと確信した。
今、その“力の塊”のような存在が暴走している。
『ア、アア、アアアアアア!!』
黒い力が出たと同時、魔王に突き飛ばされた。その時に見えた顔は、助けを求めているような、苦しげな表情だった。
もしかして、巻き込まれないようにしてくれたのか……? いや、まさか。
『ウウ、アア……ウウウウアアアア!!』
力の塊が苦しんでいる。
確かに、苦しいだろう。あんな小さな体に、どれだけの力を抑えこまれているのか。
流れ出している。
氾濫を起こした河川など目じゃない。川なんて、愛おしささえ感じる程だ。
「――!! なんだ、てめえ!!」
オーガのアーガスが叫んだ。
アーガスの方を見ると“力の塊”目掛けて槍を投げ……いや、投げようとした。
手から離れ、放たられると思われた槍。それは、その手から放たれることなく霧散した。
「な、なんだこりゃ! くそ、くそ!!」
何かを投げる動作の度に、オーガの手から剣、槍、盾、棍棒など様々な武器防具が放たれる。
いや、放たれるようとしている。それは現れたら消え、現れたら消えを繰り返し、“力の塊”に触れることはない。
「はぁはぁ……なんだってんだ」
アーガスは息を切らしている。
物理攻撃が得意なオーガが、あれだけの武器召喚をできるのは初めて知った。
エンシェントオーガというオーガの最上位種が存在すると先の図書館で読んだことはある。だが、その実態というのは明らかになっておらず。
一ページ丸々使っての内容は「オーガの最上位種。通常のオーガの数倍はあると推測されている。知能は人間並、又はそれ以上」のみだ。お粗末というか、なんというか……。
呆れて紙が勿体無いと思った記憶が強い。
武器を召喚して消されたのは、おそらく魔王の力によるものだろう。詳しくはわからないが、そう思えるだけの直感が僕にはある。
こんなことを考えている瞬間でも“力の塊”はじっとオーガを見ている。
はは、現実逃避しちゃいけないね。
『オーガ……コロス……シネ……』
遥か地底から響いてくるような声……いや、音だ。音が鳴り止むやいなや、明後日の方向へ“力の塊”から黒い何かが撃ち出された。
空へ向かった“黒い何か”は、町の結界など容易く破壊。そして、速度を落とすこと無く空の彼方へ消失していった。
“力の塊”から一瞬だけ目線を外し、オーガを一瞥すると、力に当てられたのか気絶している。
僕も気絶できるものなら気絶してみたいものだ。
パーティメンバーや町民には倒れている者もいる。
情けないと思うが、絶対的な力を目の前にすると、人間は生存本能というものが最大限に稼働するらしい。
今、すぐに、可及的速やかに。逃げ出したいという考えが浮かんでしまう。
『アアアアアア!! オーガ、コロス! シネ!!』
苛立たしさを表すような叫び声の後、壊れた音魔石のように、先程の言葉を繰り返した。
“力の塊”は“黒い何か”を吐き出し続けている。しかし、気絶して微動だにしないアーガスへかすりもしない。それどころか、明後日の方へ放ち続けている。
さっきの空に放ったものもそうだけど。もしかして、自分の力を制御できていない? いや、そうだとしても、このままじゃダメだ。
吐き出される“黒い何か”は建物の一部や、地面に穴を開けている。死人が出ていないように見えるが……。でも、これじゃ時間の問題だ。
「ま、魔王。駄目だ! アーガスを殺しちゃ駄目だ!!」
『ア……アア……』
オーガを見ていた魔王が僕の方を見る。はは、これは気絶できる。
魔王の目は、綺麗な紅い瞳も白い部分も真っ黒になっている。深淵、常闇。黒という表現ではぬるいものだ。その目に、そんな目に、今にも吸い込まれてしまいそうだ。
視線に捉えられているだけで、全身を圧迫され、刺され、捻られているような感覚が走る。
アーガスは凄いな。よく、こんな状態で抵抗できたものだ。
喉が渇いて声が上手く出るか不安だ。全身が粟立って汗が吹き出してくる。
「魔王……君は、本当にそれを望んでいるのか!? 僕を、撃たれ続ける僕を、咎めてくれたじゃないか!! 僕の……自己犠牲を罵ったじゃないか!! 君は、嫌なんだろう!? 争うことが、何かの死が……。そして、君は何かを殺すことを……望んじゃいない!!」
『ア、ア、ア……ウウ、……ダ!! シ……ダ!!!』
「!?」
見えない何かに吹き飛ばされ、露天のある建物に叩きつけられる。
全身を魔法で覆っていたのにも関わらず、なんて力だ。
「グッ……ガハッ……」
勇者になって、冒険者になって初めてもらう攻撃だ。
これは、骨と内臓がとんでもないことになっているな。分かる場所だけでも骨は二十以上、内臓は、うん、ぐちゃぐちゃだな。今直ぐに回復魔法なんてしても後遺症が残る程だな。
左腕なんて、変な方向に曲がっているじゃないか。
「と、とんでも……ないな」
逃げてもいいと誰かに言われれば、意識だけが勝手に逃げ出すだろう。
こんな混沌、今の世の中じゃ絶対に見ることは出来ない。
それよりも、いま何か喋ろうとしていたような……。
「まおう、きみ……うっ……」
血混じりの胃液が上がってくる。
ゼェ、ヒュゥと息が荒れる。こりゃ、ひどい。
「ま……おう……」
ああ、こんな小さい声じゃ聞こえないよな。
「……まおう!!」
『イヤ……ユウ……シャ……シ……ハ……イヤ……ダ!!!』
「!?」
いま確かに、死は嫌だと……。
それに、先程からあった“視線”が和らいでいる。
魔王を見ると、僕を突き飛ばした時と同じ顔をしていた。
目は黒いままだが、表情は変わっている。助けを求めるような、縋るような顔。
そんな顔をされると、守りたくなってしまう。
そして、助けたくなってしまうのが勇者……いや、男の性だ。
突き飛ばされたおかげで“黒い力”に呑まれずに済んだ。そして助けることの出来る可能性を見つけることが出来た。
……これは、賭けてみるしかないな
回復魔法を全身に掛ける。左腕は重点的に掛け、なんとか元に戻す。感覚は……なし。
息が整ったところで懐にしまっておいた、あの指輪を取り出し左手の適当な指に付ける。
詳しくは知らないが、この指輪には相手の力を抑制する能力もあるらしい。使い方は、どうにかなるだろう。違う、どうにかする。
指輪に意識を集中させる。未だ黒い何かを吐き出し続ける魔王に左手を構える。
「抑制、抑圧、制止、制御――」
思いつく“押さえつける言葉”を言い続け、念じてみる。
駄目だ。何も起らない。押さえつける言葉じゃないって言ったら?
物を“押さえつける”だろ? それと似ている言葉。物を……しまう……ん? しまう?
「そうか! ……吸収!!」
言葉に反応して指輪が光った。指輪に小さな魔法陣が展開され、魔王の周りを漂っていた“黒い何か”が、魔法陣を通して指輪に吸い込まれていった。
◆
長く、永い。黒くて暗い。どれだけの間、沈んで、漂っていたのだろうか。
いや、実際はそんな経っていないのかもしれない。しかし、長い。そう、感じるのだ。
時々、勇者の声が聞こえた。オーガとの話をするときのような大きな声ではない。何処か、遠く。手の届かない場所にいるかのような声。
いつの間にか俯いていた顔を上げると光が見える。光は何かを叫んでいる。叫ぶ度に明滅している。何処か遠くで、叫んでいる。光っている。
しかし、近い。そして、暖かい。心地の良い空気を纏っている。知っているぞ。この暖かい感じ。
「魔王……君は、本当にそれを望んでいるのか!? 僕を、撃たれ続ける僕を、咎めてくれたじゃないか!!」
『勇者の声にそっくりだな。初めて礼を言われた、あの声にそっくりだ』
「僕の……自己犠牲を罵ったじゃないか!! 君は、嫌なんだろう!?」
『ああ、大嫌いだ。自己犠牲だったり、命をとして戦ったりするのは大嫌いだ』
「争うことが、何かの死が……。そして、君は何かを殺すことを……望んじゃいない!!」
その通りだ。我はそんなもの、望んではいない。望む必要がないのだ。
死は……嫌だ。父上が居なくなったのも、“死”が原因だ。過去の勇者に殺された。いや、倒されただけなのかもしれない。しかし、確認することができない以上、そう思う他ないだろう。
殺されたかもしれない。しかし、それが運命であり自分の存在価値が如何なものかを父上は誇っていたと、よく見る配下は話していた。
我には分からなかったが、誇り高き魔王がそう言っていたのだ。だからその大部分を占めている勇者は嫌いじゃない。寧ろ好きだ。だが、死は嫌いだ。イヤなのだ。
死は――イヤだ。
『イヤ……勇者。死は……嫌だ!』
叫ぶと同時に目の前の光が大きくなり、“私”はその光に吸い込まれていった――
「…………」
気付けば、周りにある建物は半壊。立っているのは私と勇者のみで、その勇者も血まみれだ。
「……勇者、これは」
「あ、ああ……よかった」
勇者は酷く消耗している。あんな血だらけなのだから、それもそうだ。
「我は……なにを?」
「君は、自分の“力”の暴走で我を失っていたんだよ。今、君から貰った指輪で、その“力”を吸収した。……他には、特にないかな?」
そう言って、膝をつく勇者。咄嗟に支えようとしたが、うまく足が出ず転んでしまった。
その様子を見て勇者は苦しげに微笑む。
いや、他にもいろいろとあるだろう。
勇者も町もボロボロ。あのオーガは気絶しているし、周りの人間の意識もない。
町を囲んでいる結界は壊れ、雲は不自然に穴をあけている。コレのどこが何もなかったといえるのだ。
「勇者、本当のことを言え。あ、ああ、その前にその体をなんとかせねばなるまい……ん? なんだ……力が入りにくいぞ? ま、待ってろ、すぐに治してやるからな!」
立ち上がりながら、回復、治癒系の魔法を使おうとする。
しかし、どういうことか、力がうまく入らない。魔法がうまく使えない。
とりあえず、後に障害が残らないくらいは回復できたが、全快までは程遠い。
だが、これでしばらくは大丈夫だろう。おそらく、だがな。
違和感を覚え、自分の手を見ると左手の薬指に目がいった。そこには勇者に渡した指輪とそっくりなものがはまっている。
これは、なんだ? そういえば勇者が指輪で力をどうこう言っていたな。ならば、指輪を取れば……取れば……あぁ? 取れないぞ、これ。
「おい、勇者! 貴様、何をした!? それに、貴様の指についている指輪は……はっ!?」
勇者の指には私と同じものが付いていた。
思い出したぞ。父上は宝の説明を本に記していた。それを暇つぶしに読んでいた際、これについての記述を目にした覚えがある。
その本には『指に付けると、己の力を偽る。若しくは、相手の力を吸収する事が可能。前者では何も起こらない。だが後者の場合、掛けられた者は使用者と同じ指に、その指輪の複製が現れる』というものだ。
「さっき言った通り、君の力を指輪に吸収した。だから今、指輪を外して力を……力を……あれ?」
勇者は固まったまま動かない。指輪を外そうとしても外れないようだ。ちょ、ちょっと待て、このままでは私の力はどうなる?
「……これは、どうすれば?」
勇者がそう訊いてくる。
そ、そんなこと知らないぞ。
「ふ、ふむ。どうしたものか……」
これは、本当に、どうしたものか。
魔王さまはどうするつもりなのでしょうか。
更新頑張ります。