二日目 1
「……全然思い出さないなぁ。ちょっとからかいすぎて変な人に思われたかも」
「…………ん?」
何やら枕元で囁く声が聞こえる……誰だ?
体を起こすと、そこには誰もいなかった。
何故か、甘い香りだけがふわふわ漂っていた。
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「…………」
「…………」
さて、今日から本格的な修学旅行の開幕となるのだが……。
「あの……」
「何ですか?」
「やっぱり今日も膝の上に乗るんですか?」
「べ、別に、あなたの膝の上が気持ちいいだなんて思ってないんだからね!」
まさかのツンデレいただきました。こんな状況じゃなければ喜んでいただろう。さらに……
「えー……つ、次の場所は……」
本日のガイドはなんと桑野先生が担当するそうです。おい、働けや。タイトル崩壊するだろうが。
「えー、実は私は三日前に京都に一人で行き、事前に確認してきたのですが、あちらのコンビニで働いてる若宮さんは非常に可愛らしい方で……お釣りを渡す時には手を添えてくれる優しい接客が……」
桑野先生……いえ、エロオヤジ。そろそろ恥を晒しにいくのは勘弁してください。てか、観光地紹介しろよ。
しかし……改めて考えると、とんでもない状況だ。
日本を代表する観光地・京都で、バスガイドのお姉さんが膝に乗っかっている。ちなみに、何故か誰も気にかけない。おかしい。俺の計画なんてまるっきり無視じゃないか。まだ修学旅行始まってから、まともにクラスメートと話せていない。船の中では、気疲れからかあっさり寝落ちしたし、今はこの状況だ。はぁ……やっぱり、いい匂い。じゃなくて!
「あの、目的は何でしょうか?そろそろ教えてくれないと、心が太平洋より広い俺でも、そろそろ怒りそうなんですが」
「いえ、怒りたいのは私のほうです」
「何で!?」
「理由は自分の胸に聞きなさい」
「えっ?何この理不尽……」
「ねえ、京都の街……素敵よね」
「話の逸らし方がこの上なく雑すぎるんですが……」
「別にそんなつもりはないの。ただ、せっかく二人きりなんだから、とりあえず景色の一つでも楽しまない?」
「いや、そもそも二人きりじゃないし……」
なんかこの人……かなり親しげな態度になってきたな。別にいいけど。
ただ、そろそろ勘弁して欲しいことが一つ……。
さっきから、柔らかな感触が気になって仕方がないといいますか……少し気になりだしたら、頭の中をずんずん侵略してきたといいますか……
「♪~」
「あ、あの……」
「何でしょうか?」
「いえ、あのですね?俺も健全な思春期男子なんですよ。なので、あまりこういう接触をされると……」
「ああ、私はそういうの気にしないから」
「こっちが気にしますよ!」
「いいじゃない。観光名所くらい中腰で回れば」
「そんなの嫌すぎる!!」
「ふふっ……私は気にしないけど」
「でしょうねえ!」
「あっ、着いたわ」
気がつけば、既に第一の目的地に到着していた。
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「ここが清水寺かぁ……」
テレビでは何度も見た事があるけど、やはり生で観ると迫力が違う。あとこの観光名所特有の雰囲気。人が多いのもあって、お祭り好きとしては胸が高鳴らずにはいられない。
「嬉しそうね」
「そりゃあもちろん!この日の為に高校生活を過ごしてきたとしても過言じゃありませんから」
「そう……人生最後の修学旅行、精々楽しんでね」
「何すか、その嫌すぎるエール……いや、確かに人生最後ですけど。てか仕事しなくていいんですか?」
「あっ……」
「…………」
マジか。どんだけフリーダムなんだよ、この人……いや、今さらだけど。
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「はあ……なんだか君を清水の舞台から放り投げたいわ」
「バスガイドの台詞じゃねえ!」
てかさっきのくだりからして、一旦仕事に戻るべきじゃねえのかよ。びっくりするわ。
「ほら、普通に現地紹介しても、下調べしてる人からしたら「もう知ってるわ!」ってなるし、下調べすらしない人からしたら「いや、そこまで興味ないんで」ってなるでしょ?」
「……た、たしかに、そんな気がする」
「それに、私は見た目は抜群だから、いるだけで修学旅行の思い出に華を添えられるからいいの」
「…………」
すげえ事言うな、この人。いや、確かに美人なのは認めるけれども……さっきからチラ見していく奴多いし。
とはいえ、この人十中八九頭おかしいし、できれば行動を共にしたくないんだが……どうにか撒けないものか。無理か修学旅行だし。単独行動いくない。
「ねえねえ、赤崎君。写真撮ってくれない?」
「え?べ、別にいいけど」
記念写真イベントキター!!
まさかのクラスメートの女子からの写真のお誘い!もう何枚でも撮っちゃう!
「はい、これ私の携帯。じゃあお願いね」
「…………」
うん。知ってた。知ってたからね。だって『私と』って言わなかったもん。
一人で恥ずかしい思いをしていると、急にバスガイドさんが気になった。あの人に見られてたら、絶対に変な事言われそう……。
そう思い、こっそり隣を見ると、バスガイドさんは、あっちを向いて必死に笑いを堪えていた。