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ハムエッグとパンのお話。

作者: 東京 澪音

六畳一間。

それが僕と彼女の小さなお城だった。


まだ十代だったし、生活も結構ギリギリで、財布の中身はジャリ銭が随分と幅を利かせて、懐具合は寒くお札なんかは少ししか持ち合わせてなかったけど、互いを思いやる心だけはいつも持っていた。


近所のスーパーマーケットは、毎週火曜日に特売をするんだけど、僕らの狙いは1パック98円の卵。

お一人様1パックまでなんだけど、二人で1パックづつ買うとそれが大体一週間の朝ごはんのメインになる。


卵は1パック10個入りで、毎朝1個づつ食べても3個余る。

二人で1パックづつ買うから、6個余る計算になるのだけど、これは大体晩御飯に回ったりした。


卵ってのは結構万能だから、色々な料理に使われているしね。

僕ら二人にとっては結構重要な食材な訳で、卵を切らす事だけはなかった。


後は、見るからに身体に悪そうな合成着色料たっぷりっぽい色の安いハムと、12枚切りの食パンを買うのがお決まりだった。


朝は二人で朝食を作る。

”キッチン”なんて、そんな洒落た呼び方なんて出来ないほど狭い台所だったけど、肩が触れ合う距離感が今思えばとても居心地が良かったように思える。


メニューは毎朝同じで、1パック98円の卵と、着色料たっぷりな赤々とした皮の薄切りハムのハムエッグ。12枚切りの食パンを1枚づつお皿に添えたら、インスタントコーヒーをブラックで。

あ、彼女は甘党だったから、ミルクを大さじ2杯と砂糖大さじ3杯入れてたっけな。


今思えば、よくも毎日飽きもせず毎日同じ朝食を食べてたもんだ。

でも当時の僕にはそれがとても美味しいものだと感じられてた。


小さなテーブルに向かい合わせで座ってさ、互いの膝が当たる度に彼女からは笑顔がこぼれてさ・・・。


終わらない絆を信じていた二人だったけど、互いの仕事が忙しくなるにつれ、少しづつすれ違いが生まれて、僕と彼女の慎ましい生活はそれから少しして終わりを告げた。




あれから何年か経って、あの頃とは比べ物にならない位生活は変わったけど、あんなにも楽しく充実した時間は今は何処にもない。


毎朝同じ時間に起きて、毎日同じ電車に乗る。

同じような仕事をこなして、同じような時間に帰宅して・・・。


永遠に狂いが生じる事がない、正しく時を刻み続ける時計の歯車の様にさ。僕の生活は今なんの変化もない淡々としたサイクルで回り続けている気がする。




今日、ね。

あの頃の事を思い出して、卵とハムと12枚切りのパンを買ってさ。

あの頃みたいにハムエッグを作ってみたんだ。


卵もハムもあの時と同じ値段じゃ買えなくなってたけど、出来る限りあの頃と同じ様に、ね。

でもさ、あの頃と同じにはどうやってもならないんだ。


六畳一間の小さな部屋の、狭い台所に置かれた小さなテーブル。

そこには彼女がいて、いつも笑顔が溢れてて。


どれ一つ欠けてもダメなんだ。


衣・食・住。


今の自分に見合うであろうそれなりの生活は送れているけど、そのどんなことよりも彼女と過ごした時間が何よりも掛け替えのない時間だったって今更ながら気が付いたよ。


今頃彼女はどうしているんだろう?


そんな事を考えながら食べたハムエッグとパンは、やっぱりあの頃と同じものではなかった。


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