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目が覚めたら朝だった。
魂だけになっても“寝る”んだ・・・。
なんか不思議。
私は実家に戻ってみた。
お葬式をしている。
もちろん私の。
会社の上司や同僚、大学時代の友達や先輩、後輩も来てくれていた。
そして康成さんも・・・。
お葬式まで来てくれたんだ。
別に良かったのに・・・。
昨日のキスシーンを見てから康成さんへの想いは一気に冷めた。
あーぁ・・・こんなコトなら別れてくれって言われた時に
一発くらい殴って水でもぶっかけてやればよかった。
なんだか沸々と怒りが込み上げてきた。
かと言って、魂だけになった今・・・なんにもできない。
ふと、家族がいる方に目を向けると一人の男性が
お父さんとお母さんに土下座をする形で深々と頭を下げていた。
・・・あの人誰だろう?
私はその男性に近づいた。
「・・・本当に申し訳ありませんでした。」
その男性は涙を流して何度も何度も謝っていた。
何故こんなに謝っているの?
「どうか頭を上げてください。」
「あなたのせいじゃないんですから・・・。」
お父さんとお母さんは泣きながらその男性の手を取った。
「警察の方から、事情は伺いました。」
「娘の方の不注意なんですから・・・。」
両親の会話から、この人が私を車で跳ねた人なんだと直感した。
そうだよ・・・。
私がふらふらと道路に出ちゃったから・・・。
それからその男性は、康成さんと同じ様に私の遺影をじっと見つめた後、
お焼香をして、最後に両親と綾音、瑛悟に深々とおじきをして実家を後にした。
私はその男性の事が気になって、後をつけた。
見えるはずもないし、絶対に気付かれるはずもないのに
2,3歩下がったところを歩く。
駅から電車に乗って、私のアパートの最寄り駅の隣駅で彼は降り、
駅から程近いなんだか高級そうなマンションの一室へと入っていった。
いつも電車から見えてたマンション・・・
ここに住んでるんだ・・・。
私は男性の後を追って、ドアをすり抜けて中に入った。
そして、中に入ってびっくり。
佐伯さんのマンションも広くて綺麗だと思ったけど、
ここはもっと広くて綺麗だった。
康成さんの部屋よりも広いかも・・・?
いや、広いな。
男性は寝室に向かうと疲れたようにベッドにすとんと腰を下ろした。
そして喪服の上着を脱ぐこともネクタイを緩めることもしないまま
サイドテーブルに置かれた写真立てに視線を移し、
「ナル・・・。」と呟いた。
え・・・。
“ナル”・・・?
彼は写真立てを手に取ると、今度は静かに涙を流しながら
もう一度「ナル・・・。」と小さく呟いた。
“ナル”・・・
私も昔そう呼ばれていた。
・・・とある人に。
私はゆっくりと彼に近づいて、後ろから写真立てを覗き込んだ。
この写真は・・・!?
どこにでもある集合写真。
だけどその前列の中央に大学時代の私がいた。
私は大学の時、野球部のマネージャーをしていた。
彼が今、手にしている写真は私が大学2年の時の夏の合宿の時に撮ったもの。
この写真は私も持っている。
今は実家に置いてあるけれど・・・。
どうして、彼がこの写真を持っているの?
この写真に写っている中で“ナル”と呼ばれていたのは私だけ。
そして・・・その私の事を“ナル”と呼んでいたのは・・・
ただ一人。
私は、彼の顔をゆっくりと覗き込んだ。
・・・やっぱり。
広瀬先輩だ。
いつも私の事を“ナル”って呼んでくれていた人。
大学時代、私が密かに想いを寄せていた人。
先輩が卒業してから一度も会うことはなかったけれど
まさか、こんな形で再会するなんて・・・。
しかも、私を跳ねた人が先輩だなんて・・・。
「ナル・・・。」
先輩は写真の中の私を指で優しく撫でてくれた。
そして写真の中の私に「ごめんな・・・。」と声にならない声で
謝っている。
何度も・・・何度も・・・。
先輩は泣いてくれるんだね。
それに・・・私が死んだのは自分のせいだと思ってる。
そんな事ないのに・・・。
先輩のせいじゃないよ。
先輩は優しいからね・・・。
私は先輩の隣に座ってそっと頬に触れてみた。
だけど触れられるはずもなく、何度触れようとしても
するりするりと私の手は先輩の顔をすり抜ける。
ごめんね・・・先輩。
私・・・先輩の涙も拭ってあげられない・・・。
なんにもできない・・・。
しばらくして先輩は寝室を出て、リビングの方へと行った。
私は後を追う事せず、ベッドの上に寝転んだ。
何もできないから・・・。
先輩の温もりが感じられる気がして・・・そのまま目を閉じた。
明日こそは・・・成仏しちゃうかな・・・?
明日・・・目が覚めたら・・・
先輩・・・
最後に、また会えて嬉しかったよ・・・。
ホントはお互い笑って再会したかったけど・・・。