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次の日、お通夜に康成さんが来た。
けど、全然悲しそうじゃない。
目も赤くなっていないから、ここに来る前泣いてたワケでもなさそうだ。
私の前でも涙を見せる事をしなかったから我慢してるのかな?
康成さんは私の遺影をじっと見つめた後、お焼香をした。
そして私の家族にもフツーに挨拶をして帰っていった。
でも・・・、泣かないんだね?
昨日、別れたっていっても一応元恋人なんだし、
少しくらい泣いてくれたっていいのに・・・。
・・・このまま後を付いて行って見ようかな。
そうすれば彼が泣くところを初めて見られるかも。
私の小さな悪戯心に火が点いた。
私は彼と一緒に歩いていたように彼の右側に並んでみた。
当然だけど、康成さんには私が見えていない。
車で来ていた康成さんは運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
私はどうやって車に乗ろうかと考えた。
ドアに手をかけてみるけど掴めない。
・・・というより、すり抜けてしまう。
あ・・・すり抜けられるんだ?
私はドアをすり抜け、いつものように助手席に座った。
シートベルト・・・できないな。
・・・て、もう死んでるんだからしなくてもいいか。
相変わらず、なんにも“モノ”がない車内。
以前、私が小さなぬいぐるみを置こうとしたら、
「余計な物は置きたくないから。」って怒ったよね。
少しくらいは“私の分身”を置いてくれたっていいのにって思ったっけ。
私の実家からは彼のマンションまでそう遠くない。
少しの間のプチドライブ。
隣には見慣れている康成さんの横顔。
こーゆー真剣な顔をして運転してるトコすごく好きだった。
30分くらい走っただろうか・・・もうすぐ彼のマンションに着く。
この先の角を右に曲がって・・・
・・・て、あれ?
康成さん?
どうして左に曲がったの?
もしもーし。
私は康成さんの目の前で掌を振ってみた。
けど、全然気付いてくれない。
あー、そうか・・・見えてないんだった・・・。
まぁ、そのうち道を間違えたコトに気付くよね。
私はプチドライブをもう少しだけ楽しむ事にした。
だけど、康成さんは自分のマンションへは向かわず、
私の知らないマンションの駐車場へと入っていった。
え・・・?
なんでこのマンションに入ったの?
彼はそのまま車を降りて、エレベーターに向かった。
私も急いでその後を着いて行く。
康成さんは慣れた様子でエレベーターのボタンを押して、
少し壁に寄りかかった。
5階・・・?
5階に何があるの?
誰かの家に遊びに行くのかな?
喪服のままで?
エレベーターを降りた彼はまるで自分の部屋に帰るみたいに歩き始めた。
どこ行くの?
・・・と、ある部屋の前で彼は足を止めた。
ここ?
誰の部屋?
彼がインターフォンを押して、「俺。」と言うと、
中から出てきたのは・・・
佐伯千鶴。
私の1年後輩の同じ会社で働く受付嬢。
「おかえり。」
彼女はにっこり笑って彼を出迎えた。
おかえり?
それって・・・どーゆーコト?
「ただいま。」
康成さんはそう言うと部屋の中へ入った。
ドアが閉められ、私はそのまま立ち尽くした。
あ・・・閉め出された。
・・・て、・・・すり抜けられるんだった。
私はドアをそーっとすり抜けて中に入った。
綺麗な部屋・・・。
私のアパートとは大違い。
お邪魔しまーす。
靴は・・・脱げないか・・・。
奥に行くとリビングで喪服の上着を脱いでネクタイを緩めている彼がいた。
ソファーに腰を下ろし、ふぅーっと息をつくと
「・・・しかし、まさか死ぬだなんて思わなかったな。」
と、煙草に火をつけた。
「・・・あ、煙草・・・やめて。」
彼女にそう言われ、康成さんはハッと何かに気がついたらしく、
「あぁ・・・そっか・・・ごめん。」
と、すぐに煙草を灰皿に押し付けて消した。
佐伯さん、煙草の煙嫌いなのかな?
「悪阻・・・大丈夫か?」
悪阻・・・?
佐伯さん・・・妊娠してるの?
「うん・・・今は平気。」
佐伯さんは、そう言うと康成さんの隣に腰を掛けた。
「千秋さんにはなんて言ったの?私達の事。」
「何も・・・。」
「彼女・・・何も聞いてこなかったの?」
「あぁ・・・俺が別れてくれって言ったら、それっきり何も。」
「まさか・・・あなたと別れたのがショックで実は自殺とかじゃないわよね?」
「・・・どう・・・かな?」
そりゃ、ショックだったけど別に自殺じゃないよ?
佐伯さんは不安そうな顔で康成さんを見上げていた。
そしてその彼女の不安を消し去るかのように優しくキスをする。
あぁ・・・そーゆーコトか。
やっとわかった・・・。
佐伯さんのお腹の子は康成さんの子で、彼女が妊娠したから
私は捨てられたんだ・・・。
康成さんは二股をかけてたってワケね。
どうりで車の中に“私の分身”も置かせてくれないはずだ。
そんな人が私の為に泣く訳がない。
私が死んだからといって、悲しむはずがない。
・・・もうこんなトコにはいたくないな。
私はバルコニーへと出た。
6月のやさしい風が吹いて、そのまま体を預けてみた。
体・・・と言えるのかどうかわからないけれど。
ふわりと風に乗って体が宙に浮いた。
このまま風に任せてたらどこに着くかな・・・?
しばらくの間、ふわふわと風に乗っていると
いつの間にか自分のアパートに帰っていた。
ヘンなの。
死んでからも律儀に帰って来るなんて。
あたしはドアをすり抜けて中に入った。
真っ暗な部屋。
昨日まで自分が住んでいた部屋なのにものすごく
ひんやりとした空気を感じる。
成仏しちゃったら、もうこの部屋に帰ってくることもないんだな・・・。
私はベッドに寝転び、目を閉じた。
さっき見た康成さんと佐伯さんのキスシーンがちらつく。
大好きだった康成さんに二股をかけられていた・・・。
そして、康成さんは私じゃなくて佐伯さんを選んだ・・・。
しかも、理由ができちゃったって・・・。
私・・・死んでよかったのかも・・・。