8:門番:ドモヴォーイ(3)
「これで手続きはすべて済んだ。良い仕事が見つかるといいな」
門扉の前で記帳を終え、通行手形たる鑑札を返却しドモヴォーイは男――アルマムベトに語り掛けた。彼は変わらぬ仕草で小さく頷いた。背筋は伸び、穏やかな視線、いくぶんかはリラックスしているようだ。まあやっと門番から許可を受けた訳になるのだから当然かもしれない。そして人騒がせなジャバウォーキは傍らの地面に座り込んで唾を吐いていた。苦虫を噛み潰したよう――少し前のドモヴォーイと表情をまるっきり入れ替える立場になっていた。そしてぶつぶつと呟いている。
「胸部装甲板がばっつり割れちまった、修理代にいくらかかるんだか――」
「自業自得だなジャバウォーキ、いままでお前はたくさんの機体に対して傷を付けて、そう言ってきたのだから」
「うるせえ」
そう毒づいて、そのまま「糞が」とぶつぶつ言っている。変わらんなこの男は――3年前、曲りなりにも同じように門を守る立場に立つことになった、それからというもの毎日顔を突き合わせているというのにずっとこんな調子だ。成長が無い。腕は悪くないのに素行が悪い、そしてその事に思いもよらないのだ。だからドモヴォーイはため息ともいえぬ息とともに応対せずにはいられない。アルマムベトは何も言わない。ジャバウォーキは毒づいている。だからドモヴォーイが代わりに口を開く。
「とにかくこの街――ヌワコット(七つの丘)は、強く、品性の卑しからぬ機士ならいつだって歓迎している。交易隊の中継地でもある、きっと良い仕事先が見つかるだろう。ゆっくりしていってくれ」
小さく頷き、黙礼し、城壁内へと入って行くアルマムベト。入る直前、彼がぶるりと身を震わせたように感じた。大門を開け、大鎧で入場しているというのにそんな印象を受けるとは――ドモヴォーイは心の中で苦笑を浮かべながら大鎧の背中を見送った。不思議な男だ。できることなら少し長くこの街に滞在してほしいと思った。そのうえで、あの男の仕事ぶり、評判をしっかり確認しておかねばなるまいと思った。それは今後の人物評価眼の糧になることだろう。
先ほどアルマムベトが答えた入国の目的は、彼の佇まい同様にちょっと変わっていた。普通、交易都市に入国する際に誰もが答えるよくある理由は「商品の売り買い」「仕事探し」「仕事の途中に立ち寄った」というものになるし、そのような会話になる。まあ都市に血族がいるなら「親族との面会」ということもあるだろう。だがアルマムベトはそれらの言葉で答えることはなかった。
「――約束を果たしに」
詩的だと感じるべきか、不穏だと感じるべきか。それはさておき、あえてドモヴォーイは「仕事のための入国」として処理をした。約束が何にせよ、それをこなすためには、それを終えるまでは食べねばなるまい、となれば都市内でなんらかの仕事に従事するに違いない――うむ、間違ってはいない。そうドモヴォーイはそう結論付け記帳したのだった。
何とも分析しがたい――無口で、実力があり、抑制された感情、どことなく人を惹きつける風情の――男がこの街で何を行うにしても、あれだけの機士があれだけ悪目立ちする老朽機にて入国したのだから、まちがいなく人の噂に上るだろう。そして少なからぬ騒動の種になるだろう。ドモヴォーイはそれを確信し、今夜にでもそれとなく妻に尋ねておくことを決めた。まあ噂話好きの妻のこと、こちらから聞かなくても噂を集めて話してくれるかもしれないが。
その時、ドモヴォーイは胸の高鳴りを感じていた。門番としてはふさわしからぬ感情であり判断であったとドモヴォーイは理解していた。それらを全て感じながら、ドモヴォーイはゆっくり門扉を閉めた。
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