6:門兵:ジャバウォーキ(1)
いい暇つぶしがやって来た。
ジャバウォーキはそう思いながら、皮袋の麦酒を――えらく薄めたものではある――を口に含んだ。飲んだ気はしないが、そういった堂に入った仕草が「強面」の門兵としての評判を上げているとジャバウォーキは知っていた。その仕草が、下手をすればドモヴォーイよりも細くみられる体躯で舐められないようにするために必要な仕草であると知っていた。
ジャバウォーキはここの生まれではない。ここより北にある、とある騎馬民族の出身だ。部族の誰よりも早くに騎馬に乗り、部族の誰よりも身が軽く、部族の伝承にも伝わったことがないほどに「腕が長かった」。痩身ながら素早く長弓を引くことができ、かつ遠くの敵をフレイルで打ち倒せるジャバウォーキは、部族の誰よりも尊大であった。そして「早駆け祭り」の最中、部族長の息子との競り合いにおいて、その息子を落馬させ、死に至らしめた際には誰もジャバウォーキを庇わなかった。乗馬の鬣と、戦士の長髪と、一族の名を奪われ草原に放逐された彼は、やがて隊商に拾われその下働きや護衛の真似事をして糧を得た。そして隊商路の中間地点を東と西に行ったり来たりとする生活を数年続け、やがて強力な強盗団の襲撃において隊商が皆殺しに会った時、盗人どもが使っていた獣機「ジャバウォーキ」を盗み出すことが出来た時、隊商護衛を止め、隊商路にある城塞都市での生活をするようになったのだ。その時に名前も手に入れた、機体と同じ名を自らに付けた。獣機ジャバウォーキ乗りの「ジャバウォーキ」、長い腕と冷たい瞳のジャバウォーキ。いつも舐めるように薄めた酒を飲むジャバウォーキ。それが俺だ。
さて、食い詰め者の機士が来た。新たにここに士官に来た機士が来た。機士か――くそったれだ! 機士は皆、獣機士を蔑む。機士と獣機士でどれほどの違いがあるというのだ! ここの機士団長であるくそったれなヴォーロスも、その部下たちもみんなそうだ! だから俺はもう3年もここでこんな仕事をやっている。馬鹿馬鹿しい。たまに来訪する機体を叩きのめしでもしなければやってられない。そうして力を誇示していれば、いつか街の住人も、機士の奴らも、この俺ジャバウォーキのことを見直すに違いない。正規機士として認めるに違いない。
しかしまぁ貧相な機体だ。傭兵の乗機となればそれこそ身ぎれいに飾り立てるものだ。たとえ長距離を移動してきたとしても、街に入る前に支度はするだろう、そうでなければ入れない、入る意味がない。身ぎれいに仕立てて「我こそは当代随一の乗り手なり、見て確かめよ素晴らしき我が乗機」とアピールしてこそ商売が始められるというものだ。そのように大言壮語を吐かなければ、誰もその身を買ってはくれぬ。祭の夜の娘っ子や娼婦と一緒だ。飾り立て、魅力的に見せねば誰もその中身も魅力的だとは思わない。賢いジャバウォーキはソレを知っている。そしてあの貧相な衣装の男はソレを知らないということだ。阿呆が。
ジャバウォーキは城壁の上から、見張りの馬小屋屋根をめがけて飛び降りた、次に休憩小屋の屋根の梁を軋ませて、次に地面に飛び降りた。それぞれ高さは3~4mほどもある、それを次々に飛び、地面に這いつくばった姿はそれこそ爬虫類じみていた。ドモヴォーイを慄かせ、その影響力がアルマムベトと名乗ったその男にも伝わっていると信じ、ジャバウォーキはそのまま男に近寄った。ねめつけるように視線を向け語りかけた。
「やあやあ機士の兄さん、遠くからご苦労さんだ。だがこの街で仕事を探す前に、この門を通る前に、このオレ「ジャバウォーキ」さんに挨拶が必要なんだ、機士なら分かるだろ?」
「おいジャバウォーキ……」
ドモウォーイが口を開く、それをジャバウォーキは片手で押しとどめる。
「もちろん断るのこともできる、門番はそこにいるからな。だがこの俺ジャバウォーキは不埒な機士や、役立たずの機士を排除するためにここにいる。機士なら分かるはずだ「役割を果たすため」に存在する意味を、な」
機士ならば、力ある者ならばこそ果たす義務、それを耳にしたのはいつの頃だったろう。子どもの頃の寝物語に、祭りの楽師や酒場の歌い手に、芝居小屋での筋書きに、そして遠い戦話に耳にした耳触りの良い言葉。ジャバウォーキーには決して背負う事の出来なかった言葉を使って語りかける。糞が。
男――アルマムベトはこちらを見つめている。アルマムベトは少しだけ考えた表情の後に頷いた。
「よろしい! 話の分かる兄さんだ」
「おいジャバウォーキ!」
「黙ってろよドモウォーイ、これは機士と機士の話し合いだ。それによってお互いが納得したんだ、お前がでしゃばるものじゃない、だろ?」
苦虫をかみつぶしたような表情のドモウォーイを横目にジャバウォーキはアルマムベトをもう一度観察する。うむ、このお人よしの古びた機士なら楽勝だ。
「オレが兄さんの実力を測る。ご存知のとおりこの街は機体を生み出す女神がいる。既に21の機体と機士がこの街を守護しているし、隊商護衛の仕事で同行した機体もたんと入国している。ここに兄さんの老朽機――おっと失礼、そのような大仰なモノを街に入れて良いものか、本当に国に必要な人材かどうか、それをここで量らせてもらう。俺を倒せたらソレでよし、兄さんは胸を張って街に入る。オレに敗れたら――その時は街でこう言うんだ「門兵のジャバウォーキさんには及びませんが、しっかり働くので仕事を下さい」とな、どうだ?」
いつもの前口上。こうしておけば門番機士のジャバウォーキの名も高まろうというものだ。約束を果たしているならよし、いずれはこのオレの腕は高まり、いずれ見込まれ正規機士としての仕事が来るだろう。約束が果たされていなければ、それはそれ、見つけた際には酒代が浮くというものだ。
ドモウォーイはまたかという表情で気の毒そうな視線をアルマムベトに向けている。ジャバウォーキは胸を張って告げている。アルマムベトは再度小さく頷いた。
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