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4:門番:ドモヴォーイ(1)

 一風変わった男だった。


 いや、その男とその男が操る機体ヒトガタは一風どころかどこもかしこも変わっていたと言うべきか。男の身に付けた擦り切れた衣類だけを見れば「流民」、傷だらけの機体だけを見れば「食いつめ者」という特徴になる。そうなれば強力な武力を持つ「乗機持ち」が近づいたのだからドモヴォーイも街への危機感を持って対応すべきだった。食い詰め者のやけっぱちさと粗暴さは、傲岸不遜な山賊と変わらないのが常である。そしてそのような状況に立たされても、ぎりぎりの自制心と矜持を持つ者ならば「立派な傭兵」という事になり街の住人としては歓迎できる。それを入国鑑札の確認とともに見極めるのがドモヴォーイの仕事だ。


☆☆☆☆☆


 ドモヴォーイは門番だ。

 交易城塞都市ヌワコットの門を見張り続け既に30年を超えた。しかも彼は生粋であった、門番の一族として生まれ、門を遊び場として過ごし、門で妻を見つけた門番だ。門を見ながら亡くなり、門の傍に墓所を望む、気骨の入った門番であった。門を利用する近隣住民からは「あれは筋金が入ったどころじゃない、筋金しか入っていない」と言わしめるほどに生粋であった。開門の鐘の前にはそこに居り、閉門の鐘まで常にいる。「ドモヴォーイは門に生えている」と言われるほどの門番であった。言われた場合は「儂は裏門に5年、西門10年、その後は正門に60年生えていた」と返すほどの門番であった。それらの経歴は祖父と父の経歴を重ねていた、それ以前の家族の経歴をドモヴォーイは知らない。


 その彼が、門番の一族として生を受けたということ以外に唯一、人に誇れることは「その人物の素性を理解する」というものだ。人を見る仕事である。都市に災いをなすものは入れられぬ、住民以外ならば手数料を払わずに通すこともできぬ、持ち込み禁止品は数多くあり、その種類も大きさも多種多様だ、それらをしっかり見定めねばならぬ。数もこなさなくてはならぬ。彼は頑迷な精神でそれに臨んだ、それ以外を望まなかった、それは彼の人生そのものであった、それゆえに彼は「見通す目」を持つようになった。

 若い頃はわからなかった。しかし妻を持ち、その妻ビーハが市場や宿屋で仕入れる噂話を夕食時(もちろん閉門の鐘の後である)に語って聞かせてくれるようになってから、彼は自身が門の内側へ招き入れた人物がどのような者であったのか、立派な行商人であったのか、業突く張りの悪徳商人であったのか、大麦や野菜を運び込んだ農夫とその妻女が善人であったのか悪人であったのか、細工職人の技量のほど、毛皮商の羽振り、なめし皮の出来栄え、旅の僧侶と尼僧がどの程度の徳の持ち主であったのか、旅芸人一座の興業の実入り、衛士にと希望した傭兵の腕前と素行……そういった様々な「結果」を聞くにつれ、彼の「目」は高まった。

 そのドモヴォーイの目をして、男の素性、その目的が分からず、見極められなかった。


 まず、何故に傷だらけの機体をさらすのか、晒しているのかが分からない。

 別に大破しているわけでは無い。戦働いくさばたらき直後ならば傷も分かる、それは雄々しく働いた証になろう。だが新たな土地で仕事を、雇用や士官を目指しているとなれば、自らの技量とその機体について、実力を強く量ってもらうために派手な演出をするのは、雇われ業界では常識だ。だからこそ、傭兵は誰も彼も皆一様に派手な装飾と声高な宣伝文句を引っ提げて現れる。目に鮮やかな色とりどりの飾り布、垂らし布、糸房、己こそが強者であり戦場の覇者であると、それこそ山の向うからでも見えるように見栄えよく。その土地の領主に目につくように。まさしく騎士のごとく鮮やかに、それこそ祭りの飾り立てのごとく――もちろん無骨さから押し出す威圧の表現というのもある、かの有名な「ストリーボグ鉄鎖団」と呼ばれる伝説級の傭兵隊は、所属機体全てが闇夜のような黒鋼で、その縁取りには鎖を編みこみ、行軍の際に立てる「じゃらじゃら」とした音は、彼らと戦ったものならばその音を聞くだけで逃げ出すと言う。何しろ鉄鎖団の機士たちときたら、同数の傭兵隊相手であれば1機たりとて欠落することなく、3倍の相手とでも互角、撤退させるには10倍の数の機体を用意する必要があるとかなんとか。そんな傭兵団に類するなら――いや、思考がそれた。


 傷だらけ、砂色のその機体は大鎧で、艶やかでなければ武張った雰囲気も全くなく、静かにこの門扉までやってきた。遠目からも分かるその「おとなしげ」な動きときたら、まるでそこらの農夫か商人のように見えた。大鎧となればその仕草はとても人間じみて見えるものだ。そのうえそれこそヒトが歩いてきたかのような物音だけで――いやさすがにそれは言い過ぎか、人の6倍の背丈を持つ乗機ならばさすがにそれ以上の音はする――その稼働音に違和感を覚えさせないほど物腰静かに、穏やかに、大鎧は門扉まで歩を進めてきた。そしてこれまた静かに乗機に駐機姿勢を取らせると、こちらから申し出るまでもなく男は降機し、ドモヴォーイの眼前に姿を現したのだ。


 大鎧から出てきた男の、その人物外見だけなら一瞬まるで「僧」のように思えた、もしくは「修験者しゅげんじゃ」。華美とは正反対の衣装、立ち振る舞いは静謐、表情は穏やか、だが確固たる信念を感じさせる芯ある瞳。しかし「乗機」を伴って降りてきたとなれば「騎乗者」である、僧や修験者であるはずもない。いや、噂では、はるかはるか遠方では僧や聖職者が機体に乗ることもあるとは聞いた、修道機士とか僧機士とかいうらしい、が、いままでそのような者がこのヌワコットに来たことなどない。もしや初の――まさか、そのような者たちはとても地位ある者と聞いている、命の危険を賭して東西商隊路を渡るはずもない。


 何にせよこの男には機乗者としての華がない。正規生粋の機士とは見えず、かといって粗野粗暴な傭兵や山賊でもないとすれば――もしくは、かつて何度か、ドモヴォーイの門番歴で僅か2度ほどではあるが「そこで乗機を拾ったばかり」という幸運者(売り払えた場合)というか不運者(立身出世を夢見た場合)という事も――やはり違うだろう。男の操った乗機は外観こそ傷だらけ砂埃だらけのひどいモノであったが、その動きはなめらかであり、片膝を立てた駐機姿勢にしてもとても自然な動きを見せた。操者槽コックピットから行った下機の仕草も長い長い経験を感じさせるものであった。ここ近日で手に入れたも動作では到底ありえない。

 となればいくらその身なりがみすぼらしかろうと乗機――これまたくたびれ果てた乗機ではあるが――この地上最大最強の武具である「機体持ち」、勇者ハイドゥークの血を受け継ぐ武人「機士」となる。


 そこで疑念は当初に立ち戻る。何故に傷だらけの機体を晒すのか、武人としての誉れともいえる機体を、なぜにこうまでみすぼらしい姿のままにしているのか。


 そのようなことを考察しているうちに、機体とその男はあまりに自然な素振りで城郭都市の門前まで姿を現したのだ。普通、そう日常的に乗機の出入りを見かけることはない、まして単機で、隊商列キャラバンに添うでもなく。当然周囲の者たちだって騒ぎ出すはずだ「どこから来た者なのか、なぜ此処に、大きな戦でもあったのか、これから起こるのか」しかしそのような言葉は一切周囲から出ないまま、門扉前で審査の順番を待つ行商人、隊商、近郊農民たちの口に上らないまま、男は機体を門扉に寄せ、滑るような仕草で操者槽コックピットからドモヴォーイの前に姿を現した。


 もう一度機体から出てきた人物を眺める――なかなかに逞しい男であった。

 塗装の禿げた砂色の機体同様に、煤けた白さの、裾が擦り切れかかった衣類に身を包み、機能一辺倒の「あて布」を膝、肘、肩に貼り付けていた。見栄えのしない服装だった。だがしっくり身体に馴染んだ服はみすぼらしさより余裕を感じさせた、慣れた動作や仕草には長年の経験と修練を感じさせ、堂々とした動きだった。

 だがやはりこの服装はいただけない。

 全身これ砂色灰色、この朴訥すぎる色合いは素材である麻と綿をより強く感じさせる。垢じみていないと言うだけで隊商の下働きとそう変わりない飾り気のない服装だ、まして裾が痛んでいる。これならば「城壁や門扉に溶け込む」と評判のドモヴォーイの茶色の衣類のほうがまだ目立つ。そこを一瞬でもみすぼらしく感じさせなかったのは、男の体躯が引き締まっているからだ。背が高いからだ。入門の順番を待っている、行商人、近郊農民だちと比べても「頭ひとつ」抜きんでた背丈を持っていた。頑健といえる体つきだった。そして服の袖からは捻じれるような筋肉の締りを見せていた。そういった男の姿は、どこか足音を殺す大型のネコ科動物を思わせた、高山霊峰に住まう雪豹ユキヒョウを連想させた。

 だが、門番のドモヴォーイならばそれに見惚れるだけでは済まされない。


「まてまて、ちょっと待て」


 ドモヴォーイは現在審査していた行商人、もう何度も目にした、ちょっと荷物の袋の数をごまかそうとするのが問題な行商人の相手を助手に任せ、声を上げた。そして人をかき分け、その男の眼前に立った。


 やはり大男だ。正直、背の高さならばドモヴォーイもそう負けていない、頭半分低いだけだ。しかし体の厚みは平均的な兵士より細いドモヴォーイと比べるまでもない。厚みのある胸板、がっしりとした四肢、太い首、砂塵と日焼けで薄くなった赤灰色かかったざんばら髪、そして――驚くほどに穏やかにこちらを見つめる黒い瞳は、砂漠越えをしてきたばかりと思えぬほどに澄んでいた。懐かしいものでも見るように穏やかだ。

 年の頃は40に届くか届かないか、ドモヴォーイより5~6歳年下といったところか。すっかり壮年とよべる年齢だ。もはや機士として十分な経験を経ており、むしろもう現場で働くには肉体的には下り坂、それを天性の才と節制した生活で維持している、そんな印象を受けた。


 顔立ちは特段に整っている訳ではない、かといって醜い訳でもない、平凡ともいえる。人好きする穏やかな表情と顔立ちは、もしかしたらお人好し顔と評されるべきか、特徴は少ない。しかしその穏やかさが鍛えられた肉体と動きに似合わず、捻じり込んだような首筋の筋肉にそぐわず、傷だらけの老朽機に似合わなすぎた。砂埃で少し汚れた控えめな鼻筋、砂塵で汚れた濃いめの眉、かすかに浮かべた笑み、黒く澄んだ瞳、もしかしたらどこぞの後家さんあたりには受けるのかもしれない、どことなく人の心に滑り込むような印象もあった。

 だが、ドモヴォーイは後家ではない。


「機士さんだな、審査の前にちょっとその機体、門扉前からどかしてくれよ、あんたは順番と別にやるから」


 常連となっている者の審査と、初顔合わせの者とは別にやる。それは門番として生真面目なドモヴォーイのいつもの仕事であった。ましてや乗機持ちだ、そう安易に街に乗り入れさせるわけにはいかない。たとえここが交易城塞都市ヌワコットであったとしても。

 ドモヴォーイの言葉に男はちいさく頷くと、すぐに機体に飛び乗り門扉前から動かした。やはり静かだ。門扉からやや離れた外れた場所に機体を止め、再度降機する手には「鑑札かんさつ」を持っていた。

 ドモヴォーイは男の服装にもう一度目を向ける、身に着けている衣類に装飾部分はひとつもなく、装飾・宝飾品も当然身に付けてはいなかった。白と灰色の一辺倒、つまりは実用重視。唯一目を引く色は今まさに鑑札を取り出した首から下げられた札袋だった。貴重品の小物入れであり、もしくは護符を入れておく小袋である札袋。それが唯一、色鮮やかだった「過去」を残している。

 赤や朱や黄色や浅黄や群青や新緑や濃紫などで綴られた精緻で多様な極彩色織が、その色褪せた、擦り切れかかった角が、その札袋の過ごした時間を物語っていた。装飾品というにはあまりに侘しいが、実用一辺倒の砂色の中、それは妙に目に残る。これはかつてこの男がまだ若々しかった頃、両親や近親縁者などその身を心配し愛する者が、その旅立ちの際に幸あれと願って手渡したもの――そのような歴史を感じさせる袋だった。それほどまでに、その札袋の刺繍糸はすっかりくたびれ果てていた。

 やはりこれでは出稼ぎ農夫にしか見えん。

 だがドモヴォーイは農民流民の類としては捉えなかった。男の背後には、風変わりな大鎧が確かに駐機している。


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