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3:砂の王国(3)

 朝焼けの刻が終わる。赤味を帯びた日差しが急速に透明な煌めきになり、やがては締め付けるような日差しへ変化する。


 その、変わるかの瞬間、大鎧が駆け出した。

 滑るように滑らかに、その白い大鎧はムルガブに向かって突進してきた。信じられない速度にあわてて操者槽の革帯ベルトを固定しようと――革帯を固定した時には槍の穂先が迫っていた。「ありえん!」ムルガブは叫んだ。どのような軽量機でもこの速度での接敵はありえなかった。そして最後の頼みであった重装甲であるハヌマーンの装甲をバリリと割って槍は操者槽を貫いた。ムルガブは一瞬で肉塊に変わり赤黒い染みとなった。流れる仕草で槍を引き抜いた白い大鎧は、そのまま機体左に――盗賊団にとっての右翼に向かって再度駆け出した。あわてて動き出した右翼ハンダルが、足元の仲間たちを蹴散らしながら反撃態勢を取る、しかし白い大鎧は振りぬく棍棒の一撃をするりと躱して脇下から胸部を刺し貫いた、ひざ裏を切り裂き、石突きで腹部を打ち据え、首を切り飛ばして駆け抜けた。くるりくるりとハンダルの前で槍が数度の回転をする度に、次々とハンダルは人工培養血液と流体神経回路をまき散らしながら倒れていった。

 やがて白い大鎧は、右翼4機のハンダルを全て切り飛ばして右翼三日月の突端にたどり着き――そこで急にがくりと膝を付いた。大鎧の各関節から蒸気のような揺らめきが起きた。


☆☆☆☆☆


 盗賊団の左翼を率いていた「ナガル」はおののいた、そして次の瞬間に笑みを浮かべた。あの技は境智冥合きょうちめいごうによる「人機一体」だ、あれは「限界酷使オーバーヒート」だ。機士崩れ、兵士崩れのナガルは知っていた。盗賊団で3番目として目されていた彼は知っていた。傭兵崩れのムルガブと、山賊崩れの2番手、右翼を率いていたフンザは知らなかったろうが、元兵士のナガルならば知っていた、あれは操者と機体の精神を一体化させた時に起こせる秘伝の高速機動、遥か遠くの地からの伝わった武芸において、上位免状を授かった者がのみが使えるとかいう秘伝技だ。もちろん、使える者は僅か。ナガルにだって使える筈もない。ただナガルが、まだ機士として駆け出しだった頃、まだ真っ当な機士であった頃に仕えていた王国で、敵の機士団長がその技を使い、ナガルの所属する軍を駆逐してゆくのを遠目で見たことがあるというだけものだ。自軍が完全敗走した後、部隊司令官が軍を解散する前に部下に知らせてくれた。そして――その技の欠点も聞いた。あの技は操者と機体の素養と共感に頼る部分が高い、そしてそれらに応じて長短こそあれ、基本的に短時間しか持続しない、一定時間を超えた途端に流体神経回路や人工培養筋肉の過熱で起動停止を起こす――。

 操者漕を貫かれたムルガブは死んだ、おそらくフンザも。ここで俺がアイツを倒せば俺がかしらだ。ムルガブは生まれと経歴の恨みからか、元兵士で機士でもあったナガルを妙に風下においていた。獣機3体を引き連れ協力要請に答えたというのに、獣機2体を連れて協力していたフンザを団の2番手としていたのだ。ざまを見ろ。剛腕ばかりを笠に着て、知識や教養を軽んじるから、この俺を軽んじるからこのような目に合うのだ。まあ、まさか、流浪の機士風情が秘伝を使うなぞ思いもよりはしなかったろうが――それはさておき、あの大鎧の首は俺がもらう。


 左翼の先頭にいたナガルが一番右翼先端に近い。しかし手をこまねいていれば同じ考えに至った他のハンダル乗りたちが殺到するかもしれん、となれば急ぎ大鎧の元に飛び込んで、そのみしるしを切り飛ばすのだ。そしてかしらの仇をとった一番の功績と3体の獣機の影響力で団を掌握し、襲撃と支配で一気に楼蘭の王となる。

 そのような算段を素早く脳裏ではじき出すと、足元の仲間を気にもかけずにナガルはハンダルを駆った。と同時に農民兵たちから鬨の声が発せられた。


勇者ハイドゥークに続け!」

勇者ハイドゥークを救え!」


 圧倒的な戦力差を前に、尻込みをしていたはずの素人集団が雪崩のごとき勢いで向かってくる。初手で素人を焚き付けたか。農民兵ごとき獣機ハンダルの敵ではないが、やつらが殺到してきたらやはり手間はかかるだろう。その間にあの白い大鎧を倒す手柄を他の者に奪われては敵わない。ナガルは最短コースを取って仲間を弾き飛ばす勢いで大鎧へと向かった。

 激しい揺れと鋼がぶつかり合う音、その中に、背後からの異音が混ざっていた。後続のハンダルが追いすがって来たか。そう思い、僅かなりとも速度を落とさず横目で背後を見やって――信じられないものを見た。


 背後の左翼先端から「黒い大鎧」が「3体」こちらに向かって駆けて来ていた。先端にいたナガル子飼いのハンダルが、大鎧の大太刀で粉砕されていた。左端から2番手のハンダルは大鎧の操る双剣で切り飛ばされていた。そして残る背後のハンダルに、いま黒い大鎧が槍を手に迫っていたのだ。「ど、どこから――」そう呟きながらもナガルは長距離旅装用の外套マントを棚引かせている黒い大鎧を見て、隊商路から加勢にきたかと予測した。馬鹿のムルガブが襲撃計画を漏らしかつ遅れたために、近郊の領主が送り出した加勢がたったいま到達したのかもしれぬ。となればいずれこの楼蘭の自治は消えるだろうが、その前に街を掌握できなかった俺たち盗賊団の命運も消える。既に7機の獣機が消えた、いや、いま8機目も――残るは自身の機体のみ、これでは盗賊稼業すら今迄通りにはできはしない――。

 しかし、ナガルのその不安は意味のないものになった。ナガルの盗賊稼業の残り時間は僅か数瞬のものだった。


☆☆☆☆☆


 一昔前、20~30年前までなら一都市が一国家であった。交易ルートを繋げる各々の都市や城塞こそが王都であり王宮であり、その周辺のささやかな農地や放牧地、森と河川が国土になる。都市を治める者が「王」であり、王の周囲には「騎士」がおり、大きく歴史ある国ならば「機士」もいた。そこには無骨で素朴ながら共有されるべき「戦士の法」があり、誓いと武勇を持って社会を構成していた。

 しかし、戦場の空気が変わってくるとその法もまた変わってきた。

 かつて戦場というものは「選ばれた者」だけが「選ばれるべく」戦う場であった。各王国の選りすぐりの戦士が、矜持と力を示すべく、示し合わせた場に示し合わされたかのように数を揃え、各々の王国の誉れのために闘う場であった。もちろん死者は大勢出るが、敗北を認められたならそれ以上の殺戮は起きず、また負けた王国も「貢物」をすることで命運を長らえる事は出来た。盟主国とその従属国という形式は取られるが、結局のところ相互の距離ゆえに独立独歩の気風は残り、貢物が滞れば再度戦場をもってその時々の力関係を仕切り直すという形式でにて、国は安定していた。

 成り上がりたければ、尊敬されたければ、豊かな生活を欲しれば、体を鍛え、技を磨き、戦場で己の強さを示せばよい。努力には結果が、結果には成果が付いてきた。


 しかし、そのような時代は終わりを告げた。


 武具を揃えれば簡易に敵を倒せた。鉄剣は容易く肉体を断ち切り、鋭い穂先は臓腑を抉る。戦が、神々へ武勇を示す祭事の意味合いを持っていた時代は終わりを告げ、「戦士の法」が至上のものであった時代ならばありえない方法で戦は行われるようになった。効率的に敵を倒すのであれば集団戦、どのような勇者であっても倒すことが不可能ではなくなった。国と誇りを背負った勇者を「囲んで倒す」。もはや勇者は勇者とは呼べず、戦士は戦士と呼べず、戦は兵士と呼ばれる職業家の場所となった。一度の戦で国土を焼かれることも珍しくなくなった。放火に、強奪に、虐殺に、強姦がまかり通るようになった。


 それでもわずかな残り火のように、人は勇者を求めた。戦場での誉れを求めていた。それを色濃く残すもの――機体と機士。


☆☆☆☆☆


 各座していた白い大鎧は立ち上がった。


 戦は収束に向かっていた。黒い大鎧が戦場に加わったことでオアシス側の勝利は決定的なものになっていた。黒い大鎧は獣機を全て屠ったのちは騎兵を中心に攻め立てていた。勢いを殺された騎兵は脆く、散開し分散化された騎兵を大鎧は蹴り飛ばし切り飛ばした。その動きは洗練されており、精鋭と呼んで差支えない。散りじりになった騎兵と歩兵を、自警団の槍や、農民兵の鋤が捉えて引きずり倒していた。鉄を叩く要領で、大地を耕す要領で、素人集団は盗賊たちをならしていった。乾いた草原に血だまりができ、上空では死告鳥ハゲワシが旋回していた。


 余熱がいくらか抜けたところで、緩慢な動作ながら白い大鎧は各座から立ち上がり、ゆっくりゆっくり農民兵の援護に回った。局所的に劣勢になっている彼らを救うべく歩みを進める。冷静になれば、緩慢な動きの大鎧ならば騎兵や長槍の名手ならば狙い目のはずではあるが、この期に及んでその心理的余裕のあるものはいなかった。そもそも、大鎧を騎兵で打ち倒すには、運命を共にする覚悟を持つ者同士の連携を必要とする。囮になるものが正面で攻め立て、その隙に背後や脇から「かかと」や「ひざ裏」や「わき腹」を狙うのだ。


 白い大鎧はひととおり仕事を終えたのち遠くを仰ぎ見る。太陽は中天に到達し、死告鳥ハゲワシは今夜の宴を待っていた。遠くに見えるはソテツや椰子の緑、それに囲まれる湖水の煌めき、低い外壁に囲まれたオアシス都市――機体のカメラを通してみれば、その外壁や尖塔のあちこちに白いものが見えた、この地の者たちが身にまとう太陽光を避けるための外套だろう。あの外套の下にこの国の者たちは色鮮やかな民族衣装を着る。

 平時ならば昼時のこの時分は市場バザールも小休憩の頃合い、水路に冷やしたウリでも齧り、涼を取って体を休める頃合いだろうが、さすがに今は街の住人が総出でこの戦闘の様子を伺っているのだろう。熱気により蜃気楼のように揺らめく風景の中でも、遠眼鏡を使えば、まあ賊の獣機が倒れたことぐらいは分かるだろう。ひとまず盗賊団を撃退した事はすぐさま伝わるはずだ。街に迫った暴力の脅威が当面において消えさったたことは知り得るはずだ。


 あの中には、いまた幼い我が子を抱きかかえながら、必死に平和を願っていた未亡人の姿もあるに違いない。今ならは悲壮感で蒼白な顔ばかりであった彼らの表情は、母を苦しめまいと気丈に唇を引き締める子どもたちの表情は、この太陽のように輝いているに違いない。ならば――。


☆☆☆☆☆


「また、取り逃がしましたよ隊長――」

「――先に向かったと? この状況を放置して?」

「役目は終えた――そう近場の者に伝えたとか」 

「正気か、これからがこの街の王、領主にとっては大変な時期になるはずだろうに。感謝も褒賞も地位すら――」

「黒き大鎧の者に頼ると良い――そうとも伝えられたとか」

「策士が! すぐに追うぞ!」

「ここを放置してですか? まさしくこれからがこの都市や王族にとっては正念場ですよ?」

「狡猾すぎる!」

「知ってはいましたがね」

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