第1章 第6話~グラウディア~ 後編
殺人ゲーム――――
俺は、ローブ男の放ったその言葉を頭の中で何度も繰り消し唱えていた。
よく、漫画などで見るその単語を人の口から聞いてみると、なんとも滑稽じみたものに聞こえる。
だが、そう感じるのは俺がそのローブ男の言ったことを全く信じていないからかもしれない。
ばかげている。
そう発したのは、果たして誰の口だったのか。
だが、その言葉がこの場にいるローブ男以外の人の総意であった。
ローブ男は、やはりさっきまでのおどけた態度はどこにいったのかというほど真剣な様子で言葉を続けた。
「残念ながら、これは夢でも幻想でもましてや妄想でもない。まぎれもない現実だ」
先程のテンションの言葉も俺達の耳に嫌というほど響いたが、こちらの声も静かにだがはっきりと俺達の耳朶を打った。いや、頭に直接響いているといったほうが適切な表現かもしれない。
それほど、ローブ男の声ははっきりと聞こえた。
「さぁ、お集まりの諸君。これからは長い話になる。そのために椅子をわざわざ用意したのだ。腰をかけたまえ」
言われて俺は目の前にある椅子を見た。
――――この椅子、ちゃんとした理由があったんだな
などと意味もないことを考えながら腰を下ろした。
柔らかい感触が尻と背中を包む。座り心地は非常によかった。
横を見ると、芽衣達も全員座っていた。こっちに来た時多いとは思ったが、まさかぴったしあるとは。いや、彼らのために用意されたのだとするとぴったしなのも頷ける。
ローブ男は俺達が全員座ったのをぐるりと見渡して確認すると、1度大きく手を叩いた。乾いた音が劇場中に響く。
「よろしい。では、説明を始めよう」
ローブ男の言葉と共に彼がいる空間との間のガラスに地図のようなものが出現した。
無駄にハイテクな技術だと感心したが、すぐに興味は地図の方へと移っていった。
地図はそれほど細かい物ではなく、かなり大雑把なものだった。中心は大きく緑で塗られ、それ以外は茶色、たったそれだけだった。
「諸君、これがグラウディアの中心部の地図だ。といっても凄まじく略式のやつだから何がなんだか分からんと思うがね」
彼がもう1度手を叩くと、緑の中心に文字が現れた。漢字で『世界樹』と書いてある。
「諸君らにも親しみやすい言葉で表すと、この緑の部分は『世界樹』という樹のエリアだ。君達には、この世界樹の頂を目指してもらう」
さらに手を叩くと緑の中心に水色の点が出現した。
「この水色の点にあるのが、『世界球』だ。どうだい、実に分かりやすいだろう?」
分かりやすいというよりも、安直すぎて呆れるほどだが、変に凝られた名前でも覚えるのが大変なのでこれでいいのかもしれない。
「この世界球にたどり着き、ある工程を踏むと、なんと君達は元の世界に帰れる。という寸法さ」
彼の言葉に劇場中がざわついた。
そこかしこから安堵の声が上がるが、俺を含めた幾人かは黙ったまま彼の言葉を待った。
そう、まだ説明は始まったばかりだ。
「ただ、これだけだと簡単に皆帰れちゃうからね。少し細工をさせてもらったよ」
彼の言葉に再び場が静まる。
俺は僅かに視線を鋭くさせながら言葉を待った。
「そう。元の世界に帰れるのは1度にたった1組だけだ」
彼の言葉の後、一瞬の静寂の後に凄まじい怒号の嵐が起こった。
そこかしこから、ふざけるな、今すぐ元の世界に帰せ、といった怒鳴り声が響いてくる。
右隣の部屋に座っていた男も叫んでいたのが少し意外に思えた。もう少し冷静なタイプに見えたからだ。
恭介達クラスメートの中にも叫んでいる者がいた。やはりというか、先程俺と恭平の会話に割り込んできた派手な女子の一団だったが、こちらも意外なことに恭平もその一団に加わっていた。
劇場の怒号がさらに高まろうと熱気が増したその瞬間、すさまじい音が劇場内に響いた。
さらなる盛り上がりを見せようとした瞬間だったからか、場は一瞬で静まった。
音の発生源は、先程高圧的な言葉を放った男子生徒だった。格好から察するに、目の前のガラスをおもいっきり蹴ったらしい。
「それで、貴様が言うその1組というのは、このガラスで区切られた団体の事を指すのか?」
まるで静まって当たり前だというように、他の者を一切無視して言葉を放った。どこまでも高圧的で唯我独尊な態度だが、この場ではそれぐらいが丁度いいのかもしれなかった。
男子生徒の言葉を受けた彼は少し笑ったような気がした。
「その通り。これからその説明に入ろう」
そう言うと彼はまた手を叩いた。
すぐにガラスに映し出される画像が変わり、次の画像が現れた。そして、その画像を見て俺は目を剥いた。
画像に映し出されたのは、俺がこちらの世界に飛ばされた時から腰に着いていたあの短剣だったのだ。
「諸君らは今、各組毎にガラスで区切られているが、その中に1人、この短剣を腰に帯剣している者がいる。この短剣を帯剣している者がいわばその組の長だ」
彼は言葉を続けた。
「そして、リーダーが持つこの剣で世界球を破壊する、もしくは突き立てることでその組に所属する者は元の世界に帰れるという寸法さ」
そこまで言って彼は一息ついた。
そして、今度は腕を組みながら言葉を続ける。
「どうだい、そんなに難しいルールじゃないだろう?」
一同をぐるりと見渡しながら言ったその言葉は、すぐに質問によって返される事になった。
いや、こんな他人事に話しているが、その言葉を発しているのは他ならぬ自分自身だと気付いたのは、立ち上がった後だった。
「そのルールじゃ、俺みたいな1人の組は圧倒的に不利になるが、このルールは不平等に作られていると解釈していいのか?」
俺は言ってから自分の言葉を鼻で笑った。
「いや、言い直そう。このルールは人数が多い組を贔屓して作られているのか?」
そうして、俺の言葉を発端にまた場は騒然となった。
騒いでいるのは皆他より人数が少ない組や、少数だが俺みたく1人の組のものだった。
彼はその騒ぎに身を浸すようにしばらく騒動を聞いていたが、やがてまた手を叩くと画像を変えた。
その動作で劇場内の喧騒は瞬く間に消えていった。もう理解しなければいけない。どうあがこうが、この場は彼の独壇場だ。
役者は彼で、俺達は観客でしかない。
「いい質問だ。そう、このままだと数が少ない組が不利になってしまう。だから、諸君ら全員に能力を付与した」
――――は、能力?
能力ってよくアニメとかに出てくる魔法とかのことだろうか。
疑問に思う俺達をおいて、話はどんどんと続いていく。
映し出された画像は、今度は左手に刻まれていた紋章と同じような柄の画像だった。
「諸君らの左手の甲にはこれと同じ紋章が刻まれているはずだ。それに右手の人差し指と中指を同時に押し当てると、諸君ら個人個人の能力が頭に叩きこまれる。無論、使い方から特性までね」
再びの拍手とともに画像は能力の見方が表示される。確かに簡単に見れるようだった。
「おっと、今は見れないようにしているから、ここから帰ってからゆっくり見てくれよ」
俺は彼の言葉の言質をとるように軽く人差し指と中指を押し当ててみたが、何も思い浮かぶ事はなかった。どうやら本当に今は分からないらしい。
しかし、これでは先程の答えにはなっていない。
そう示すかのように俺は鋭い視線で彼を見た。一瞬、フードの向こうから射抜かれたような感覚に陥ったが、すぐにその感覚は霧散した。
「組に1人しか存在してない組は、特別に能力が2つ付いている。これでハンディは克服できるはずだ」
彼はまた一拍空ける。
「それに、組が1人のところには特別に5日程度早くこの世界に召喚した。その分アドバンテージが出来たはずだ」
ここにきて突然、日にちのずれの謎が解明された。分かってみれば、意外とあっけないことだった。
――――いや、あっけなくはないだろう
要は彼には簡単に時空というものを操るだけの力があるということだ。ただ俺達を飛ばす役割なだけかと思っていたが、どうやら黒幕は本当に彼らしかった。
俺が考えていると、彼はこの話はこれで終わりだというように、また手を叩いた。
次は幾人かの棒人間が同じ色に染まっている画像が数枚映し出された。
赤・青・黄で分けられているそれらは、人数が多い・少ない・一人の順で三角形に並んでいた。
「それではこれから、組の法則について語ろう。これによって先程の諸君らの『数が少ないと不利なのでは』という疑問に答えられるはずだ」
そういって彼は前で組んでいた腕を後ろの腰辺りで組みなおした。
「画像のようにそれぞれの組は色で識別できるようになっている。そして、それは能力を発動する時に紋章がその色に光る事で識別できる。まぁつまりは能力を発動しない限りは何処の組かわからない、ということになるが」
一拍置いて、また話し始める。どうやら、こうやって区切るのが癖のようだった。
「そして、リーダーが持つ短剣がその組の象徴となる。その他にいる者達は配下ということになるが、実は配下となる人間は自由に他の色の、ようは他の組に転属可能だ」
場が少し騒がしくなった。
「やり方はいたって簡単だ。他の組のリーダーの短剣の頭についている宝石に自分の紋章を押し当てるだけさ。たったそれだけで、転属可能だ」
切り替わった画像には手の甲を剣に押し当てている図と、その横に先程の色違いの集団の絵が映しだされる。赤の集団の人数が減り、1人だった組の人数が増えていた。
つまりは、俺でも人数を増やして大所帯にすることが可能ということになる。
だが、組の移動が自由ということは、余程そのリーダーにカリスマ性か他を圧倒する力がないと無理だろう。
しかし、これでは――――
「しかし、どんなルールにも欠点は付き物だ。このルールではリーダーの役割の人があまりにも不利になっている。リーダーは組み移動が出来ないからね」
俺が思考の中で続けようとした言葉をまるで狙ったかのように彼が続けた。一瞬考えていることが分かるのかと驚いたが、生憎彼は反対に向いていて俺からは背中しか見えない。たまたま、かぶっただけのようだった。
それに、やはりというか、リーダーは固定のようだ。つまり、最低でも俺は1人で何とか帰る糸口を見つけないといけないことになる。
孤独の戦い――――
頭によぎったその言葉を軽く頭を振る事で追い払った。今は感傷に浸る時ではない。それに彼の説明には続きがある。悩むのはそれを聞いてからでも遅くは無い。
「さらに、リーダーの役割の人物には重大な責任が付いて回る。それは、決して殺されてはならないということだ」
彼の言葉を聞いて俺の疑問はさらに深まった。
殺されてはいけないのは誰だって同じではないのだろうか。
「なぜなら、リーダーが殺された組のメンバーは、強制的にその殺した組の傘下に入らされることになるからね」
戦慄が走った――――
確かにそう感じる程の緊張が、今この劇場内にある。いや、正確にはこの劇場内にいる特定の人物達だけが感じたものかもしれないが。
俺は、いつもはリリスに伸ばしている手を腰の短剣へと向けた。
リリスがいない、という理由からではない。
ただ自然とそのフォルムを指がなぞっていた。
「わかったかい?ある意味、このゲームは人数が多いほうが不利となる可能性を秘めている」
もう、黙って彼の言葉を聞いているものはいなかった。
そこかしこからささやき声が聞こえる。皆の団結を誓っている者、気まずそうにリーダー申告を仲間内にする者、あえておどけてみせようとしている者、話しているのはやはりというか、腰に短剣を挿した者達ばかりだった。
彼はあらかたの説明は終わったのか、話を続ける素振りは見せず、黙して佇んでいた。
「おい、土御門」
突然、横から声がかかった。相手はわかりきっていた。そろそろ話しかけてくるだろう、ということも。
俺は横目でゆっくりと声の主、仲本恭平を見据えた。
腰には、短剣がずしりと重みを帯びてそこに在った。
「ヤツの話だとこれからは俺達、敵同士ってことみてーだな」
「冗談はよせ。俺はたった1人なんだぞ」
恭平はそこで小さく笑った。
「あぁ、そーだったな」
恭平はきっと待っている。こちらが弱みを見せて自分に助けを求めてくるのを。
他のクラスメートがこちらに向ける視線も先程よりも鋭さが増している気がする。
それもそうだ。出会って一ヶ月も経っていない相手をいくらクラスメートだろうが信頼など出来ようはずもない。先程からんできた女子集団が1番こちらに敵意をむき出しにしている。
ここで相手の軍門に下る、というのも1つの手だ。リーダー同士は組を移動出来ない以上、その支配下にあるという状況も口約束と同じくらいの拘束力しか生まない。
俺は一瞬だけ、クラスメート達を見渡した。
こちらには、アドバンテージとして与えられた5日間に、その時間以上の情報とそして味方を得た。
たとえそれで勝つことは出来なくとも、俺が負ける要素はほとんど無い。
ここにいる者達のほとんどがきっと戦争など経験したことのない、ましてや他人から殺意など向けられた事も無いような平和を生きてきた者ばかりだろう。
それは無論俺も同じ事だが、俺の身近には一国の軍隊がいる。彼らが自らの主の住む城に簡単に敵を入れると思えない。
つまり、俺はあの城から出なければ、負けはしないということだ。
そう、負けはしないのだ。だが――――
「なぁ、どうだ。クラスメートのよしみで同盟みたいなものを組むというのは」
俺は自分が不利になる道をあえて選ぶ。
たった数日しか共にしていなくても、クラスメートなのだ。簡単に裏切るような行動は取れないし、出来る限り共同して頑張っていきたい。
俺の持っている情報をあげるだけでも、少しは有利に事を運べるはずだし、ラフィーナやキーファにこの事を話して協力してもらうことだって出来る。
決して、殺しあうだけが道ではないはずだ。
「いいんじゃないかな、協力するのも。ボクは賛成だよ」
恭平が口を開きかけたその時、後ろから割ってはいる者がいた。
ゆっくりと俺達に近づいてきたのは、あの最期に扉をくぐった男子生徒だった。あいにく、名前は思い出せない。
恭平は、俺から視線を外すと困惑の表情で男子生徒の方にふり向いた。
「それはどーいうことだ?」
男子生徒はその視線をものともせず、ゆっくりと俺らのいるところまで歩いてくる。
近づいて分かったが、結構背が低い。リリス程小さいという訳ではないが、男子の平均身長よりはかなり小さい。その中性的な顔と相まって女子のような印象を抱く。
「さっき言ってたでしょ。1人の人はハンデとして、ボクらより早くこの世界に来てるって。当然、その分情報を得ているはずだよ」
男子生徒の言葉に、恭平はなるほどというように頷いた。
恭平の迷いは一瞬だったようだ。
顔を上げた恭平の顔には、笑みがあった。
「んじゃ、よろしく頼むとしますか」
ガラスのせいで握手出来ないのがもどかしいが、その代わり恭平は握りこぶしを向けてきた。俺もすぐにそれに応じる。
ガラスの重い音が鳴った。
それから、少しの時間が経った。
隣の部屋では、恭平や芽衣達がこれからのことについて色々と話し合っていた。
結局、ラフィーナ達の事は話さずに終わった。彼女らに協力を仰げなかった時の混乱を避ける狙いもあったが、無用な争いに彼女らを巻き込むわけにもいかなかったというのが最大の理由だ。
今、俺は椅子に座ってゆっくりと劇場内を見渡している。
先程までささやき声がずっと聞こえていたが、それも段々と消えつつあった。皆、話し合いは終わったのだろう。
俺はそういった人たちの顔を少しでも覚えておこうと、1人1人注意深く見ていた。
すぐに終わったという事は、そのグループ内の団結もしくはリーダーの信頼度が高いということだ。
そういう相手には極力手を出さないほうが良い。敵に回すとやっかいだからだ。
そう考えて、俺は小さくため息をこぼした。
――――この世界に、いや、これからの世界に敵じゃない人などいるのだろうか
もちろん、芽衣達の事は信頼している。いや、向こうから助けを求められる限り俺は相手の事を裏切るつもりはない。たとえどんな人物だろと。
だが、その考えは俺だけのものだ。相手が俺を利用するためだけに近づいてくることもあるはずだ。いや、その方が多いかもしれない。
この世界でどう生きていくか、それを今一度考える必要があるかもしれない――――
俺が自分自身の中で少しだけ決意を固めた時、それまで静観していたローブ男がいきなり大声を上げた。
「そぉぉぉぉれではぁぁぁ、諸君!!話し合いも終わぁぁぁった頃だろうぅぅぅ!!」
ここに現れた時と同じような妙なハイテンションの口調。先程までの冷静な態度は何処吹く風だ。
その奇妙な在り方に寒気を感じた。
何故かは分からない。でも、はっきりと背筋にゾッとするものが走った。
「でぇぇぇはぁぁ、こぅぅれからぁぁ!!ゲェェェンムゥをぉぉ、開始するぅぅぅ!!」
ローブ男の両の手からパチンッと乾いた音が鳴ると同時に、俺の背後に来た時と同じ扉が出現した。
扉は触れてもいないのに、勝手にゆっくりと開いていく。
こぼれ出る白い光に目を眇めていると、話しかけてくる声が聞こえた。
「ねぇ、土御門君、絶対にまた会えるよね?」
俺を見つめる芽衣の瞳は、不安で揺れていた。それでも、僅かばかりの希望を胸に自らを鼓舞しているのだろう。
俺は、壁にその手を付けながら答えた。
なるべく、この少女の不安を払拭できるように。一瞬でも安堵に包まれるように。その希望をわずかばかりでも大きく出来るように。
「あぁ、絶対だ。絶対に見つけ出す。それまで、待っていてくれ」
うん、という言葉とともに俯いてしまったため、芽衣の表情は分からなかったが、少なくとも胸の前で握り締めていた芽衣の拳からは震えはなくなっていた。
「仲本、お前達がいた場所の近くに目立った物はなかったか?」
俺は芽衣から視線を外して、恭平達へと問いかけた。
一応、リーダーの恭平の名前を挙げたが、目線ではクラスメート全員に問いかけているというように、全体を見渡していた。
恭平は顎に手をあてえ考えていたが、中々思いつかないらしい。
そんな中、先程俺達の話し合いをまとめた男子生徒が手を挙げた。
「物っていうか、変な建物なんだけど、ボクが軽く周辺を歩いていた時に神殿みたいな物ならあったよ」
「神殿みたいって、もしかしてゲームとかに出てきそうな、いかにも中に宝物がありますよって感じの建物か!?」
思いがけない男子生徒の言葉に思わず大声を出してしまった。
周囲に聞かれては居場所をばらすような自殺行為である。俺は小さく咳払いをして自らを諌め、殊更に小さくした声でもう一度問いかけた。
男子生徒の答えは簡単なものだった。
「うん、間違いないと思う。よかった、その様子だと心当たりがありそうだね」
「あぁ、これは予想より早く合流できるかもしれない……!」
静かに右手に力をこめた。ここから帰ったらすぐにラフィーナ達に協力を仰ぎ、探してもらえれば比較的早く見つける事が可能なはずだ。
――――運が向いてきたかもしれない
「そぉぉぉれでぇぇはぁ、諸君!追加事項は追って連絡しよぉぉぉぉう!!健闘をいのぉぉぉぉるぅぅ!!」
ローブ男の狂声を聞きながら、扉へと向き直った。
扉の先には、来た時と同じように白い世界が続いている。
ただ一点、違うものがあった。
その白い世界と同化しそうな程、白い存在。自分の愛剣でありパートナーであるはずの少女が、その白い世界の中心でこちらに向かって手を差し伸べていた。
おかえりなさい、私の主――――
声は聞こえずとも、そう語りかけられたような気がして、自然と俺も右手を伸ばしていた。
その白い世界に飲み込まれる瞬間、後ろから別の少女の声が響いたような気がしたが、振り返ろうとした時には、既に白い世界に誘われていた。
そして、俺はゆっくりと目を開けた――――
目に差しこんでくる日差しに一瞬目を眇め、手で光を遮った。
そのまま上体を起こし、大きく伸びをする。
どうやら、元の世界、いやグラウディアへと戻ってきたらしい。少々ややこしくて混乱するが、今はここが俺の世界だ。その認識は自分でも驚くほど簡単に受け入れられた。
原因はなんとなく分かっている。
きっと、そんなことで悩んでいられなくなったからだ。いち早く、芽衣達と合流して、これからの対策やらを考えなくてはならない。
――――1番最悪なのは、俺が合流する前にどこかの組に……
俺はその考えを首を振って頭から追い出した。
他の組も今はあまり派手に動けないはず。情報を得られたのは、俺のような1人の組だけだ。
何の情報もないまま動けば、自滅するのは確実。怖いのは、自暴自棄になったやつが暴走して襲ってくる事だが、そこは運に任せるしかない。
その確立を少しでも下げるためには、迅速な行動が必要だ。
俺は、ゆっくりと拳に力を込め立ち上がった。そして、傍らにおいてあった愛剣を手に取る。すぐに、返事が来た。
『おはようございます、私の主』
「あぁ、おはようリリス」
きっと、我が愛剣には全てが伝わっていたのだろう。俺がリリスに自分の気持ちを伝える前に、彼女は俺の気持ちに答えてくれた。
『私は、私の主の行く道をどこまでも共に行きます』
「ありがとう、リリス。きっと、これからつらい事がたくさんある。頼りにさせてもらうぞ」
『はい、私の主』
リリスとの会話を終え、久しぶりに腰に帯剣する。やはり、重さはあまり感じなかった。
縫いであった制服の上着を着て、ラフィーナ達がいる部屋へと急ぐ。
早朝の訪問に失礼だとは思うが、ことは刻一刻と悪くなっているかもしれないという焦りが俺のゆく足を速めていた。
『ですが、私の主。もう、私を1人にはしないで下さいね』
廊下の途中、リリスが突然呟いた。
一瞬何の事だか分からなかったが、すぐにあの白い世界の事に思い至った。
『そういえば、リリスもあの世界にいたよな。あれはなんだったんだ?』
『あれは、そうですね、私の主の世界でのことに当てはめると、所謂、精神世界というものだと思います。細かくは違いますが』
『なるほど。それで、リリスはあそこで何をやっていたんだ?』
俺の何気なくした質問に、リリスは何故か慌てる。
『い、いえ、けけ決してますたーはどんな夢を見てるんだろうなーとか思って覗いてみた訳ではななないんですよ?』
『……リリス、それは答えを言っているようなものだ』
『はぅ……』
リリスは一瞬黙ったが、すぐに気を取り直して語りかけてきた。
『で、でも、私の主も悪いんですよ。契約時にずっと離れないと約束したのに、繋がりが一瞬切れそうになったので私の主の身に何か起こったのかと心配で』
『う……、それは悪かった。で、でも今回は仕方なくであってだな』
『いやです。私は仕方なくでも私の主の傍から離れたくはありません』
『いや、まぁ、悪かったって』
『うー、分かってないですね私の主』
『いや、でも……、おっともう着いたか。姫様、起きているといいんだが』
『……ふふ、この話は今夜じっっっくりとしましょう、私の主?』
いつもの黒リリスになっているのを内心ビクビクしながらスルーして、ラフィーナ達がいる部屋の戸を叩く。
起きていなかったら、というのは考えていなかった。ラフィーナは起きていなくても、必ずもう1人の方は起きてくるはずだからだ。
そして、俺の予想通りそのもう1人は眠そうな顔をしながらもゆっくりと扉を開けた。
「貴様、叩き切られたいのか……?」
いつもとは違うパジャマのような姿に一瞬ドキッとしながらも、その口から出てきた言葉に一瞬で冷静になる。
「すまない、今は茶番をやっている場合じゃない。急いで姫様を起こしてくれ。2人に話さなければならない事がある」
「ど、どうした土御門。何かあったのか?」
俺の様子にただならぬ気配を感じたのか、キーファは若干気圧されていた。
だが、ここは失礼を承知でいくしかない。
だが、俺が勢いのまま言おうとした言葉は、澄んだ綺麗な声によって遮られた。
「いいわ、キーファ、土御門さんを通して」
ぎょっとしたようにふり向くキーファの横を隙ありとばかりに通り、中に入る。
だが、進む足はすぐに止まった。
一瞬、女神がいると本当に思ってしまった。
朝日を浴びて煌く髪は、開け放った窓からはいる風に流され、いつもはドレスに隠されている肢体は、薄いネグリジェによってあますところなくその美しいフォルムをさらしていた。
『うふふ、私の主ったら私というものが在りながら、うふふふふ』
頭に響く黒リリスの言葉を軽く無視して、俺はその美しさに魅入っていた。
後ろでは、ため息をつきながらキーファが扉を閉める音がした。
その音にハッと正気に戻って、1歩前に出た。近づくとなお、その綺麗さが分かる。正直、どこに目を合わせればいいのか分からない。きっと今目を合わせたらすぐに視線を外してうつむいてしまうだろう。
だから、俺はやや斜めを向きながら、ラフィーナに話した。
「じ、実は、俺の元いた世界に関することで分かった事がある」
「そうですか。でも、その様子だとあまりいいことではなさそうですね」
鋭いラフィーナの言葉に、一瞬言葉がつまる。だが、今ばかりはその鋭さがありがたい。俺はすぐに本題を切り出した――――
「2人の力が必要だ。どうか、俺に力を貸してくれ」
どうも、南操音です
今回はかなり期間が開いてしまいました
実は色々ハプニングがあったせいで2週間程投稿が遅れのが原因なんですが……
それはまぁよしとしましょう
今回は2話連続での投稿です
ついに物語が動き出すかなーってところですね
いや、よく考えると今回の2話全く話が進んでいない気が……
こ、これから激動って感じだからいいかな、ハハッ……
それでは、何か感想等ありましたら気軽によろしくお願いします
あ、あと誤字脱字の指摘も感想の方で