第1章 第5話~グラウディア~ 前編
「つ、土御門君……?」
俺がこの声を最後に聞いてから大して時間も経ってないはずなのに、何故かなつかしく耳朶を打ったその声の主は、振り返った先のガラスの向こう側で呆然と立っていた。
いや、それは俺も同じだったのかもしれない。きっと2人してあんぐりと口を開けたまま見詰め合っていたのだろう。
脳内をめぐる言葉はいくつもあったが、実際にやっと出せた一言はなんとも間抜けな言葉だった。
「そんなところで何してるの、戸塚さん……?」
「え、いや、なにかなぁ、あはは……」
「そ、そっか、あはは……」
2人して乾いた笑いをしながら頭をかいていた。
かきながら、段々と冷静になってきた頭で静かに自分自身に突っ込んでいた。
――――いや、そうじゃないだろ俺!?
聞くべき事は他に山ほどあるはずなのに、何故その中からこんな間抜けなチョイスをしたのか。
俺は1度小さく頭を振って意識をはっきりさせた。
「戸塚さん、1つ聞きたいんだけどいいかな?」
「え、うん。どうぞ」
「ここに来る前に白い空間にある扉を通ってきたよね?」
芽衣は俺の質問に小さく頷いた。だが、質問の意図が読めないようで首を傾げながら俺の次の言葉を待っている。
不覚にも、少し可愛いと思ってしまった。
「そ、その白い空間に来る前にいた場所って、どんなところ?」
「あ、あぁー。うん。えっと、実は――――」
芽衣が言葉を続けようとしたその瞬間、芽衣のいる部屋に突然俺が通ってきたあの扉が現れた。
古い木造の物が出す独特な木のきしりを立てて現れたそれは、俺と芽衣が凝視する中でゆっくりと開いていった。
誰が来るのか、というより部屋には1人しかこれないのではなったのか。俺も右隣の部屋の男も1人だから勝手に芽衣がいる部屋にも芽衣しか来れないものとばかり思っていたが、違うという事なのだろうか。だとしたら、俺の部屋にも誰か来るかもしれない。
そんなことをめまぐるしく考えながら開かれた扉から出てくる人物をじっと見つめていた。
俺と芽衣が固唾を呑んで見つめる先に、革靴の乾いた足音を立てながら現れたその人物は、いや、その人物達は俺の予想の斜め上をいく人達だった。
「あれ、お前土御門じゃねぇか!」
なんでもないような日常の1コマみたいなノリで現れたのは、自分と同じ制服に身を包み、同じ色の学校章を胸に光らせた者達。
仲本恭平達、クラスメートだった。
「な……!!」
驚きの言葉は喉の奥で痞えて出てこなかった。
何故、どうしてといった疑問の言葉が頭の中をくるくると回っている。目の前に立っている芽衣が何事でもないように振舞っていなかったら、俺はきっと叫びだしていたことだろう。
しかし、俺の驚きはクラスメートにも同じ事だったようで、扉から続々と出てくるクラスメートの中には驚きの声を上げる者が何人かいた。
部屋にいる人数的に俺を除くクラス全員が向こうにいることが伺えた。
中性的な男子生徒が最後だったのだろう、扉は現れた時とは対照的に音も無く消えていった。
ガラスを隔てた2つの部屋で、俺と彼らは対峙した。
「おい土御門、この状況を説明できるか?」
短い静寂を裂いて口火を切ったのは、やはり恭平だった。
「いや、俺にもさっぱりわからない」
ゆっくりと首を横に振りながら答えると、さして気落ちした風も無く、そうか、と恭平は呟いた。ある程度予想出来ていたことなのだろう。
恭平の隣に立つ芽衣も若干ため息をこぼしたが、それも一瞬のことだったので、あまり期待はしていなかったと思える。
「オレらも昨日あたりに気がついたら変なジャングルみてーなところにいてな。これがおかしなことによ、皆し――――」
「待て、今昨日って言ったか?」
俺は咄嗟に恭平の言葉を遮って聞いた。
「いきなり眠気を覚えて……って、んぁ?それがどうしたってんだ?」
「俺がこちらの世界に来て大体6日は経ってるぞ……」
俺の言葉に恭平は一気に目つきを鋭くした。
「そいつはどういうことだ?それにこちらの世界てのはどーいうことだ?まさかお前、ファンタジーみたいにここが異世界ですーなんて言いだすんじゃないだろうな?」
「そのまさかだが、いや、何だコレは?というか、昨日から居たんだろ。なら月を見ておかしいとは思わなかったのか?」
「さっき言っただろーが、オレらは深いジャングルみてーなところにいたから空なんてみえねーよ。それに、そんな余裕も無かったしな」
「皆、気がついたらそのジャングルに居た、ということか」
「あぁ、こっちに来る前に皆して眠気に襲われてな。お前は」
「俺の場合は酷い頭痛がして気絶したらって感じだ」
俺が頬を掻きながら言うと、芽衣は心配そうな目をした。
それに若干恥ずかしさを覚えて、芽衣の視線から逃げるように恭平へと向き直った。
「そういえば、俺が休んでた間はどうしてたんだ?俺の欠席理由を何て説明してたんだ?」
「……そーいえば、おかしな点がそこにもあったか」
俺は恭平の言葉に首を傾げた。
「何だ、おかしな点って?」
恭平は顎に手を当てて考えてたが、すぐに俺の方を向いた。
「俺達があのジャングルに来たのは昨日あたりだってーのは言ったよな?」
「あぁ、それがどうした」
「俺達が眠気を覚えたのはお前が私用で帰った約1時間後あたりだ」
「なにっ!?」
俺は思わず声を上げた。
俺と恭平達が来た時間はかなりずれているのに、元の世界を発った時間はほとんど変わらないということか。
この奇妙なずれは一体何を意味しているのか。
恭平は大きくため息をこぼした。そのまま片手で頭をガシガシとかきながら低くうなる。きっと、頭の整理が追いつかないのだろう。
それは俺とて同じ事だった。
ずれている前兆の時間、そして症状。それに俺らがいる場所が同じ世界とは限らない。もしかしたら、恭平や芽衣達クラスメートがいる場所は元の世界のままかもしれないのだ。
それに、俺1人ならば、こういう異世界へ行くという現象もありえると踏んでいた部分が少なからずある。昔から日本には神隠しというものが伝えられてきたし、似たような事象は世界各地で時代を問わず起こっている。
しかし、こうも大人数で起こるなど聞いた事もない。
一体、何が起こっているのか。
俺を落ち着かせてくれる愛剣は何故か腰には刺さっていなかった。
――――そうだ、リリスに頼ってばかりではいけない
静かに自身の中の撃鉄をおろす。頭のスイッチを切り替えて思考を透明にしていく。俺がこの世界にきて、キーファとの精神鍛錬で覚えた自身の統一方法。まさか、早速使うはめになるとは思わなかったが、それでも少なからず成果は出た。
落ち着いた頭で、恭平にさらなる質問を投げかけようとした時、恭平の後ろから数人の女子生徒が近づいてきた。
よく恭平や芽衣が教室の後ろでつるんでいたメンバーだった。
その中の中心人物と思しき女子が腕組をしながら恭平に話しかける。
「ねぇ、恭平、あんたら2人で世界つくってないでちゃんと説明してよ。あたしらなんもわかってないんですけど」
派手な格好に派手なメイク。おおよその日本人がチャラい女子高生として想像する人物像を体現したような女子だった。
残念ながら彼女の名前は分からなかったが、今はどうでもよい事だったので聞くのは後にした。
彼女の周りにいる残り2人の女子も名前は分からなかったが、こっちは彼女ほど派手ではなかった。
「そうよ、ちゃんと説明してよね!」
派手な女子の左後ろにいた女子が声を上げた。
いや、きっとそれはクラス全体の意思でもあったのだろう。周りでは小さく頷く者も何人かいた。
俺は目線を芽衣に向けた。
彼女は胸の前で小さく手を握りながら、不安そうな表情で俺を見つめていた。
不意に彼女の頭を撫でて、大丈夫だといってやりたい衝動に駆られた。ピクっと反応した右手はしかし、目の前のガラスに拒まれてそれ以上の動きを見せなかった。
代わりに少し笑みを作って自分自身への免罪符として、目線を恭平へそしてクラスメートへと向ける。
「さっき仲本には言ったが、ここは、いや俺がいたところは異世界だと思う」
「はっ!にわかには信じられねーな」
恭平が声を上げる。それに続くように派手な女子が俺の事を睨みつけながら声を上げた。
「そうよ、あんた土御門とかいったわね、あんたがそう言う根拠が何もないじゃない」
しかし、そう言葉を発した女子生徒自身が、いやクラス全員が思っているはずだ。一笑に付すことは出来ないと。
「でも、皆は気がついたらジャングルみたいな所の真っ只中に居た。そうだろ?」
俺の言葉を最後に皆が黙った。少し考えれば分かる話だ。普通、何かの事件に巻き込まれたとしても、あんな鬱蒼としたところに放置されるわけがないと。それに、俺がいたところよりも恭平達が飛ばされたところの方がより深いところのようだから、一層事件に巻き込まれた可能性は低くなる。
正直、この論争に決定打を打つ事は出来る。
俺がラフィーナやキーファから聞いた話を皆に聞かせればいいだけの話だ。
だが、それは俺達が同じ世界にいる事が前提だし、それに何よりもそれを伝えるにあたって話さなければならないことが、1番気がかりだ。
――――異世界だとして、帰る方法が分からない
ただでさえ異常な今の状況にこの情報は、別の意味で決定打になりかねない。
つまり、ここいいる全員が錯乱状態になることだ。
1人が錯乱すれば集団にはあっという間に広がっていく。それが集団心理の怖いところである。
「ばかばかしい。異世界なんてありえる訳ないでしょっ!」
先程の左後ろの女子が声をあげた。印象はリーダーの取り巻きAといった感じの女子だ。腰にカーディガンを巻いているのが特徴といえば特徴である。はっきり言えば、それ以外特徴がない。
「芽衣、お前はどー思う?」
恭平は隣に立つ芽衣へと言葉を投げつけた。一瞬恭平が俺の事を見たのが気になったが、今はそれより芽衣の意見が気になった。皆もそのようで、クラス中の視線がその小さな体へと向けられた。
芽衣はクラス中の視線に身を小さくするように胸の前で組んだ手を一層強く握りこんでから、俺の目を見つめ言った。
「わ、私は、土御門くんの言ってる事が、正しいと思う。ううん、土御門くんが言ってる事を、し、信じたいと、思う」
思っても無い言葉が、その口から飛び出した。俺の記憶の中では1回しか彼女と話した事はないが、まさかそこまで信頼をしてくれているとは。
――――いや、もしかしたら何か根拠が
そこまで考えて、俺は小さく首を振った。それ以上は彼女に失礼だと自分に言い聞かせた。
どちらにせよ、今この場でその発言をしてくれた事はありがたかった。ここは素直に感謝の意を述べておこうと口を開きかけた時、それは響いた――――
「そーう、大正解ーー!ここは、異世界でーーす!」
場違いなまでのハイテンションな声は、この場の中央から響いたものだった。
ドーナツ型の建物の穴の部分には、演劇をする舞台のように光が注いでおり俺たちがいる建物とはやはりガラスで区切られている。その舞台の中空にその人物はいた。
真っ白なローブだが腰に巻く紐が唯一その赤を主張していた。まるでRPGに出てくる神父のような出で立ちである。
目深にかぶったフードで顔は見えないが、きっと声の調子からして男だろう。
その男は組んでいた腕をおおげさに広げながら、やはりハイテンションな声で続けた。
「レディーース、エーーーンド、ジェントルメーーーン!!よーうこそ、グラウディアへーーー!!」
舞台には彼1人、観客も何が起きているのか分からず呆然としているため、虚しくその声は響いていくだけだ。なのに、誰一人として彼から視線を外せない。
人間が浮いている。
そんな基本的な驚きも今更のように頭に浮かぶほど、最初の男のインパクトは大きかった。
そんな俺達の驚きをよそに男は話を続けていく。
「あーれ、あんま反応ないねー。もう1度言っておこーう!よーーうこそっ、グルァァウディアへーーー!!」
謎の巻き舌で宣言したローブの男は、広げた手を握り開きしながら俺達のことを見渡すように体を一周させた。
その様子から、このドーナツ型の建物全体に人がいるのだろうと推測する。だが、どうだとしたら物凄い人数になる。
――――いや、今はそれどころではない
ローブの男曰く、この世界はグラウディアというらしい。そして、やはり異世界だということも。
俺は事前にラフィーナ達からその可能性が高い事を説明されていたのでさして驚きはないが、クラスメートからも、そして右隣の部屋にいる男からも驚きの気配が伝わってくる。
――――グラウディアって名前は初耳だが
しかし、見れば見るほど胡散臭い人物である。顔が見えないのがその最もたる理由ではあるが、格好や雰囲気、テンションがそれを倍増させている気がする。
彼は再度ぐるりと周りを見渡し、そして満足げに頷いた。
「なーーるほどぉー、驚いて声もでない、ということですねーー!」
この短期間でくせになった腰に手を伸ばす動作を途中で止め、とりあえず頭をかいた。
今、この場にリリスはいない。
再度認識したその不安をあえて無視して現状を確認する事に努める。
馬鹿馬鹿しくなるほど今のこの状況が理解出来ないが、きっとこの男が俺達を異世界へと飛ばした、もしくは飛ばされた原因を知っているということなのだろう。
こんな場所に俺達を呼び出した理由はなんなのか。
そして、俺達がガラスで区切られている意味とは、一体。
俺はため息を1つもらし、再度頭をかいた。
あまりに少ない情報で考えても結局は推論の域を出ない。こうなったら男に直接聞くしか先に進む道は無い。
――――だが、この大人数の前で発言するのか
建物を支配する微かなざわめきが静まった時の事を考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。俺はあまり人前に出る事が得意ではないのだ。
それでもやるしかないか、と意を決して言葉を発しようとした時、俺達がいる階層より2段ほど高い位置の向かい側から声が上がった。
「おい貴様、それで俺達をこの異世界とやらに呼び寄せて何がしたい?」
高圧的な上から目線の言葉が降ってきた。よくもまぁ、初対面の相手にあそこまで強気な発言が出来るものだと思ったが、この状況を動かしてくれた事には素直に感謝の念を送っておいた。
しかし、高圧的な言葉を浴びせられた当のローブの男本人は指して気にした風は無く、むしろその言葉を待っていたかのように、また腕を広げた。
「いーーい質問だーー!それではーー、君達がーーこの世界にきた理由であるゲーーーッンムの話をしようじゃぁーーないかーーー!!」
――――ゲーム、だと?
男が発した不可解な言葉に眉をひそめながら続きの言葉を待つ。
最早、言葉を発している者は誰一人としていなかった。固唾を呑んで男の言葉を待っている。先程の高圧的な言葉を放った男も、ローブ男の言葉を待って黙ったままだ。
俺はいつの間にやらかいていた手汗を握り締め、チラリと横を見た。
芽衣も他の者同様、固唾を飲んで次なる状況を待ち受けている。その様子に心の中で静かに、大丈夫さ、とこぼして男に向き直った。
男は広げていた腕を下ろし、今までのハイテンションは何だったのかと思うほど、真剣みを帯びた調子で言った。
「そう、君達が元の世界へと帰るための、殺人ゲームの説明を」