第1章 第4話~夢~
正直、何であたしが試合であんな行動をしたのかわからない。
試合が始まる前は負けるとは微塵も感じていなかったし、事実それは始まった後もずっと感じていたことだ。
相手は素人で、それは土御門自身が公言していたとおりだった。剣の持ち方もなってないし、構えだって攻撃重視なんだか防御重視なんだかわかったものではない程でたらめなものだった。
でも、あいつはあたしの初撃を避けた。
それだけではない、その後もまるであたしの攻撃を予見していたかのように全て防がれた。
きっとあたしは驕っていて、そして相手を侮っていたのだろう。
あたしは名誉ある親衛隊の第3師団隊長で、あいつは元の世界ではただの学生で、そこにはあたしが負ける要素など何一つないと初めから決め込んでいた。
あたしは遊び半分で剣を振るったが、あいつは違った。
必死で、あたしの攻撃や動作1つ1つに食らいついていた。
けど、最後のあの一撃。
あれだけは違った。あの剣だけは、今まであたしが生涯で交えてきたどの剣とも違った。
あの一瞬、子供でも振るえるようなスピードの剣ではあったが、それでも何故か全身の毛という毛全てが逆立って、本能が危機を察知した。
気がつけばあたしは正真正銘本気で回避行動を取って、そしてあいつに全力の剣を叩き込んでいた。
――――本気で、殺しにかかっていた
あいつを切った後も、あたしはしばらく残心のまま動かなかった。
否、動くことが出来なかった。
呼吸は乱れ、背筋は凍り、握る手は緊張でガタガタと震えていた。
本当に、あたしは何故あんなことをしたのか。また、感じたのか。
いくら考えても理由はわからないけど、あの時の一瞬の場面だけは瞼の裏に焼きついて離れない。
迫る白銀の剣と、呼応するように輝く鈍色の刻印が――――
~~~☆~~~☆~~~
「……かど…………みかどく…………つちみかどく……!!」
真っ白な世界の中、俺の名前が呼ばれたような気がした。
どこか懐かしい、あの純粋な少女の顔が浮かんでは消えていく。
どうして彼女がこんな所にいるのだろうか、どうやって来たのだろうか。そんな下らない事ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
そして、ここが夢の中なのだろうと自覚した途端、俺の意識は急速に覚醒していった。
「――――――――」
目覚めて、まず目に飛び込んできたのはブロンドの髪をした綺麗な少女だった。
少女はその美しいブロンドの髪を振りながら、必死に俺の名前を呼んでいる。
何故こんな美少女が俺の名前を知っていて、こんなに叫んでいるのか。ぼやけた頭で必死に考え、そしてここが異世界だということを思い出した。ついでに自分が試合で負けたという事も思い出した。
とりあえず、俺はラフィーナを落ち着かせることにする。ずっと自分の名前を心配そうに呼ばれ続けるとういうのも居心地がいいものではない。
「よう、姫様。とりあえずおはようでいいのかな?」
「もう、今はこんばんはの時間よ。よかった、その様子なら大丈夫そうね土御門さん」
ほっと息をつきながらラフィーナが答える。視線をまわすと、窓から綺麗な2つの月が覗けた。どうやら半日ほど気絶していたらしい。
しかし、いくら雰囲気が似ているからといって別人と勘違いするなど、いくら夢の中とはいえずっと心配していた相手に相当失礼な事をした。
俺は上半身を起こして傍にあった水掛から1杯もらう。
その時、自分の大切な剣がなくなっていることに気がついた。
「なぁ姫様、俺の剣はどこだ?」
「あなたの短剣なら水掛の横にあるじゃない」
「いや、長剣の方だ。というか、そんな事言わなくても分かってるだろ?」
「ふふ、ごめんなさい。少しからかってみたくなっただけよ」
ラフィーナはいじわるく微笑むと、2度手を叩いた。すると、外で待機していたらしいメイドさんがすばやく中に入ってきた。ちなみに、俺を部屋に案内した人とは別の人だった。
「キーファを呼んできて頂戴。土御門さんが起きたとね」
「かしこまりました」
ふかぶかと頭を下げた後、これまた素早く退出していった。話の筋からするに、どうやらキーファが俺の剣を持っているらしい。
「なんでヘンシルさんが俺の剣を持っているんだ?」
「あなたが倒れた後、何故かあの子が持ったままなのよ。すぐ返させるから、待ってて頂戴」
ラフィーナは軽く肩をすくめた後、少しの時間何かを考えるように黙ったままだったが、突然頭を下げた。俺はあまりに唐突な出来事にどうしたらいいか分からなくなりアタフタしていたが、ラフィーナはそんな俺を気にせず言葉を続けた。
「わたしの従者がやった事は主であるわたしの責任だわ。本当にごめんなさい」
「ちょ、そんな畏まらないでくれ!あれは正式な試合での出来事だ、誰にも非はない……!」
「それでも、素人相手にあれはやりすぎだわ。まさかわたしもあの子が本気を出すとは思わなかったから面白半分で賛同してしまったし、その点では私自身にも責任はあるわ。謝らせて頂戴」
「い、いや、ホント、頭を上げてくれって……」
俺は全く相手を責める気はないにもかかわらず、そこまで非を感じさせてしまうのはこちらも悪い気がしてくる。
実際、あれは俺の弱さが招いた事だから、逆にキーファには申し訳ないことをしたという気もするのだ。ラフィーナのこの様子だと、俺が気絶し後キーファはかなり怒られたに違いない。
――――まぁ、始める前に殺されると覚悟していたからな~
この結果はある意味予想通りという感じでもある。
とりあえず、ラフィーナには頭を上げてもらい、この事に関してはこれで終了ということにしてもらった。
と、その時メイドさんに連れられてキーファが室内へと入ってきた。右手にはしっかりと純白の剣が携えてある。
「キーファ、あなたもきちんと謝りなさい」
ラフィーナは立ち上がってキーファに近づいていくが、キーファはそんなラフィーナを無視して素通りし、俺をじっと見つめたまま側に寄ってきた。
驚くラフィーナを尻目に俺もキーファを見返すと、そっと剣を渡してくる。
礼を言うのもおかしいかと思いそのまま受け取ろうとしたが、何故かキーファが離さない。
「土御門、お前本当に剣を握るのは初めてか?」
「キーファ!まずは他に言う事があるでしょう!?」
「すみません姫様、少々こいつと話すことがあるのです」
ラフィーナの言葉を思いのほか強く返したキーファは剣を離さず続けた。ラフィーナもキーファのただならぬ様子に驚いてそれ以上言葉が出せないようだった。
「もう1度問う。土御門、これを振るうのは今回が初めてか?」
「……何を考えているかは分からないが、それは本当のことだ。俺は今回の試合が剣を振るう初めての機会だったし、今までの人生の中で剣を握ったことなんか1度もない」
「なら、何故あたしの攻撃を避け、そして受けれた?はっきり言うが、あたしは本気ではなかったのは確かだ。しかし、素人に受けきれるほど手を抜いたわけでもない。あれはどう説明する?」
「あ~、あれはだな、うん……」
痛いところを突かれてしまった。正直、あれはズルをしたようなものだ。というよりズルだ。確かに傍から見たら俺は素人のくせに超人的なキーファの攻撃についていった凄いヤツみたいに見えるだろう。実際はリリスの命令に従っていたら勝手にああなっていただけなのだが。
しかし、リリスの事を説明する訳にもいかない。
「いわゆる、その、勘だ……」
「勘、だと……?」
ピクリとキーファが動いた。表情が一気に怒りに染まっていく。
「ふざけるな!そんな事で説明がつくわけがないだろう!?変な言い訳はやめろ、土御門!」
どうやら俺の言い訳はキーファの琴線に触れてしまったらしい。キーファは握った部分がギチリと音がなるほど強く握りこみ、そのまま胸倉を掴む勢いで詰め寄ってくる。
「それに最後の一撃はどう説明する!?あれは今までとははっきりいって全く異質な物だったぞ!?」
「そ、そんなこと分かるわけないだろ。こっちはヘンシルさんの行動についていくので精一杯だったんだから」
キーファが何を言いたいのかさっぱり理解できないが、身に覚えのないことにとやかく言われても答えようがない。
そんな俺になおも詰め寄ろうとしたキーファの行動は、しかし部屋に響いた怒号で止められる事となった。
「いい加減にしなさい、キーファ・ヘンシル!!!」
2人してぎょっと怒声の元へ視線を向けると、そこには肩を怒らせ顔を真っ赤にしたラフィーナがいた。尋常じゃない怒りようである。
「黙って聞いていれば、土御門さんに対しあまりにも失礼な態度!少しは慎みなさい!」
「し、しかし、姫様……」
「でももへったくれもありません!はっきり言って今のあなたはわたしの侍女失格よ!」
「そ、そんな……姫様、待ってください……」
「土御門さん、キーファには明日必ず謝りに来させるわ。今はこの子の再教育の時間よ」
そういうとラフィーナはどこにそんな力があったのか、キーファの首根っこを掴んでドシドシと部屋を出て行った。遠くキーファの叫び声が虚しく消えていく。
嵐のような一時が終わり、俺はぐったりとベッドの背もたれに身を沈めた。
突然のラフィーナの豹変ぶりには驚かされたし、本気で怒らせないようにしようと心に誓ったくらいビビッたが、あの行動でキーファからの言及から逃れることが出来たのも事実だ。
正直、助かったというのが第一の感想なくらいである。
しかし、いくら考えてもキーファが言っていたことは解せない。
俺は必死に動いていただけなのだが、キーファには違って見えたということなのだろうか。それとも、リリスの命令には何かしらのメッセージ的意味合いがあったのだろうか。
そこまで考えて、そういえば先程からずっとリリスが静かなのを思い出した。今までだったらキーファの言動に文句たらたらなハズなのだが、今回は黙ったままだった。
どうしたのかと話しかけようとしたその時、偶然にもリリスの方からコンタクトが来た。
『私の主、私に人の身として顕現する許可を下さい』
非常に堅っくるしい言葉で意外な申し出に面食らったが断る理由もないので快諾する。
すると、すぐに宝物殿の時のように剣が光輝き、そして小柄で真っ白なリリスが現れた。あの時と同じように真っ白な髪、肌、そしてワンピースを着ている。
そしてこれまたあの時と同じように俺の腹へとダイブしてきた。
唯一の違いは、その震えた肩くらいだろう。
「どうした、リリス?」
「ごめんなさい、私の主。私のせいで怪我を。全て私の失態です」
「おいおい止めてくれよ。あれはリリスのせいじゃないさ。それに、逆に礼を言いたいくらいリリスはよくやってくれたよ!」
「いえ、それでもあれが本番だったらと思うと……」
「さっき姫様にも言った通り、あれは試合だったんだ。それにどういう理屈かは分からないけど、本当に肉体面での負傷はなかったんだし。リリスが気に病むことなんか何もないよ」
「違う、違うんです私の主。私は……」
俺が何を言おうとリリスは俺の腹に顔を埋めたまま肩を震わせ続ける。
俺はゆっくりとリリスの頭を撫でながら、どうしたもんかと考える。
どうやらリリスは相当責任を感じているようだ。実際はリリスの指示のおかげであそこまで奮闘出来たのだから、彼女には全く非はない。どちらかと言えばリリスの指示に完璧に着いていくことの出来なかった俺の方にこそ責任があるように思える。
その時、ふと昔これとよく似た場面を体験した事を思い出した。あの時の俺の立場はリリス側だったが。
子供の頃の思い出を思い出して、あの頃の俺の姿と今のリリスが重なり、俺はくすりとしながらリリスの顔を上げさせる。
今にも泣き出しそうな、色々な感情の色が見え隠れする複雑な表情を見て、あの時の祖母も同じ事を思ったのだろうかと不思議な感覚になった。
「よくやってくれたリリス。100点満点だ!」
俺はそう言ってリリスの頭をこれでもかと両手でわしわしと撫でた。彼女の真っ白な髪が乱れたがそんな事は気にしない。当のリリスは俺の突然の行動に最初はびっくりしていたが、徐々に気持ち良さそうに目を閉じた。
「俺の方こそごめんな、不甲斐ないマスターでさ。でも、少しずつ頑張っていくから、これからもよろしく頼むよ」
俺の言葉にリリスは目を丸めていたが、段々と理解していったのかゆっくりと顔を綻ばせていった。
何度も噛み締めるように頷くリリスの頬に一筋の涙がこぼれていた。
早いもので俺がこちらの世界に来てから7回目の朝を迎えた。
こちらの時間軸が分からないので何日間過ぎたかは分からないが、あまり元の世界と変わらないような気もする。
しかし、まだ元の世界に帰る目処がついていない。段々と閉塞感が漂ってきてはいるが、毎日ラフィーナとともに図書室に篭り文献を漁っているというのは何もしないよりはマシであるはずだ。
今日も昼食を取った後、図書室で読めない文字に苦戦しながらラフィーナと共にあら捜しするのだろう。
そんなことを思いながら俺は課題である剣の素振り100回を終わらせた。
あの試合があった次の日、ラフィーナの再教育で何があったかは知らないが、げっそりしたキーファが俺の部屋に謝りに来た。その時、お詫びになんでもすると言って聞かないキーファに、ならば剣の訓練を頼んだのだ。
正直、あの試合が大事になったのは俺のせいであるところが大きいと感じていたし、何よりもリリスにもうあんな表情はして欲しくないと思った。
だから、朝のトレーニング程度に少しずつやっていこうと頼んだはずだったが
「よし、なら次は基本的な型の復習だ。それを3セットやれ」
どうもこの侍女は中途半端なことは嫌いなようで、やるからには本格的に訓練をする、と毎日昼まで他の兵士に混じって訓練することになってしまった。
最初の3日間はろくに着いていけなかったが、今は少しずつ体が慣れていっている。
「土御門さん、頑張って!」
そして、俺が訓練に参加している事を知ったラフィーナは毎日のように見学に来ていた。どうやら、いつも暇を持て余していたようでどうせだったらと俺の応援に来ているらしい。
困った事は他の兵士達からの嫉妬の視線が痛すぎるということだ。ここの兵士はやたらと忠誠心が強いので、初めはラフィーナが見学に来てくれると意気込んでいたが、それが俺目的と知ると物凄い嫉妬の嵐が巻き起こった。
中にはラフィーナではなくキーファに忠誠を誓っている者もいるのだろうが、これまたキーファは律儀に俺の頼みをマンツーマンで叶えてくれやがるので、そちらからの嫉妬も凄い事になっている。
『私の主、そこはもう1歩踏み込んだ方がいいです』
リリスはこうして俺の足りない部分を鋭く指摘してくれている。
それはとても助かっているし、的確な指示と分かりやすい説明でいいのだが、あの試合以来キーファ嫌いにさらに火がつき今では近づいてきただけで殺意がわく程にまでなってしまっていた。いずれこの2人も和解する時がくればいいが。
――――まぁ、リリスが勝手に怒ってるだけなんだけどな
『私の主、丸聞こえですよ。ふふふ』
どうやら今日もリリスの機嫌を直すために頭を撫で続ける事になりそうだ。
その後、昼まで訓練を続け、図書室でラフィーナと勉強会をし、夜になった。
夜は何をするのかというと、ラフィーナとキーファと一緒にこの世界のとある法則について語り合っていた。
あの試合でも使われていた、所謂『魔法』である。
こちらの世界では『ギア』と呼ばれるこれについて話すのが1日の中で俺の最大の楽しみとなっていた。
「この前も言ったけど、このギアというものは各個人1系統しか持ってないわ」
「つまり、1人1個ってことか」
「ええ、わたしだったら風を操るだけ、キーファだったら肉体強化だけ使えるってことね」
「あたしが試合でやったのはまさにこれだ。あの時は脚力と腕力を強化したってところだ」
「あの殺歩とかいうやつもか?」
「あれは違う。あれはただの戦闘技術の1つに過ぎないから誰でも出来るしな」
「そ、そうなのか……」
とてもそうには思えなかったが、特に誇る様子もないから本当に皆出来るようなことなのだろう。
「あの膜を張った道具はなんだったんだ?ただギアを発動したってだけじゃないんだろ?」
「あれは通称『ギアテク』と呼ばれるものよ。わたし達は各々1つしかギアを使えないけど、ああやって道具にすれば誰にでも使えるようになるの」
「ああいった道具には中心部に結晶が埋め込まれている。姫様のような外系出力ギアの人が自らの力を溜め込む結晶があって、力が溜め込まれたそれを破壊するとその効果が発揮されるんだ」
「あの場合、土系統のギアが溜め込まれたギアテクね」
俺はなるほど、と大きく頷いた。はっきり言えばあまり理解はしていないが、おおまかな概要は何度も説明されている内に理解した。
このギアというものはかなり面白い。当然、元いた世界にはこんなものは無かったし、あくまで想像の産物でしかなかった。
だが、ここではそれが当たり前の物として存在している。
逆にこちらでは『科学』と呼ばれる物がほとんどない。学問としては存在しているようだが、やはりこのギアが便利なため、それを研究する人は変人扱いされている、とはラフィーナの言だ。
「結構単純なんだな……ふあぁぁぁ」
そこで俺は大きく欠伸をした。今日はやけに眠気が襲ってくる。
「細かい仕組みはもう少し複雑だけどね。……退屈だったかしら?」
くすりと笑いながらラフィーナが聞いてくる。俺はまた1つ大きく欠伸をしながら手を振った。
「違うんだ。今日はやけに眠くてな」
「お前は少し弛んでるんだ土御門。どうせメイドあたりと夜遅くまで語らってるのだろう」
「んなことするか。ふぁぁ、今日はもう寝るかな……」
「そうした方が良さそうね。さっき少し話した出力に関する事はまた今度ということで、ね」
「あぁ、そうしてくれると助かる」
俺は欠伸をしながら隣に立てかけておいた純白の剣を手に取った。
『私の主、大丈夫ですか?』
『いや、やけに眠い』
リリスの問いも襲い掛かる眠気におざなりな答えしか返せなかった。
俺はゆっくり立ち上がると2人に軽く挨拶して退出する。すると、何故かキーファが後を追ってきた。
「姫様が心配だから送っていけとおっしゃられたからな、仕方なくだ」
そういって肩を貸してくる。女子に肩を貸されるのはいつもの俺だったら断っていただろうが、今のこの状況ではそうしてもらわなければすぐにでも崩れ落ちて眠ってしまいそうだった。
「すまん、助かる……」
それだけは何とか返したが、それっきりは歩く事に全力を注いだ。秋ほどから既に焦点があっておらず、前に何があるのかすらはっきりとわからなくなってた。
「ほら、あと少しだから我慢しろ土御門」
きっとキーファもおかしく思っているだろうが、当の本人が1番疑問に思っているのだから説明しようが無い。
何がこんなに眠気を誘ったのか。考えようとしても、頭の中は白い霧で包まれしっかりした思考が出来ない。
ふっ、と力が抜けかける体に鞭打ち、何とか部屋の前までたどり着いた。
キーファが何か言いながらドアを開ける音がする。俺は既に空いているのかどうか分からない目を必死に開け、何とかベッドを発見するとすぐにそこに倒れこんだ。
リリスが地面に零れ落ち甲高い音を立てたのを遠く聞いて、俺は意識を手放した。
白い世界だった――――
上下左右真っ白で、俺の体だけが一点その白の中で異彩を放っている。
先程までの眠気はどこかへ吹き飛び、逆にいつもよりはっきりしているのではないかと感じてくるほどだ。
ぐるりと周囲を見渡しても限りなく白い世界が続くだけで、ここがどこなのかは分からない。分かるのは、つい先程凄まじい眠気に負けて自室のベッドに倒れこんだ事ぐらいだ。
夢、ということも考えたがそれにしては意識がはっきりしすぎている。
体中の感覚が生きている夢など見たこともないし、それは夢とは言わない。
もしかしたら元の世界に帰る前触れなのではないかと、少し期待の気持ちが芽生え始めた時、突然目の前に扉が出現した。
俺はあまりの突然の出来事に驚いて2,3歩後ずさった。
どこにでもあるような、ごくごく普通の扉だ。もしかしなくても、入れ、ということなのだろう。
――――ついに帰れるのか
先程浮かんだ期待は膨れ上がり、今では心臓を激しく打つほどその感情は高まっていた。
恐る恐る伸ばす手の先は震え、飲み込んだ唾が大きな音を立てて喉を通過していく。
掴んだドアノブの冷たさを確認するように強く握りこみ
そして、一気に扉を開いた――――
ドアの先に少し入ると、徐々に目が白い外の色になれていきその全貌を映し出した。
「な、なんだ、ここは……」
広がった景色は決して元の世界のものなんかではなく、むしろ異世界なんかよりも理解不能なものとしてそこに存在していた。
俺が出たのは劇場のような円形の建物の中の一室。
オペラハウスの最上位座席のように一室ずつ区切られ、それぞれの部屋は透明なガラスのようなもので区切られている。それは中央の壇上を眺める場所も同じで、決して身を乗り出せないようになっていた。
俺の部屋というより区切りには座席が一席しかなかった。向かい側に見える区切りには10席ほど存在しているが、未だに誰も座ってはいなかった。
ふと右隣を見ると、俺の区切りと同じように一席だけ用意されておりそこには既に座っている者がいた。
年は同じくらいの男で、見覚えのない制服を着ている。
そして、背もたれと背中の隙間から、俺の腰のものと同様の短剣が覗けた。
――――どういう、ことだ?
全くもって訳が分からず、しばし呆然とその光景を眺めていた。
すると、俺の視線に気付いたのかゆっくりと男がこちらを向いた。そのまま無言の時間が流れお互い微動だにしないまま互いの体を眺めていた。
そして、その静寂を破るべく乾いた喉から必死に声を絞り出そうとした時、俺の背後からその静寂を破る声が飛んできた。
それはここでは決して聞くものではないはずの声で。
懐かしいような、毎日聞いていたような、そんな不思議な感覚になる声で。
俺の耳にそしてこの空間に響いていた。
「つ、土御門君……?」
ゆっくりと振り返ったガラスの先にあったのは、元の世界にいるはずの少女の姿だった――――
各週土日に掲載のはずが……
もう少し筆が速くならないものかと思う今日この頃。
どうも、南操音です。
小説のペースは……まぁ、ゆっくりと投稿していきたいと思います(この前と言ってる事が違うが気にしない)
せめて2週間に1話くらいは投稿するペースで……できればいいなぁ。
余談はこのくらいにして本題を。
実は、ふと気になったんですが、文章の間隔が狭くて読みずらいかなと思った次第です。あと、ルビが少ないことも。
気になった方は感想の方にて知らせてくれると嬉しいです。
何もない場合はこのままの感じで進めていきたいと思います。
では、また次の話で