第1章 第2話~異世界~
あれから時は少し経ち、太陽は完全に傾き空は満点の星空と満月によって彩られていた。
そして、俺達一行は馬車の中で対面していた。
何故、こんなことになっているか。
それは、姫様の「お前人間か?」という頓珍漢な質問の後、俺は考えることがバカらしく思えてきて思考を放棄し、いつまでも返事をしない俺に業を煮やしたキーファがまた叩き斬ると言い出し、それに対してリリスがブチ切れ寸前までいったところで騒動の原因である姫様がこのままでは話が進まないしもう少し落ち着いて話がしたいと叫んだ。
別に叫ぶ必要はないと思うし、それが1番言いたいのは俺なんだがと思ったが、これ以上ややこしくしたくなかったので黙っておいた。
そしてそれを聞いた周りの兵士の1人がそれならばと提案したのが、今の状況の理由だった。
最初俺がこれからどうしようと慌てたのがばかばかしくなるほど、森はすぐ途切れ人の手のはいった砂利道が顔を出し、そこに一台の大きな馬車が止まっていたのを見た時は本当に叫びだしたかったが、ぐっと我慢して近くの木に額を打ちつけた。どの道キーファからは白い目で見られたが。
「さて、少しは落ち着いたかしら?」
1番最初に口を開いたのはやっぱり姫様だった。
俺はとりあえず頷く。正直、まだ頭の整理など出来ていなかったが、もう腹をくくるしかない。どんな時も冷静たれ、だ。
「さて、それじゃ先程の質問は全部おいておきましょう。まずはお互いの事を良く知らないとね」
そう言って姫様は右手をそっと出す。
「わたしはラフィーナ・クラデシア。ここクラデシア王国の姫をやってるわ。継承順位は3位だけどね」
「俺は土御門祥太郎だ。学生をやってる」
そういって差し出された右手を掴む。所謂『握手』なのだが、ラフィーナは驚いて手をすぐ引っ込めてしまった。
横にいるキーファが凄い形相でこちらを睨み、今にも剣を抜き放たんとしているところを見ると、どうやら俺は作法を間違えてしまったらしい。
「すまん、ここの礼儀がわからないんだ。俺のいたところではこうするのが正しかったんだが」
キーファにまたしても敵意をむき出しにするリリスの柄を片手で撫でながら、素直に謝る。こういう事には滅法うるさかった祖母の影響で、俺も礼儀作法に関しては誠実でありたいと思っているからだ。
「あ、あぁ、そ、そうだったわね。わたしも突然こちらの手法を要求したのが間違いだったわ。え、えーっと、こういう時ここでは手の甲を額につけるのよ。相手は頭を下げて額を近づけるだけだいいの」
未だに驚きが収まらないのか、ラフィーナは少々紅潮した顔でしどろもどろになっていた。
どこか芽衣に似ているところがあるな、と昔のことのように思い出す。
「こほん、それでわたしの隣に居るのがわたしの侍女兼親衛隊第3小隊隊長のキーファ・ヘンシル」
先程からずっとしかめっ面だったキーファはさらに眉間に皺をよせながら会釈した。どうやら右手を出すのもいやらしい。
――――何がそこまで嫌われる原因なのか
と、1人心中でごちながらこちらも会釈を返す。いつまでも右手が剣から離れないのは未だに俺を敵だと思っているからなのか、それとも癖なのか。おそらく、というより確実に前者なのだろうが、自分のモチベーションのために後者ということにしておいた。
「先程の事は謝らせてもうらうわ。わたし達はあなたのことを盗人か何かと思ったのよ」
「姫様、この下郎は盗人に違いありません!今に姫様に襲い掛かろうとするかわかりませんよっ!」
キーファは俺のことを親の仇のようなものを見る目で見ながらラフィーナに力説する。しかし、ラフィーナはそんなキーファを手で制止ながら軽くため息をついた。うん、その気持ちは痛いほどわかる。
『ふふふ、私の主。さっさとこの女を撫で斬りにしてしまいましょう。ふふふふふ』
黒リリスにも大して驚かなくなってきたのに対し、慣れって怖いとつくづく思ってしまった。
俺は白リリスに戻すべく柄をさする。こうすると何故かリリスは大人しくなるのだ。
「ねぇキーファ、この方は馬車に乗った時点でもうわたしのお客様なの。それが分かっていないとは言わせないわよ」
ラフィーナがピシャリというと、キーファは言葉に詰まったらしく俺のことを恨みがましく睨みながら、すいませんと一言謝った。
しかし、意外だったのはこのお姫様だ。こういう侍女には押し切られるか、曖昧な返事しかしないとばかり思っていたが、中々どうしてはっきりと言う。
とりあえずはこのままゆっくりと談議が出来そうだと胸をなでおろす。
「それで、わたしもあなたも色々と聞きたいことや知りたいことはお互いにあると思うの。それはもう山ほどという表現がぴったりなくらいには」
「あぁ、正直分からない事だらけだ。分かっているのは俺の身分ぐらいだし、それも多分察するにここでは確かなものではないだろう」
「いえ、それはきっと大丈夫よ」
それはどういうことだ、と聞き返そうとした時、キーファがお茶を差し出してきた。よく見ると足元にランチボックスが置かれており、それに意匠を施した陶器の入れ物と高級そうなお菓子がいれられている。
礼を言いつつティーカップを受け取る。ハーブの香りが鼻腔をくすぐり次第に馬車の中に充満していった。
向かいのラフィーナも嬉しそうにお茶を飲んでいる。その飲む動作やお茶の楽しみ方からやっぱりいいとこの育ちなのだな、と実感する一方、ここらへんの作法はあまり変わりはないらしいことが分かった。
俺も一口飲んで驚いた。今まで飲んできたお茶がばかばかしくなる程美味しかったのだ。
そのまま無心にお茶を飲み干し、ホッと息をつく。
「これは、ヘンシルさんが淹れたのか?」
「なんだ、口に合わなかったか?」
「いや、その逆だ。あまりにも美味いからな。正直驚いた」
俺がそういうとキーファは満更でもない様子でおかわりを淹れてきた。どうやら自分の腕には誇りを持っているらしい。
俺は淹れられたお茶をもう一口飲んで幸せな気分になってから、ラフィーナに先程の続きを聞く。
「それで姫様、どうして大丈夫と言えるんだ?」
ラフィーナはキーファに差し出されたハンカチで口元を軽く拭ってからゆっくりと俺の体を指差した。
「それはあなたが腰に持っているその短剣と左手に刻まれている紋章があるからよ」
「こいつらが……」
俺は腰の革ベルトと左手の甲を順に見る。
短剣の方は、未だに腰に何かを着けているという感覚に慣れていないので違和感はあるが、それも気にしなければ大丈夫といったところだ。左手の紋章は今は既に輝きをなくしている。
「これらは俺が気がついた時には既にあったものだ。いつ、どこで手に入れたのか分からないし、紋章にいたっては身に覚えがないどころの話じゃない。そんなものが、何の役に立つと?」
「うーん、その話についてはお城に戻ってからゆっくりと話すわ。今ここで話しても多分、さらに話をややこしくしてしまうだけだと思うし」
「そうか……」
俺はため息をつきながら手の中の空のティーカップをもてあそぶ。つまり、現状では俺の疑問は何一つ解消されない、ということか。分かったのは相手の名前くらいだし。
そんなことをぼんやりと考えていた時、いきなりキーファが叫びだした。
「ひ、姫様!今、この下…いえ、土御門様を城に招待するとおっしゃいましたか!?」
「えぇ、そういったけれど何かいけないかしら」
「あ、相手は男ですよ!?それに現在城にはほとんど人がいない、もぬけの殻の状態です!姫様になにかあったらどうするのです!」
キーファの言葉にラフィーナと俺は同時にため息をついた。
「な、なんですか、2人そろって。あたし何か変なことを言いました?」
キーファはそろって同じ反応をする俺達のことを怪訝な顔で見る。これは本気で自分の言葉が明後日の方向に行ってしまっていることを理解してないと見える。
俺とラフィーナは再度ため息をついてからキーファのことは無視して話を続けることにした。
「え、えーと、それじゃあ今度はわたしが質問をする番ね。といっても先程のあなたの質問にきちんと答えられていないからフェアとは言えないけど」
「いや、かまわないさ。それに俺の場合は後で質問責めだと思うしな」
「そう、なら続けさせてもらうわね」
ラフィーナは自分の空になったカップをキーファに渡しゆっくりと腕を組んだ。やはり姫様というだけあってか、そういう姿勢が中々様になっている。
「わたしがまず聞きたいのは、その剣のことよ」
そういってラフィーナは視線を純白の剣へと向けた。
「それはクラデシア王国創設の時からあるこの国の象徴たる宝剣、かもしれないの。普段は何処にあるか王家の者ですらはっきりと分かっていないから断言は出来ないけど」
ラフィーナは再び俺へと視線を戻す。その目には真剣に俺の本意を探ろうとしている意志が宿っていた。
「あなた、これをどこで手に入れたの?いえ、どうやって手に入れたのかしら?」
俺は一瞬左手にある純白の剣へと視線を落とす。
馬車に乗る前に言われた通り、リリスは剣の状態のまま俺の横に置いてある。リリスは何故か2人の前に姿を現すことを凄く嫌がったのだ。それと、自分のことは黙っておいてくれと、ただの武器として通してくれとも言われた。俺は勝手に、リリスはまだ2人を信用してないからだ、と解釈していたが本当は違うのだろうか。
ことここに至って、ようやく俺はリリスの何もかもを知らないのだと理解した。先程の宝物庫で勝手に絆が結ばれたような気になり、契約主として、いや、1人の人間としてきちんとリリスのこと分かろうとはしなかったのではないか。
それでも、馬車に乗る前に聞こえていた声は震えていた。何に対してかはいずれきちんと話をしてくれるだろう。その時まで、俺は一方的に信頼させてもらうことにしよう。
「……これは最初に俺が目覚めた時にそばに落ちていたものだ。この腰の短剣や左手の紋章と同じようにな」
リリスと繋がっている左手の中で小さくカシャリと音がしたような気がした。きっと、俺の行動は間違っていなかったのだろう。
「嘘をつくんじゃない!」
キーファが腰の剣を握りながら叫ぶが、気にしない。嘘をつき秘密にしておくことに心は痛むが、俺はリリスの意志を貫き通す。
多くを語る気はない、という俺の意志を察してかラフィーナは軽くため息をもらしたが、すぐに真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「今は土御門さんの言葉を信じるしかないけど、でも、信じきれない部分もあることは事実よ」
「それはそうだ。ついさっきあったばかりのヤツを信じるほど姫様はバカではないと思うしな」
「いえ、時間の問題とかではないのよ。最初、わたし達があの場に駆けつけてきた理由がわかるかしら?」
「理由?いや、そんなものは……」
そこまで言ってハッと思い出した。
あの時、俺があそこにいることがばれたのは、リリスが発した光が吹き抜けになってる天井から漏れたためだ。かなり強い光だったから、かなり目立ったと思うし、遠くからでも視認できたはずだ。
「説明してくれるかしら。あの光の正体のことを」
一見物腰柔らかく聞いてきてはいるが、実際は俺の一言一句、一挙手一投足あらゆることを聞き逃すまい、見逃すまいと全神経を集中しているのがわかる。
途端、俺は馬車の中が重く狭苦しく感じるようになった。嚥下する唾液の音がやけに大きく聞こえ、そっと握り締めた手は汗に濡れており、背中には冷たいものが落ちていく。
――――どうする、このままでは……!
この嘘がばれれば俺のなけなしの信頼は地に落ちるし、この先情報を入手していく上でデメリットしかない。今後の頼みの綱となるのはこの2人しか今のところはいない状況での信頼の失墜は死活問題に繋がりかねない。
何かうまい言い訳を考えなくてはと、姿勢を整えようとした時腰の辺りに堅いものがひっかかった感触がした。
――――これだっ!
俺はすぐさま腰に巻いてあったベルトから短剣を抜き放ち、ラフィーナの眼前へ披露する。一瞬ラフィーナは俺の突然の行動に目を見開いたが気にしない。
「あの時光ったのはこちらの短剣だ。どんなものかと試しに抜いてみたら突然光ったんだ」
「これが……」
ラフィーナは興味津々の様子で短剣に見入っている。俺はゆっくりと短剣をラフィーナに渡すと先程から物凄い目つきで俺を見ていたキーファに、何もする気はないという事を示すため両手を挙げた。
「すごい……やっぱり、伝記にあるとおり……いえ、そんなものよりも……」
ラフィーナがぶつぶつと呟いているが、声が小さすぎて聞き取れなかった。俺は何とかごまかせたかと、力を抜く。椅子に寄りかからせる体がやけに重く感じるのは、嘘がばれなかった事に安心したためか、はたまた、嘘をつくのが嫌だったからか。どちらにしろ、俺の心の中はあまりいいものではなかった。
未だにぶつぶつと呟いているラフィーナを見かねてか、キーファが声をかけようとしたその時、今まで感じていた揺れが収まり前の御者席から2回ほどノック音がした。
「ひ、姫様、とりあえず今は城に入りましょう。お話はその後で……」
「もう、いいところだったのに」
不満たっぷりの顔でラフィーナは俺に短剣を返し、身だしなみを整え、扉を叩く。すると、外で誰かが待機していたのだろう、勝手に扉が開きレッドカーペットが転がってきた。
一番初めにキーファ、その後ラフィーナ、最後に俺の順番で降りていく。
「凄い……」
全く陳腐な感想しか出てこないが、その一言が全てを物語っているようにも感じた。
堅牢さを誇るように建ちそびえる城門の奥には、きれいな中庭が広がっており、そのさらに奥によくゲームとかで見かける西洋風の城が夜の暗闇の中ライトアップされている。
俺が城を見上げ呆然としている横で、ラフィーナは静かに微笑みそして小さく両手を広げた。
「ようこそ、白き翼と呼ばれる我が城、クラデシア城へ」
それから俺達とラフィーナ達は一旦別れ、俺達は客室へと通された。
最初、様々な絵画や陶器、彫像が置かれる通路に何度も足を止めてはメイドに怒られるというお決まりのコントのようなやりとりがあったが、それは仕方のないことのように思える。見る物のほとんどが珍しい物ばかりで、興味を示すなというほうが無理な注文だ。
途中、気になったのは、作品の中にはどこか見覚えのある感じの物も数個あったということだ。どの作品も意匠を凝らしており、作品の配列にも気を使っているのは分かったが、それらの作品のせいで全体がどこか滑稽じみた物に感じてしまった。
客室に着くと、案内のメイドはしばし待機ということだけ告げて去っていってしまった。
俺は据え置いてあったソファに腰をかけ大きく伸びをする。
ふと今日という1日を振り返るが、あまりにも多様な事がありすぎて全く現実感がない。これは夢で気がつくとバスの中でした、と言われた方がまだしっくりくる。
でも、腰に感じる重みや刻印、何よりもこの左手に眠る純白の剣の少女の存在が、否応なしに俺に現実を突きつけてくる。
――――一体、俺はこれからどうなってしまうのか
一息ついた途端に不安や恐怖といった感情が首をもたげた。
そもそも今日は祖母を医者に連れて行かなければならない日だったのだ。幸い薬は多めに処方してもらっていたからまだ余裕はあるが、何時帰れるか目処がたっていない今の状況では安心は出来ない。
それにこのまま数日俺が帰らなければ、きっと警察沙汰になるだろう。無用な心配をかけるのはあまりに忍びない。何とか連絡だけでも取れないものか。
『私の主……』
リリスの心配そうな声が頭に響く。きっと俺の不安感が左手を通じて伝わってしまったのだろう。
俺は大きく息を吸い込んで己を律する。無用な心配をかけたくないのはこの少女とて同じことだ。
「大丈夫だよリリス、少し感傷的になっただけだ……」
『ですが……』
なおも心配げなリリスの声から逃れるように俺は柄を撫でながら話題を変える。
「そういえば、さっきの馬車の中での対応はあれでよかったのか?」
『ふぁぁ…は、はい私の主。本当にありがとうございました…んぅっ』
俺は先程のお詫びとして労わってやろうと、剣を膝の上に置いて持っていたハンカチで鞘を拭きはじめた。
「ごめんな、俺本当はお前のこと何も知らなくてさ。それなのに知った気分でいて、独りよがりの世界に浸っちまった」
『ひゃぁぁぁっ、わ、私の主っ!そこは……ひぅっ!』
「でも、これからはきちんとお前の事……ん?」
そこで俺はようやくリリスの様子がおかしいことに気付き、拭っていた手を止めた。頭の中には何故か艶かしいリリスの息遣いが響いている。
「お、おいリリス、どうした?」
『はぁ、はぁ、わ、私の主の、えっち。ずっと、私の体を……』
「な、なに……!?俺が何をしたと!?」
「貴様、ついに何かしでかしたかっ!」
「ぬぉおぉわぁっ!……って、何だキーファか」
一体いつの間に部屋に入っていたのか、部屋の入り口には臨戦態勢のキーファがいた。心臓が止まりそうになるので次からはきちんと物音を立てて入ってきてもらおう。
「というか、いつからそこに……?」
「何やら貴様が独り言を言っていたのが聞こえたので、我が親衛隊が編み出した『殺歩』を使って部屋に入ってみたのだ。そしたら何か叫び始めたから、ついに貴様もその下劣な正体をあらわしたかと――――」
「あー、もういいです。すいません、お騒がせしました……」
とりあえず怪しい部分は聞かれていなかったみたいだ。というより、ただ部屋に入るのにそんな技術力のいりそうな方法でしないでほしい。
俺はキーファに臨戦態勢を解いてもらい、用件を促した。
「姫様のおめしかえが済んだので、図書室へ貴様を連れて来いとのことだ。全く、何であたしが……」
キーファの愚痴はなるべく耳にいれないようにしよう。主に俺の精神的な理由で。
「というか、やっぱり呼び方は変わるんだな」
「当たり前だろう。姫様がいないところで貴様に礼を尽くす理由がない」
分かっていたが、この少女かなり性格がきついらしい。というより、はっきりしているといった方が的確かもしれないが。
ただ、同じくらいの年齢なのだからもう少し打ち解けてもいいだろう、と考えてしまうのは甘えなのだろうか。普通、素性も知らぬ男がいきなり上がりこんできたらこれが適切な対応なのだろうが。
だが、虎穴にいらずんばなんとやら、ここはこちらから歩み寄ってみよう。
「1つ提案、というより打診なんだが、今度から姫様の前でも様はつけなくていいぞ」
俺の提案に少しばかり驚いたのか、僅かに目を見開いたキーファは今度はあからさまに俺を不審な目で見始めた。
「一体どういう風の吹き回しだ?」
「いや、これから短い間だろうがお世話になるんだ。ささやかながら友好関係でも築きたいじゃないか。だから、君は俺の様付けをやめる。そして、俺は君の事をキー」
ファと続けようとした俺の言葉は、喉元に突きつけられた彼女の剣によって強制的に止められていた。
「貴様、それ以上続けたらたとえ姫様の客人であってもその首をこの世の果てまで打ち飛ばしてやる」
「い、イエス・マム。ヘンシルさん」
俺は降参だ、と両手を挙げて後ずさる。こんな感じじゃ仲良くなるのに死ぬまでかかるんじゃないか、という気さえしてくる。
キーファが剣を降ろすのを確認し俺はそっと胸をなでおろした。
「さぁ、下らない事を言ってないでさっさと姫様の所に行くぞ。遅くなったら怒られるのはあたしなんだからな」
そう言ってさっさと部屋から出て行くキーファの後を急いで追っていく。
その時、俺は不運なことに自身の純白の剣を身に着けなければならない、というワンアクションをしなければならなかった。
『ふふふ、ふふふふふ、あのゴミ女どう料理してあげましょうか。せっかく私の主が歩み寄ろうというのにあの態度。1度自分がただのメ――――』
俺はそこでそっと剣から手を放した。何故かこれ以上聞いてはいけない気がした。
「姫様、土御門様をお連れしました」
図書室と思しき部屋の前に着き、キーファは静かにノックする。すると中からすぐにラフィーナの声が聞こえてきた。
「あ、あー、キーファいいところに来たわ!すぐ中に入って手伝って頂戴!」
「どうなされました、姫様っ!?」
苦しそうなラフィーナの声に俺達は急いで図書室の中へと入る。
何故かそこでは、本の山が動いていた――――
「は、早く持って頂戴!わたしの腕が折れてしまうわ」
きっとこの時2人の頭には自業自得という言葉がよぎったはずだ。俺達は一瞬顔を見合わせ、小さくため息をついた。
その後なんとかラフィーナの持っていた本を全て机の上に積み上げ、俺達は再び馬車の中のように対面した。といっても、あんな閉鎖空間ではなく周りは本棚があるだけの開放的な空間だが。
「しかし、凄まじい量の本だな」
そう、確かに開放的ではあるが、いかんせん本の量が多い。いったいこの部屋は何処まで続いているのかと思うほど、本棚が永遠と存在している。
「それはそうよ。国中の書籍や論文、エッセイ、技術書といったものの原典がここに納められているもの」
ラフィーナは少し誇らしげに図書室を紹介した。ここまでくると図書館といった方がいい気がするが、一応部屋なのだという。
「さて、あまり時間もないし早く始めましょうか」
そう言って、姫様は歴史書のような古めかしい一冊の本を開きながら話を始めた。
「まずは前提として、ここが土御門さんがいたと思われる世界とは別の世界だということは、薄々ながら気付いているかしら?」
「……やっぱり、そうなのか」
自分の中では気付いていながらごまかしてきたが、改めてこうやって突きつけられると、やはりショックは隠せない。
時代錯誤な人々の格好に建物、それに夜になって気がついたがここには月が2つあった。それが1番の決め手だったわけだが。
隣に立てかけてあるリリスがカシャリと小さく鳴った気がして、そっと鞘を撫でる。ショックばかり受けてもいられない。
ラフィーナは俺の様子が落ち着いたのを感じたらしく、ゆっくりと続きを始めた。
「それで、この本のところを見て欲しいのよ」
そういって指差したのは先程開いた本の見開き部分。しかし、そこには信じがたいものが書かれていた。
「これ……英語だ……」
他の本の背表紙や表紙に書かれている言葉は全く理解出来なかったから、言語体系が根本から違うんだなと感じていたが、まさかここで自分の世界の言語を見ることになるとは思わなかった。
「やっぱり、この言葉がわかるのね!」
「あぁ、俺の世界でも結構メジャーな言語だ」
「そう……そうなのね」
ラフィーナは興奮した様子で本の見開きをなぞっていく。きっとこの少女は知的好奇心が人一倍強いのだろう。
「それで、その英語で書かれた本がどう関係してくるんだ?」
「ええ、信じられないかもしれないけど、この本今からおよそ300年前に書かれたものなのよ」
「……は?な、なんだって?」
俺は言われた事がうまく言われた事が理解できず聞き返すが、ラフィーナは別の本を開いて話を続けた。
「この本は大昔からある伝説にまつわる本なんだけど、多分これが1番核心を突いてると思うの」
新たに開かれた大き目の本は残念ながらこの世界の言語で書かれており、俺にはすぐに読むことが出来なかったが、ラフィーナがゆっくりと説明をしていってくれた。
「この本の出だしにはこう書かれているわ。『この世界には、こことは異なる言語・文化を持つ異なる世界がある』という風にね」
そう書いてあるだろう場所をラフィーナは指でなぞっていく。
俺も読めないにもかかわらず、ラフィーナの指をおっていく。
「さらにこう書いてあるわ。『その世界とこちらの世界は稀に時を同じくする。その前兆として、世界樹が眩く輝くことだろう』と」
「まさか、2人が宝物殿の光に気付いたのは……」
「えぇ、何日か前から世界樹と呼ばれるこの世界の中心にあるとされる大樹が突然光り始めたの。わたしは真っ先にこの伝説を思い出して、というよりこの伝説自体この世界じゃポピュラーなものだから思い出したのはわたしだけではないと思うけれど、親衛隊に辺りを捜索させたわ。そして、あの光をみて、あなたを土御門さんを発見した」
ラフィーナはそこで一息いれ、そして何ページかパラパラと捲っていく。
「そして…ここ、ここに『その後、私は道をさ迷い歩く1人の男と出会った。その男は何故か腰に短剣を携え、左手には刻印のようなものが刻まれていた。興味本位に話しかけると、何故か男は怯えた様子で私に聞いてきた。人間という言葉に心当たりはあるか、と』と書かれているわ。つまり、わたしがあの場であなたに人間か、と聞いたのは」
「この伝説に、伝えられていたから、なのか……」
酷く喉が渇く。さっきから何度つばを飲み込んでいるか分からないが、もう飲み込むほどのつばも口の中には残っていなかった。
丁度そのときキーファがお茶を淹れてきてくれたので、一気にそれを飲み干す。キーファが何か言おうとしたが、俺の顔を見て口をつぐんだ。きっと、酷い表情をしているに違いない。
「大昔、といっていたがどれくらい前なんだ?」
「……わからないくらい前、と言っておくわ」
俺は天井を見上げる。ラフィーナが言うことが本当なら、大昔からこうやって異世界からやってくる人間はいたらしい。俺はその内の1人、ということだ。
ここまで来たなら、聞かなくてはならない。そうしなければ話は進まないからだ。でも、やはり怖い。もし自分の悪い方の予想が当たってしまったら、と考えると言葉が出てこない。
――――頼む、どうか当たらないでくれ!
俺は天井を見上げながら、言葉を詰まらせ緊張で冷や汗を流しながら、ゆっくりと1番重要な事を聞いた。
「なぁ……その、本には、結局その男は、帰れたと、元の世界へ帰ることが出来たと、書いて、あるか……?」
俺は天井の見ていたのでラフィーナの表情を見ることは出来なかったが、小さく息を呑む音が聞こえた。
そのまま永遠とも思える沈黙の時間が続いたが、意を決したのか小さく咳をする音が聞こえた。
俺もきちんと受け止めようと、姿勢を戻す。正面には、緊張した面持ちのラフィーナが座っていて、その隣には静かにキーファが侍っている。
そして、ゆっくりとラフィーナの口が開かれた――――
どうも、作者の南繰音です。
まずは、お詫びを。
私事の事情により今回の投稿が長らく遅れてしまいました。
諸事情も解決しましたので、これからは土日に1話というペースでゆっくりやっていこうと思います。
自分の作品で読者の方の暇な時間が少しでも豊かなものになるよう、努力していきたいと思います。
つきましては、気になった点やその他諸々は感想にてお願いします。