前編
死んだ妻にはよく
「歳をとっても子供の気分が抜けない、困った爺様だよ」
と困った顔をされたものだ。
まあ否定はすまい。
今年で七十八を迎える私だが
きこりの仕事よりも
野山を駆ける方が好きだ。
王国にまつわる政治の新聞を読むよりも
子供向けの童話を読むほうが好きだ。
そして何よりもうろくし始めた他の年寄りと茶を飲むより
元気の塊の如き子供達とおしゃべりをする方が好きだ。
今年で八つになる孫娘を始めとした村の子供達は私のことを
「お話爺さん」
と呼んで毎日のようにお話を聞きに来る。
当然私は拒まない。
仕事中だろうと食事中だろうと
斧を手放しスプーンを置き
私は子供達と向き合うのだ。
時には湖のほとりで
時には暖かな暖炉の前で
私はお話をするのだ。
御伽話に昔話。
とある勇者様の伝記や
とあるお姫様の半生。
子供達は私のお話に熱心に耳を傾けてくれる。
私はそれがとても好きだった。
「おーい!」
「じいちゃーん」
「おはなしじいさーん!」
そら来た。
「おう、また来たなガキ共!」
私は長い冬に備えて
暖炉にくべるための薪を切る手を止める。
そろそろ肌寒くなってきたというのに
子供達は薄手のシャツやワンピース姿でこちらに駆けて来た。
「またおはなしきかせて」
「おれ、ゆうしゃさまのおはなしがいい!」
「えー、あたし、おひめさまがでてくるのがいい!」
次々に聞きたいお話の種類を口にする子供達。
「はっは。まあ落ち着きなさい。そら、外は寒いだろ。中に入りな。今ハチミツ入りのホットミルクを作ってやるから」
「わーい!」
「ミルクミルクー」
「じいさんだいすきー!」
騒ぎながら私の家に入っていく子供達。
その小さな背中に微笑みつつ、私も斧をいつもの場所に戻して家の中に戻る。
暖炉の中には微かに残り火がともっている。
ミルクを温めるには十分か。
私は小さなヤカンにミルクを注ぎ、ほの明るく光る薪の上に吊るす。
そして十分温まったところでハチミツを入れたカップに注ぐ。
「ほら、できたぞ」
「わー!」
「いただきまーす」
「あったかーい!」
ズズッとカップに口をつけ
温かなミルクをすする子供達。
私も自分のカップに口をつける。
うむ。
美味い。
紅茶やコーヒーもいいが
やはりこのハチミツ入りのミルクが一番だ。
「それじゃあ、今日は何のお話をしようか」
そう私が口にした途端
子供達が興奮のあまり身を乗り出してきた。
「ゆうしゃさま!」
「おひめさま!」
「えー、ゆうしゃさまがいい!」
「ゆうしゃさまのおはなしは、まえもしてもらったじゃない!」
男の子と女の子が
勇者様とお姫様のどちらのお話にするかで真っ向から対立した。
やはりこの二つは人気がある。
さてどちらのお話にしようか。
だが女の子も言ったとおり
勇者様のお話は前にもしてしまったのだ。
だから順番的に今回はお姫様のお話がいいか。
そう私が考えていると。
「じいちゃん」
「ん? どうした?」
普段から大人しく
自分から何かをすることの少ない子がオズオズと手を挙げた。
「ぼく、じいちゃんのむかしばなしがききたい」
「私の昔話?」
「うん。じいちゃんの、こどものころのおはなし」
私の、子供の頃のお話か。
その子の話を聞き
勇者様とお姫様で言い争っていた二人が目を輝かせた。
「おれもききたい!」
「わたしも! じいちゃんのこどものころって、どんなかんじだったの?」
うーむ。
私の子供の頃か。
思い返すが
一言で言えば村一番のワルガキだったな。
泥で家の壁に落書きしたり。
女の子のスカートをめくったり。
森の奥の洞窟に秘密基地を作ったり。
それでよく親父には雷を落とされ
御袋には尻を叩かれたものだ。
懐かしいな。
次々と昔の記憶が甦ってくる。
あんなことも
こんなこともした。
「……ん?」
そこでふと
あることを思い出した。
まだ私が十歳だった頃の話だ。
そうだ。
「じゃあ、そうだな」
私はカップのミルクを口に含み
ゆっくりと飲み込んだ。
「私が子供の時に森の奥で出会った、とっても不思議な二人のお話でもしようか」
「むしぎなふたり?」
「ああ。一人は魔法使い、もうひとりは天使を名乗った、不思議な二人の物語だ」
私は語る。
今もあの頃の光景が鮮明に脳裏に浮かんでくる。
あの森の
静かで
深く
暗く
それでいて温かな空気が。