雪に君が色をつけた
昼間の熱を吸ったアスファルトが、
夕方の風に冷まされていく。
風呂上がりに半ズボンで歩くには丁度いい。
少し大きいサンダルが何度も脱げそうになる。
どこかの家の食卓は焼き魚らしい。
駅までおよそ八分。
駅前にしかコンビニもない。
そんな小さな街なのに。
駅のロータリーを遠目に眺める。
バス停の灯りがぼんやり浮かんでいる。
虫がその1点にだけ集まっていた。
ポケットに入れた封筒を左手でなぞった。
─あの日は、雪だった。
もう、はっきりとは思い出せない。
音の消えた街。
街灯に照らされた白い雪。
それでも、あの声だけは鮮明に残っている。
※
学校の帰り道。
その日は、珍しく雪が積もっていた。
車の音、歩く音、人の声。
全部が白い雪に吸われていく。
吐いた息さえ雪に吸われた。
車内は半分ほどの席が埋まっていた。
窓には指で落書きした跡が薄く残っている。
シートから伝わる熱は眠気を誘った。
『次、止まります。』
機械音声が静かに流れる。
運転手がマイクで話す声は聞き取れない。
小さく揺れながら停車したバスを降りようとした。
定期券をタッチした瞬間、機械音が鳴った。
運転手の白い手袋が進行を遮った。
「これ昨日で定期切れてますね」
「あっ、すいません」
慌てて鞄から財布を探す。
─血の気が引く。
全身のポケットをくまなく探す。
後ろには数人、降車を待っている。
「…っ」
運転手がこちらを見る。
「210円です」
小さく告げられた金額が、やけに重かった。
「すみません、財布忘れて…」
言いながら、自分でも情けなくなる。
顔を上げたまま、思考が止まる。
─その時だった。
「…210円ですか?」
後ろから声がした。
コートの袖が視界に入った。
ヒールの音が一歩遅れて止まる。
彼女は何でもないみたいな顔で、
小銭を運賃箱へ落とした。
硬貨の音が、静かな車内に響く。
「あ…」
言葉が出ない。
「すぐ返します」
慌てて顔を上げる。
彼女は少しだけ困ったように笑った。
「大丈夫ですよ」
彼女は小さく首を振った。
「昔、私も助けてもらったことあるから」
それだけ言って、雪の中へ降りていった。
─扉が閉まる。
ぼんやりとしていた視界に、色が滲み始める。
気が付けば、彼女の背中を目で追っていた。
白い街の中で、黒いコートだけが妙に鮮明だった。
※
アイスを咥えて袋を捨てる。
口から腹にじんわりと冷たさが広がる。
少し頭を押さえながら、来た道を戻る。
道路を白く照らすヘッドライト。
バスがロータリーへ滑り込んでくる。
ブレーキの音が滲む。
─ふと、車内へ視線が向く。
声がした。
遅れて、鼓動だけが追いついた。
気づけば、ポケットの封筒を握りしめていた。
吸い込まれるみたいに前扉のステップへ足をかけた。
「…210円ですか?」
小さく笑った。




