第7話 魔王様、戦場に立つ
ピンポーン。
乾いた電子音が、区民課フロアに響いた。
その瞬間、ダルクの背筋が、わずかに強張る。
「……来たか」
佐藤は隣で、いつものように画面を確認していた。
「はい。来ましたね。」
番号表示が切り替わる。
《3番の方、窓口へお越しください》
ダルクは、その数字を見て小さくうなずいた。
「……開戦合図か」
「違います。ただの呼び出しです」
即座に否定する佐藤の声を背に、
ダルクは一歩、窓口の前へ進み出た。
初めて立つ“前線”。
そこには剣も、魔法もない。
あるのは、番号札と、書類と――
待つ人の視線だけだった。
「大丈夫ですよ、始業前に練習したじゃないですか。
あの通りやればきっと大丈夫です。」
「うむ、そうだな」
おや?緊張しているかと思ったが、かなり余裕そうだ。
このあたりはさすが魔王。というべきなのだろうか。
3の番号札をもった人がダルクの窓口にやってくる。
「要件を聞こう」
「!?」
ギョッとした。怖くて見れないけど窓口の向こうでもギョッとしてるだろう。
練習ではあれだけ完璧だったのに……
朝の記憶が蘇る。
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「ダルクさん、今日は窓口に立ちましょう。」
「うむ、昨日佐藤殿の対応を見ていたからな。すでに完璧であるぞ。」
(相変わらず自信たっぷりなんだよなぁ)
「そうですか?では実際に窓口に立つ前に練習しておきましょうか」
「模擬戦であるな」
初めてぴったりの言い回しが出た気がする。
「では、私がお客さんの役をします。窓口に来たところから、はいスタート」
「要件を聞こう」
「止めてください」
「む、なぜだ。佐藤殿も最初に要件を聞いていたではないか」
「ええ、聞く内容は合ってます。聞き方がよろしくないです。
まるで最奥で待ち構える魔王みたいでしたよ」
「我は魔王であるからな。威厳というものが滲み出てしまうのだろう」
「昨日も言いましたけど、ダルクさんは今、魔王じゃないですからね。
威厳いらないです」
「さて、気を取り直して。『ご要件を伺います。』はい復唱」
「ゴヨウケンヲウカガイマス」
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こんなふうに朝を過ごしていたわけだが、回数を重ねるうちに丁寧な言葉遣いにだいぶ矯正されたはずなのだが。
まさか朝礼やら待ち時間やらでリセットされたのか?
そんなことよりも今は目の前の来庁者対応だ。
佐藤はダルクの横腹を突きながら言った。
「ダルクさん、口調口調。威厳でちゃってますよ」
「む、そうであった。
失礼、ご客人。ご要件を伺います。」
ふぅ、なんとか軌道修正できたかな。
「ほう、住民票とな。しばし待たれよ。」
その動きは無駄がなく、やけに落ち着いている。
書類を扱う手つきも、思った以上に慎重だった。
「……まずは本人確認、であったな」
ダルクはメモ帳に書かれた文字を指でなぞりながら、小さく呟く。
「身分を証明するものを提示せよ――
あ、いや」
佐藤の視線を感じ取り、咳払いを一つ。
「……本人確認書類を拝見してもよろしいか」
来庁者は一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐにカバンを開いた。
「あ、はい。免許証でいいですか?」
「うむ……いえ、はい。問題ありません」
(言い直した……!)
佐藤は内心で小さくガッツポーズをした。
言葉遣いはまだぎこちないが、致命的な破綻はしていない。
ダルクは免許証を受け取り、画面と見比べる。
「氏名、生年月日、住所……」
一つひとつ確認する様子は、異様なほど真剣だった。
「……なるほど。相違なし」
そう言って免許証を丁寧に返す。
「住民票は二通であったな」
「はい、お願いします」
「よし、ではこの内容で――」
ダルクはそこで一瞬、言葉を止めた。
メモ帳に視線を落とし、確認する。
「……本籍や個人番号の表示は、必要であろうか?」
来庁者は少し考えてから答えた。
「いえ、今回はいりません」
「承知した」
ダルクは深くうなずき、申請書に目を落とした。
(いけてる……いけてるぞ……)
佐藤は胸の内でそう呟いた。
申請書の確認を終えたダルクは次の工程へ進む。
「では、しばしお待ちを。
この書を発行してくる」
そういうと後ろに控えていた佐藤に申請用紙を渡す。
「佐藤殿、こちらの内容で2枚発行を頼む」
「承知しました、少々お待ちくださいね」
佐藤が画面を操作し、プリンターから紙が吐き出される。
その様子を、ダルクはじっと見つめていた。
「……出てきたな」
「はい」
「これが……住民票」
ダルクはそれを両手で受け取り、ほんの一瞬、動きを止めた。
「……重いな」
「え?」
「いや。責任が、だ」
佐藤は一瞬、言葉を失った。
「これ一枚で、
この者が“ここに存在する”と証明されるのだろう?」
「……まあ、そうですね」
「なるほど」
ダルクは静かにうなずき、
そして、住民票を差し出した。
「お待たせした。住民票、二通だ」
「ありがとうございます」
来庁者はそれを受け取り、軽く頭を下げる。
その一言に、ダルクの目がわずかに見開かれた。
「……うむ」
それだけ答え、来庁者が立ち去るのを見送った。
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